学校付近では目立ちすぎる上に敵が多すぎるので、帰り道の途中で待機。
公園の近くが人通りも少なくて、一番いい。
陽気に日向ぼっこをしていれば――
「え、骸?」
驚いた声は聞き慣れたもの。
「こんにちは」
「どうしたんだよ、こんな所で」
「散歩です」
にこやかに嘘をつく。
本当は手の中の物を渡すのが目的だ。
「ふぅん。今日は天気いいもんな」
「そうですね」
公園の中には、満開ではないが少しずつ桜が咲いてきている。
風に乗って、どこからか沈丁花の甘い香りもする。
日本は突風の後に、突然春めくから不思議である。
ふと、綱吉くんの視線が僕の手元に向いていることに気がついた。
「いりますか、これ」
さして目立つ柄でもない袋を差し出すと、彼は慌てて首を振った。
「いや、でも、それ、誰かにもらったんじゃ?」
「そう見えますか?」
「え、そうじゃないの?」
「どう思いますか?」
「もう、からかうなよ!」
だって逐一返してくれる反応が面白いから。
つい意地悪してみたくなる。
僕は小さく笑うと、綱吉くんの手の中に袋を落とした。
「ボンゴレに、渡そうと思って」
「……俺に?」
「えぇ。明日でもよかったんですけど」
「明日……あ、あぁ!」
今初めて気づいた風に。
彼は驚きに目を見開いて、頬を赤らめて、それから嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
「クッキーなんて初めて作りましたよ」
「え、手作り!?」
「手作りをいただきましたからね」
「うわ、えと、開けてもいい?」
「聞かなくても、もう君の物なんですから、自由にしてください」
蝶々結びのリボンは簡単にほどかれた。
なんとなく、視線をそらす。
一応、見た目のよい物を選んだつもりだが。
いや別に見栄を張るつもりで作ったわけではないわけだし。
「あはは、パイナップルの形だ」
「それは犬と千種が型抜きを勝手に買ってきたからで」
「食べてもいい?」
「……どうぞ」
どうにも目が向けられない。
レシピ通りに作ったから、味は悪くないはずだ。
不安に思う要素はどこにもない。
どこにもないはずなのに、この不安は何だ。
ちらと見ると、リスを連想した。
一口で食べてしまえばいいのに。
不意に笑ってしまう。
「どうですか?」
「おいしいよ、すごく!」
満面の笑顔。
本当は既製品でもよかったのだけれど。
手作りを受け取ったときの、くすぐったい、あれと同じ気持ちを伝えるには。
同じ気持ちにさせたかったから。
「それは、よかったです」
結局、僕だけがくすぐったいような気がするけれど。
おいしそうにクッキーを頬張る綱吉くんに悟られないように、そっとため息をつく。
どうしてこうも平常を装うのが難しいのか。
前まではこんなこと、一度だってなかったのに。
「あ、そうだ」
「どうしたんですか?」
「これから用事とかある?」
「別に何もありませんが」
「じゃあ、家寄ってけよ」
まだ中身の残っている袋をカバンに入れて、綱吉くんは僕の手を引いた。
来た方向とは逆の、家へ向かう道へ歩を進める。
「母さんがさ、チョコレートの味する紅茶買ってきたんだよ」
「それは興味深いですね」
「だろ。骸、好きそうだと思って」
ぎゅう、と締めつけられる感覚。
意図もなく無自覚に、僕を喜ばせる言葉なんか与えて。
嘘をつくのは楽だけど、この気持ちを取り繕うのは大変なのだから。
「……簡単に好きとか言わないでくださいよ」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ?」
にっこりと微笑んで、別の言葉を口にする。
「チョコレートで僕を思い出してもらえるなんて、光栄ですね」
「ば、別に、そういうつもりじゃ」
「おや、違うんですか?」
「ち、違くないけど」
「おかしな日本語は理解できないのですが」
「う、だから、違うわけじゃないというか」
「ではやはり僕を思い出してもらえたと」
「それは違う!」
「違うんですか?」
「ちが、ち、あぁもう! からかうなぁ!」
「クフフ」
歩く速度を合わせて、隣を歩く。
繋いだまま手は熱いし、顔だって赤い。
恥ずかしいなら離せばいいのに。
これでは熱が伝染して。
「もう、春ですね」
僕だって誤魔化しきれませんよ。