25 | 裏返した裏側の本当は





『 裏返した裏側の本当は 』





 学校付近では目立ちすぎる上に敵が多すぎるので、帰り道の途中で待機。
 公園の近くが人通りも少なくて、一番いい。
 陽気に日向ぼっこをしていれば――
「え、骸?」
 驚いた声は聞き慣れたもの。
「こんにちは」
「どうしたんだよ、こんな所で」
「散歩です」
 にこやかに嘘をつく。
 本当は手の中の物を渡すのが目的だ。
「ふぅん。今日は天気いいもんな」
「そうですね」
 公園の中には、満開ではないが少しずつ桜が咲いてきている。
 風に乗って、どこからか沈丁花の甘い香りもする。
 日本は突風の後に、突然春めくから不思議である。

 ふと、綱吉くんの視線が僕の手元に向いていることに気がついた。
「いりますか、これ」
 さして目立つ柄でもない袋を差し出すと、彼は慌てて首を振った。
「いや、でも、それ、誰かにもらったんじゃ?」
「そう見えますか?」
「え、そうじゃないの?」
「どう思いますか?」
「もう、からかうなよ!」
 だって逐一返してくれる反応が面白いから。
 つい意地悪してみたくなる。
 僕は小さく笑うと、綱吉くんの手の中に袋を落とした。
「ボンゴレに、渡そうと思って」
「……俺に?」
「えぇ。明日でもよかったんですけど」
「明日……あ、あぁ!」
 今初めて気づいた風に。
 彼は驚きに目を見開いて、頬を赤らめて、それから嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
「クッキーなんて初めて作りましたよ」
「え、手作り!?」
「手作りをいただきましたからね」
「うわ、えと、開けてもいい?」
「聞かなくても、もう君の物なんですから、自由にしてください」
 蝶々結びのリボンは簡単にほどかれた。
 なんとなく、視線をそらす。
 一応、見た目のよい物を選んだつもりだが。
 いや別に見栄を張るつもりで作ったわけではないわけだし。
「あはは、パイナップルの形だ」
「それは犬と千種が型抜きを勝手に買ってきたからで」
「食べてもいい?」
「……どうぞ」
 どうにも目が向けられない。
 レシピ通りに作ったから、味は悪くないはずだ。
 不安に思う要素はどこにもない。
 どこにもないはずなのに、この不安は何だ。
 ちらと見ると、リスを連想した。
 一口で食べてしまえばいいのに。
 不意に笑ってしまう。
「どうですか?」
「おいしいよ、すごく!」
 満面の笑顔。
 本当は既製品でもよかったのだけれど。
 手作りを受け取ったときの、くすぐったい、あれと同じ気持ちを伝えるには。
 同じ気持ちにさせたかったから。
「それは、よかったです」
 結局、僕だけがくすぐったいような気がするけれど。
 おいしそうにクッキーを頬張る綱吉くんに悟られないように、そっとため息をつく。
 どうしてこうも平常を装うのが難しいのか。
 前まではこんなこと、一度だってなかったのに。

「あ、そうだ」
「どうしたんですか?」
「これから用事とかある?」
「別に何もありませんが」
「じゃあ、家寄ってけよ」
 まだ中身の残っている袋をカバンに入れて、綱吉くんは僕の手を引いた。
 来た方向とは逆の、家へ向かう道へ歩を進める。
「母さんがさ、チョコレートの味する紅茶買ってきたんだよ」
「それは興味深いですね」
「だろ。骸、好きそうだと思って」
 ぎゅう、と締めつけられる感覚。
 意図もなく無自覚に、僕を喜ばせる言葉なんか与えて。
 嘘をつくのは楽だけど、この気持ちを取り繕うのは大変なのだから。
「……簡単に好きとか言わないでくださいよ」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ?」
 にっこりと微笑んで、別の言葉を口にする。
「チョコレートで僕を思い出してもらえるなんて、光栄ですね」
「ば、別に、そういうつもりじゃ」
「おや、違うんですか?」
「ち、違くないけど」
「おかしな日本語は理解できないのですが」
「う、だから、違うわけじゃないというか」
「ではやはり僕を思い出してもらえたと」
「それは違う!」
「違うんですか?」
「ちが、ち、あぁもう! からかうなぁ!」
「クフフ」
 歩く速度を合わせて、隣を歩く。
 繋いだまま手は熱いし、顔だって赤い。
 恥ずかしいなら離せばいいのに。
 これでは熱が伝染して。
「もう、春ですね」


 僕だって誤魔化しきれませんよ。






× × ×

言葉遊びは照れ隠し。
ていうか、骸が料理できるのかっていう。
焦げたのとか生焼けとかは犬に無理やり食べさせて処理してそうな。