行く当てもなく、とぼとぼと歩く。
散歩というわけじゃない。
ただ帰れないだけで。
「あれ、クローム?」
優しい声。
心いっぱいに嬉しくなる。
「ボス、こんにちは」
「こんな所で、どうしたんだよ」
「犬と千種が、しばらく外にいろって」
邪魔に扱われることはあっても、追い出されることはなかったのに。
しょんぼりとしてしまう。
「ボス、私、悪いことしたかしら」
「んー、たぶん、クロームは悪くないよ」
「本当?」
「しばらくってことは、ちゃんと帰ってこいってことだろ? 何か用事があるんだよ、きっと」
「……そっか」
そういうことだったんだ。
「ボス、すごい。何でもわかっちゃうのね」
「いや普通だから。すごくないから」
「でも――くしゅっ」
言葉を遮って、くしゃみが出た。
あまり寒さは感じないけれど、季節は冬を迎えていた。
「外にいるのもなんだし、俺ん家に来る?」
「ボスの、家?」
嬉しいけど、この嬉しいの半分は、自分のものじゃない。
暖かい風が通り抜ける感覚。
もう半分の嬉しいは――
「クロームを気遣っていただけるなんて、嬉しく思うあまりに出てきてしまいましたよ」
「骸!」
一瞬にして、同じくらいだった目の高さが、頭ひとつ分ほど低い位置に下がってしまう。
わずかに屈んで、目の高さを合わせて。
「断る理由もありませんし、是非ともお邪魔させていただきます」
「ちょ、クロームに対して言ったんだけど、今のは」
「クロームの方がいいんですか?」
「ていうかお前、寒そうに見えないし」
事実、幻覚であるから寒さは感じないのだけれど。
もう少しは恋人らしく振舞ってもいいような気がする。
「まぁ、今日の所は諦めましょう」
思考を切り替えて、再び言葉を紡ぐ。
「お願いしていた件、なんとかなりそうですか?」
「あぁ。みんな乗り気だったよ」
「そうですか」
「驚くかな」
「きっと」
目が合って、どちらからでもなく笑う。
そろそろいい時間だろうか。
「では、後は頼みましたよ」
「わかった」
指先で顎を捕らえて、不意打ちのキス。
「相変わらず、隙が多いですね」
笑いながら。
眠るように主導権を渡せば――
目の前に、顔を赤くしたボスの姿。
「どうしたの? ボス、病気?」
「や、別に、大丈夫!」
それより、と笑顔を作って。
「骸が、もう戻ってもいいってさ」
「骸様が?」
「あぁ、やっぱり用事だったみたい」
「そう」
でもどうして私に教えてくれなかったのかしら。
私には関係ないこと?
再びしょんぼりとしてしまう。
「大丈夫だよ。俺も一緒に行くし」
「ボスも? どうして?」
「まぁ、ちょっと、用があって」
ぎゅっと手を繋がれる。
温かい。
「ほら、戻ろ」
嬉しい。
さみしいが消えていく。
自然と笑顔になるのがわかった。
「うん」
こっそりと隠して。
気づかれないように。
たくさんの思いを込めて。
知らない君のために。
いつもは閑散としている建物の中。
どこからか人の騒ぐ声。
「まさか勝手に始めてないよな」
「何を?」
少し壊れた扉の前。
ボスが笑う。
「すぐに、わかるよ」
手を引いて。
開かれた先には――
「パーティ、骸様が企画したって、ボスが」
――おや、言わないように頼みましたのに。
「今まで、こんなことなかったから、すごく、すごく……楽しい……」
笑う気配。
いつもそばにいてくれる。
優しい存在。
――お前は、お前が思うよりもずっと、尊い存在なのだから。
包み込むように、温かい。
――少なくとも僕は、お前が生まれたことを、嬉しく思いますよ。
「え?」
「クローム」
赤と青のリボンで結んだ、淡い空色の大きな袋。
「プレゼント。俺と、骸から」
「ふたり、から?」
「あいつに選ばせるとセンスないからな」
――なんてこと言うんですか!
怒っているけど、気配で怒ってないとわかる。
受け取ってぎゅうと抱きしめると、身体いっぱいに広がる感じがした。
「ありがとう、ボス、骸様、ありがとう」
ボスはやっぱりお日様のように笑って。
きっと骸様も笑っていて。
みんな、嬉しそうで。
だから私も、すごく、
「誕生日おめでとう、クローム!」
しあわせだと思えるの。