問、次の四角に入る漢字一文字を答えよ。
『 五 里 □ 中 』
「何だっけ……」
聞いたことある気はするけど。
「こんなのもわからないんですか?」
「え?」
ひとりだけのはずの室内に、さもそこにいるのが当然といった感じで座っていたのは――
「む、骸!?」
「愚かな子どもだとは思っていましたが、まさかここまでとは」
「うるさいな!」
馬鹿だという自覚はあるけど、なんか丁寧な言葉でいわれると余計にムカつく。
「つかどこから入ってきたんだよ!?」
招く以前に自宅を教えた覚えがない。
骸はすぃと窓を指さした。
「偶然開いていたので。憂さ晴らしに来ました」
「嫌がらせかよ!」
「宿題ですか?」
「え、あ、そうだけど」
「ふぅん」
開いたままの教科書を手に取ってパラパラとめくり、それからノートを覗き込んだ。
「汚い字ですね」
「邪魔すんなら帰れ!」
教科書を強引に奪い返して、再び宿題に取り掛かる。
ていうか明日までで余裕ないんだから、構ってられるか。
「えーっと、ごり、ごり……」
「わからないなら辞書でも調べたらどうですか?」
「わ、わかってるよ!」
鞄をあさって、引き出しを調べて、棚を見やってから気づく。
「学校に置きっぱだ……」
はぁとため息の気配。
「なんだか憐れに思えてきましたよ」
「う、うるさい!」
「手間ですが、教科書を読み返せば答えは載ってありますよ」
「え、マジで?」
言われるままにページをめくっていく。
「下の『新出』の欄、よく探してみるといいですよ」
前に授業でやったところ、の新出……これか。えっと、ごり……ごり………
「あ、五里、霧中! あった!」
「意味は?」
「えっと、今の状態がわからずに、迷ってしまう、こと」
「覚えましたか?」
「た、たぶん」
自信なげでも頷いてみせると、ふわり、頭を優しく撫でられた。
そして、
「よろしい」
見たことのない笑顔。
不覚にも、動揺して、しまう。
だって、そんなの、不意打ちすぎる。
笑って褒めるなんて、予想外すぎる。
こんなに、なんで、顔が熱いんだろう。
「続けて次の問題も解いてしまいますよ」
「う、うん……つか、なんで、なんか手伝ってくれてんの?」
「それは……」
つんと額をつつかれる。
「いずれ僕のものになるんですから、頭の出来を少しでも良くしておきませんと」
「お、まっ……!」
まだ乗っ取ろうとかそんなこと考えてたのか!
つか結局は自分のためかよ!!
「もういい、あとは自分でやる!」
「できるんですか?」
「できるよ!」
「じゃあ次の答えは?」
「えー、と……んん?」
はぁあと長いため息。
「本当に、仕様のない子どもですね」
「う、うるさぁい!!」
「付き合ってあげますよ」
「え?」
意外な言葉に目が丸くなる。
骸は頬杖をついたまま、仏頂面の口元だけを歪ませて、
「どうせ暇ですから」
「暇つぶしかよ!」
いつものように笑った。
で、結局手伝ってもらっていると、骸が思い出したように。
「そういえば、この熟語には先があるんですよ」
「どんな?」
「五里霧中、六里出るのに無我夢中」
ノートの端に漢字を書いてもらったけれど、いまいち意味がわからない。
「見えずに迷いもがく、そんな様ですよ」
「……ふぅん」
「その様子だと、わかってないですね」
やっぱりため息。
「う、うるさいな、もお!」
それは、さも恋愛のように。