12 | 香霧に包む





『 香霧に包む 』






 ――せっかくの休日だから。



 考えることは皆同じらしい。
 街の中心部へ向かう満員電車の中、ツナは息苦しさにうつむいた。
 こんなことなら、いつもみたいに室内デートでゲームしとけばよかった。
「どうしました?」
 骸の声が意外に近くて、つい驚いてしまう。
「ん、人多いなと思って。ごめんな、人ごみ嫌いなのに」
「確かに、この状況には多少の殺意が芽生えますよね」
「いやいや、ダメだから!」
 細めた目が本気すぎて怖い。
 つかコイツなら本気でやりかねなくて怖い。
「……大丈夫ですよ。君が謝る必要もありませんから」
 つり革を掴んでいない方の手が、軽く頭を撫でてすぎる。
 さりげない気遣いと優しさ。
 趣味が悪いことを除けば、モテること間違いないはずなのに。
 俺なんかより、もっと他につりあう人はいるだろうに。
 あぁ、悪いクセだ。
 劣等感と嫉妬が気分を重くする。

 ――ガタンッ

「わっ」
 急な揺れと人の塊に押されて、体勢を崩してしまう。
 やばい油断してた。
 このままじゃコケて――
「危ないですよ」
 肩を掴まれ、強引に抱き寄せられた。
「ほら、僕に掴まって」
 胸に当った鼻先に、ふわり、香り。
 一気に鼓動が早くなる。
 何だよこれ、何なんだ一体。
 香、水?
 ていうか近い近すぎる。
 これじゃ、心臓の音、伝わってしまう。
 でも、ふりほどけない。
 離れられないほど、嬉しくて。
「〜〜〜〜っ反則」
「何の話ですか?」
「骸、かっこよすぎ」
「そうですか?」
 耳元に、内緒話に見せかけたキス。
 笑う呼吸。
 嬉しそうに破顔して。
 自分だけに向けられたスキの気持ち。
「ズルイ」
 ツナは赤く染まったのを隠すために、骸の胸に顔をうずめた。
 それが相手をさらに喜ばすと知りながら。



 せっかくの休日だから。
 たまには違う行動を取ってみたっていいじゃないか。