酔いたいのかもしれない、なんて――
「バレンタインでもないのにチョコレートなんて、どうしたんですか」
「ディーノさんがお土産って」
いつの間に入ってきたんだとか、いい加減、不法侵入に文句を言うのも飽きてきた。
ロシア語っぽい文字の書かれた箱を見ながら、骸は呟いた。
「高そうですね」
「食べてもいいよ」
「……何か、嫌な予感がします」
「はい」
金色の包み紙を取って、ぐいと口の中に押し込んでやる。
もうひとつは自分の口に。
「んん? 何か入ってる?」
甘みの中に、喉を焼くような何か。
「何だと思――っ骸!?」
視線を向けた先で、骸がゆっくりと身体を傾けていた。
「ちょ、どうしたんだよ!? 大丈夫か!?」
苦しそうに眉根を寄せて、口を押えて、うずくまる。
「まさか食中毒? でも俺は平気だし」
「うぅ……っ」
「骸!?」
「……喉、胃が、頭が……痛い……」
「痛い!?」
あ、アレルギーとか?
中に入ってた何かのせい?
「ど、どうしよう! 誰か、えと、母さぁん!」
「奈々なら買い出しに行ったぞ」
「リボーン!」
残念な知らせではあるけれど、それを持ってきたのは頼れる家庭教師。
「どうしよう、骸が、死んじゃう!」
「死ぬかよ。落ち着け。それは単なる酔っ払いだぞ」
あくび混じりの指摘に、一瞬思考が止まりかける。
「…………え?」
動かない骸の上にどっかりと座って、リボーンはニヤリと笑った。
「よく骸の弱点がアルコールだとわかったな」
「えぇ!?」
「……暑、い」
のぼせたように赤い顔で、骸はとうとう床に倒れ伏した。
「む、骸ぉ!」
ベッドの上で、冷えピタを額に貼りつけて、朱に染まった不機嫌な顔で、骸は毒を吐き続けていた。
「知ってますか、こういうの、アルハラっていうんですよ。アルコールハラスメント。知ってますか?」
知らないけど、たぶんセクハラの親戚っぽい。
「僕、なかなか酒気が抜けないんです。アセトアルデヒド分解酵素が働かない体質なんです。意味わかりますか?」
わかんないけど、つまりお酒飲めないってことかな。
「あぁ、頭が痛い。しばらくベッドをお借りしますよ。もちろん文句は言わせませ――……何ですか?」
まじまじ見てるのが気に入らなかったのか、骸はじとりと睨んできた。
そう、いつもなら怯えてしまう目なんだけど。
「なんか、その、他に言葉が思いつかないんだけど」
「何なんですか」
「……今の骸、なんかエロい」
引きつって、固まった。
「なんかさ、なんていうかさ、ほら、もとが美形じゃん。その顔が赤くて、ちょっと目が潤んでて、あと少し舌っ足らずだし……」
かわいいというよりも、もっと、美人だけど、そうじゃなくて。
「あ、艶っぽい! 使い方合ってるよね?」
いつの間にか枕に突っ伏していた骸をうかがうと、急に顔を上げて口角を吊り上げた。
クフフ、と短い笑い声。
「つまり、綱吉くんは、こんな状態の僕に欲情したということですか」
「よ、よくじょ!?」
「キスしたいならしても構いませんよ? どうせしばらくは動けませんので、ご自由に」
「自由に?」
「まぁ君には無理な――」
柔らかい感触。
抵抗も反応もない。
不思議に思って目を開けると、左右で違う色が見えた。
「……キスの時は目、閉じるんじゃないの?」
「と、な、なにをっ」
珍しい。
骸が動揺してる。
どうしよう。
「やばい、かも」
言われた通り、欲情してるのかもしれない。
だって、もっと。
もっと深く、触れたいと、思ってる。
「もっかい……」
舌に噛みつくように絡ませる。
何度も。何度も。
きつく吸えば痕がつくんだっけ。
淡く赤い肌に、唇を這わせて。
「――っ」
「ごめっ、痛かった?」
「いえ、ただ、つけられるのは、慣れてないもので」
頬をなでる手は熱く。
「知ってますか? キスマークは独占欲の表れなんですよ……」
「……うん」
その手を捕まえて、手の平に唇を押しつけて。
ため息がこぼれ落ちた。
「俺も、酔ってんのかなぁ」
「まぁ普段よりは積極的でしたね」
「骸の誘惑に酔わされた」
「はっ?」
いつもされてるのを真似て、骸の髪に指を絡ませる。
さらさら。
一度でいいから伸ばしてみればいいのに。
「今晩、泊まってけよ」
「えっ?」
「このままベッド貸すからさ」
「つ、綱吉くん?」
「大丈夫、何もしないし」
「ちょ、待っ、んぐっ」
こっそり舌に乗せていたチョコレートを、キスの合間に押し込んでやる。
溶けて消える気配。
唇をそっと離して、
「ナニさせるつもりも、ないから」
そう言ってやった頃には、骸は目を閉じたまま動かなくなっていた。
すげぇコレ超便利だ。
これで安心して安全に寝られる。
こいつ深夜でも構わず突然襲ってくるからなぁ。
「黙ってれば最高にカッコイイのに」
少しリズムの早い呼吸。
口端に残されたチョコレートを見つけて、そっと舐め取ってやる。
甘くて苦い眠り薬。
「少し、やりすぎたかなぁ」
でも艶っぽいと感じたのは、欲情したのは本当だし。
誘惑というのも間違えてないと思うし。
知らず、本日二度目のため息がこぼれた。
「やっぱり、酔ってんのかなぁ」
――君の全部に。