「……なんの真似ですかそれは」
書類整理の手を止めて、骸は至極面倒臭そうに問うた。
「その、いつも淹れてもらってばっかだから、たまにはと思って」
ツナの手元からはコーヒーの香り。
匂いからリボーンが好んでいる豆だと知れるが、理由まではわからない。
ツナは慎重に、陶器の触れ合う音を響かせながら、ゆっくりとカップを机に置いた。
「ありがとうございます」
「えへへ」
「しかしマフィアのボス自らすることではありませんね」
「一言多いんだよ! 素直に感謝だけしろよ!」
「ボスとは部下から敬われるべき存在なんですから、それでは示しがつきませんよ」
「うるさいな! ここだけなんだからいいだろ別に!」
「それもそうですね。では、ついでにそこの砂糖壺と横にある缶を取ってください」
「……お前からして敬ってないだろ」
ため息をこぼしながらも、言われた通り砂糖壺と缶を取って渡してやる。
骸は礼を言って受け取ると、ためらいもなく砂糖をスプーン四杯分入れてかき混ぜた。
「……え?」
さらに缶から取り出したチョコレートの欠片を五つ、液体の中に入れてかき混ぜた。
「な、何してん、の?」
「見てわかりませんか。甘くしてるんですよ」
「いや、それは、え、なんで?」
「苦いコーヒーなんて飲み物じゃありませんよ。これぐらいしないと飲めたものじゃない」
話している間に、少しばかりどろどろとした液体ができあがる。
あれだけの固体を溶かせば、当然の結果だろう。
ていうか、チョコレート好きの甘党だとは知っていたけれど、これはやりすぎだ。
「……もしかして、この前雲雀さんとコーヒーがどうとか喧嘩してたのって、それが理由?」
「見てたんですか」
「いや、俺の目の前を通り過ぎてったっていうか」
嵐でも通り過ぎたような傷跡がまだあちこちに残ってるし。
あんなのを止めようとする勇者は今のところどこにもいないし。
「彼とはやっぱり気が合いませんね。ブラックなんて、あんな黒いだけの苦い液体のどこがおいしいと言うんですか」
「骸って、もしかして、紅茶の方が好き?」
「えぇ、言ってませんでしたっけ」
「たぶん、聞いたことない……」
でも、思い出せば確かに骸は紅茶ばかり飲んでいたような気がする。
……せっかく、たまには逆のことをしてみようと思ったのに。
リボーンからオススメの豆教えてもらって、潰すところから頑張ったのに。
いつも肝心なところで失敗してしまう。
見るからに小さくなっていくツナと、うんと甘くなったコーヒーをすする音。
重い沈黙。
骸はチョコレートをもう一つ取り出すと、手を伸ばしてツナの口に押し込んだ。
「んぐっ!?」
「疲れには糖分ですよ、綱吉くん」
「別に疲れてなんかっ――」
優しく捕らえて、キスの合間に溶けたチョコを奪い取ってしまう。
口いっぱいに広がる甘さ。
「ごちそうさまです」
クフフと笑い声。
「要は甘ければいいんですよ。コーヒーも紅茶も、キスだって」
「……どんだけ甘いの好きなんだよ」
「そうですね。普段の綱吉くんぐらいでしょうか」
「は?」
「隙があれば食べたくなるぐらいに」
「!?」
ツナは悪寒と共に思いっきり後ずさりした。
「冗談ですよ」
「いや、まったく冗談に聞こえなかったんだけど!」
「まぁ本気ですからね」
「やっぱり!!」
「クフフ」
骸は笑いながら、するりと頬を撫でた。
一瞬逃げそうになるけど、なんとか留まって、僅かに目を伏せる。
きつい言葉を吐くクセに、こんなときは優しいなんて。
「貴方が僕のために何かしてくれる、それだけで十分嬉しいんですから」
「……そう、か?」
「えぇ。こうやって僕だけが貴方をこき使えるなんて、素晴らしいじゃないですか」
「なんか嫌がらせのように聞こえる……」
「おや、嫌なんですか?」
「――っ」
絶対何かよからぬことを考えてる色違いの目。
素直に答えても、答えを避けても、どこかに罠を用意している。
でも、どちらしかないのなら、結局選ぶのは――
「こ、こんなの、骸だけなんだからな!」
「何がですか?」
「っだから、その、俺がこういうのしてやるのは、だよ!」
「そうですか」
にっこりときれいな笑顔。
なんでこんな変態とか好きになったんだろう。
もっと他にいたはずなのに。
「おや、何か言いたいことでも?」
「べ、別にっ」
「じゃあ仕事ですよ」
「は?」
骸はさっきまで見ていた書類をツナに手渡した。
「この書類をアルコバレーノに渡してきてください」
「なんで俺がっ」
「僕のためなら何でもしてくださるのでしょう?」
「うっ」
それとこれとは話が違うような……
「至急ですよ。ほら、ちゃっちゃと渡してきてください」
「わ、わかったよ!」
電話でリボーンの居場所を確認しながら、部屋と出て行こうとしたとき、
「戻ってきたら」
振り向くと、
「極上のココアを入れて差し上げますよ」
骸がこの世でたった一人にしか見せない顔で――
「貴方のためだけに、ね」
閉められた扉に背を預けて。
ツナはどうしようもない気持ちになりながら、
「どんだけ好きなんだよ……」
とりあえずそれだけ呟いてみた。