のんびりと部屋でゲームしてると、階段の下から親しげに会話する声が聞こえた。
「――、――ら、――」
「――、でも、―――」
片方は母さんだよな。お客さんかな。
「――じゃあ、後でお茶持っていくわねー」
「どうぞお構いなくー」
――ん?
聞いたことある声と嫌な予感とノックと共に。
「こんにちは綱吉くん!」
「おま、何、人の母親と親しげに世間話してんだよ!」
「結婚を前提とした健全なお付き合いをアピールするためにも、印象は良くしておきませんと」
「お前のどこが健全なんだよ!」
「否定するのはそこですか」
「いや、まぁ」
他の部分はそれほど悪い気しなかったというか、でも言ったら速攻で襲いかかってくるだろこの変態は絶対。
「て、ていうか何の用だよ」
「あぁ、そうそう」
ぐいと覆い被さるように顔を近づけて、骸は微笑んで言った。
「トリック・オア・トリート?」
「なに?」
「トリック・オア・トリート。まさか知らないとか言わないですよね?」
「えっと……」
何だろう、英語?トリックってあれだよな、コナンでよく出てくるやつ。トリート?トリートって何だ。シャンプーとセットのやつかな。保湿ケアとか、そういうの。
探偵か、保湿ケア?
どういう二択だよ意味不明すぎる。
「……まさか、本当に、知らないんですか?」
「わ、悪いかよ」
「中二の英語レベルでも少しはわかるはずなのに……どこまで貧相な頭なんですか……いえ、君は悪くないんですよね……あぁ、これが神の悪戯というものですか」
「あわれむような目で見るなぁ!」
骸は諦めたように顔を離して、向かい合う形に座り直した。
つられて、俺も座り直してしまう。
「trick-or-treatはハロウィンの常套句でですね」
じょうとうくの意味はわからないけど、聞いたことのある単語がひとつあった。
「ハロウィンって、あれ、カボチャのオバケのやつだ」
コンビニで特設コーナーができてた。
「あれ、日本でいうお盆のお祭りなんですよ」
「へぇ」
「それでですね、お祭りの中で、仮装した子どもとかが家々をまわりながら、この言葉を言う決まりがあるんです」
「トリック・オア・トリート?」
「そう。意味は、お菓子をくれないといたずらするぞ」
あ、だからお菓子売り場にコーナーができてたのか。
こいつ、無駄に物知りだなぁ。
ていうか、
「何だよ、お菓子ほしいなら最初からそう言えよ。回りくどいな」
「はい?」
「ちょっと母さんに何かないか聞いてくる」
「いや、あの?」
よいしょと立ち上がって、階段を降りる途中で、急須と湯呑みを乗せたお盆を持つ母さんを見つける。
「あ、母さん、チョコか何か、お菓子ある?」
「ちょ、綱吉くん?」
「んー、あったかしら、ちょっと待ってねー」
「待ってそれ先にもらっとく」
駆け足で階段を降りて、お盆だけ先に受け取る。
「気をつけてね、ツーくん」
「ん」
あいつ、日本茶飲めたっけな。
部屋に戻って、テーブルにお盆を置いたタイミングで階下から声がした。
「ツーくーん、ヨウカンでもいいかしらー?あとはランボちゃんのキャンディぐらいしかないのー」
「あー、どうする?骸、あんこ系いけたっけ?」
「平気ですけど、その、僕が言いたいのは」
「大丈夫だってー」
「じゃあ切って持ってくわねー」
「わかったー」
扉は開けたままで向き直ると、骸は土下座みたいな格好で、ぶつぶつ何か言っていた。
正直、気持悪い。
とりあえず急須から湯呑みに注いで、骸の前に置いておく。
「……結局、何しに来たんだよ」
「それは!その、あの」
ノックの音。
「ヨウカン持ってきたわよ」
「あ、すみません」
「ありがと」
「いいのいいの。ゆっくりしていってね」
お皿を受け取って、扉を閉める。
栗が入ってるやつだ。
「はい」
「……いただきます」
もくもぐもく。
「……おいしいです」
「うん」
お茶はちょうどいい熱さになっていた。
甘さと一緒に喉へ落として、少しは立ち直ったらしい骸に再度問うてみる。
「……で、何してほしかったんだよ」
「言ったらしてくれるんですか?」
「まぁ、一応」
聞くからには、受け入れる態勢だけど。
じゃあ、と骸は口を開いた。
「僕の計画としてはですね、トリック・オア・トリートと言いながら恥ずかしがる甘い甘い綱吉くんをおいしくいただくという――」
「お前なんかカボチャに食われてしまえ!」
全力で後悔した。
ろくなこと考えてやがらねぇこの変態変人。
しかし骸は、ずいと身を乗り出して微笑んだ。
「それが駄目なら、キスだけでも許可してください。僕の傷ついたハートを癒すためにも、綱吉くんからキスしてください」
「なっ、おまっ」
「これも駄目なんですか?」
「う、いや……うん、じゃあ……」
キスなんてもう何度もしたことじゃないか。
今更だ。今更と思え。思うしかない。
すげぇ恥ずかしい。
「目、閉じろよ」
「はい」
……長いまつげ。
俺より女性的なくせに。
ふに。
柔らかく触れるだけ。
それだけなのに、すごくドキドキして。
「……これで、いいのかよ」
「はい。十分です」
にこにこと上機嫌。
安いというか簡単というか、逆に誘導された感じもするけれど。
ふと、骸の向こうのテレビが目に映った。
そういえば、ゲーム止めたままだったんだ。
……結局、いつもと同じだよな、これじゃあ。
「ゲームでも、する?」
「いいですよ。格闘ですか?」
「積みゲーだとお前最強だからな」
「簡単じゃないですか」
湯呑みとようかんのお皿を持って、テレビの前に並んで座る。
最初は違和感だったけど、慣れれば落ち着く空間で。
隣に。
一緒に。
「あっまた変なコマンド覚えたな!?」
「人は進化するものですよ」
大事なことは、共にあること。