27 | not−ever





『 not−ever 』





 緑がそよぐ。
 見晴らしのいい場所まで、あと数歩の距離。
「――っ」
 突然感じた気配に、反射で飛びのく。
 着地しながら確認すると、先ほどまで立っていた場所に三叉槍が突き刺さっていた。
 切られた草が風に飛ばされる。
 その先に、三叉槍の主が仏頂面で立っていた。
「……護衛もつけず、こんな場所で何してるんですか」
「“こんな場所”で襲ってくるヤツなんて、お前くらいだよ」
 骸は三叉槍を引き抜くと、軽く振って土を払った。
 木漏れ日を反射して光る。
 いつ見ても、あの武器は骸のためにあるようだと思う。
「……それがわかっているなら」
 鋭利な切っ先が喉元に突きつけられた。
「もっと警戒してはどうですか」
 あと数ミリで傷を負う。
 そうすればこいつの言いなりだ。
 けれど俺は怯えることもなく、微笑んでいた。
 この刃は俺を傷つけない。
 絶対的確信。
「……変わりましたね」
 骸はため息と共に、三叉槍を霧散させた。
「それは、お互いさまじゃないか?」
 十年前であれば、最初の一撃に驚いて座り込んでいたはず。
 骸も、十年前のままであれば、そんな俺を容赦なく刺し殺していただろう。
 しかし実際は――
 ただ穏やかに風が通り過ぎる空間が、互いの間にあるだけ。
「……“こんな場所”で、何してるんですか」
「なんとなく、思い出したからかな」
 草を踏みしめて、林の中を進む。
 斜面を下って少し行けば、彼らが住処とする廃墟がある。
 この場所は、最初の場所。
「あのときから、お前、嘘つきだったよな」
「君は見事に騙されてくれましたよね」
「……あんな美人で、細い、男の子が、脱獄囚の“六道骸”だとか思うわけないし」
 わずかに頬を膨らませて言うと、骸は一瞬変な顔をして、それから目元を歪ませた。
「褒め言葉と、受け取っておきます」
 独特な笑い声。
 木漏れ日に視線を落としながら思い出すのは、あの日の出会い。


 あのとき、目を奪われ、すべてを忘れかけた。
 もしかしたら思い出そうとしたのかもしれない。
 よくわからないけど、見つけたと、直感した。
 魂というか、そんなモノが、歓喜した。
「……骸は?」
「何ですか?」
「骸は、初めてここで会ったとき、何か思ったりした?」
「そうですね……」
 長く伸びた黒髪が風に遊ばれる。
 動きに合わせて舞う髪は、軌跡を描くようで、美しいとさえ思う。
 骸は口元に当てていた指を下ろすと、呟くように答えた。
「やっと見つけたと、思いました」
「えっ?」
 突風に乱れた髪の隙間に笑み。
 手を引かれたと思った次の瞬間には、唇を重ねていた。
 ただ触れるだけのキス。
 呼吸を交わらせることもなく、骸はゆっくりと唇を離した。
 物足りない。
 俺はとっさに骸の上着を捕まえていた。
「それって、どういう意味だよ」
「どういう意味だと思います?」
「はぐらかすな!」
 つい声を荒げてしまうが、返答は笑みだけ。
 これは絶対に教えないときの態度だ。
 一番知りたいことを、いつも教えてくれない。
「嗜虐心をそそる顔ですね」
「し、しぎゃく?」
「襲ってもいいですか?」
「なっ――」
 深く絡み合うキス。
 手首を捕らえ、身を寄せて。
 濡れた音を残して、離れる。
「……節操なし」
「おや、難しい言葉を覚えたものですね」
「もう戻る!」
 廃墟へと続く傾斜とは反対方向に足を踏み出す。
 せっかく仕事を放り出して来たというのに。
 この恋人に「初めて会った記念日」を少しでも祝ったりする感覚はないらしい。
 まぁ、自分でも女々しいと思うけど。
「続きはいいんですか?」
「帰ってからだバカ!」
「おやおや」
「何笑ってんだよ」
「帰ってから、ですよね?」
 にんまりと口角を上げて。
 それを見て、今のが失言だったと理解する。
「べ、別に、そういう意味じゃないんだからな!」
「ツンデレはもう時代遅れですよ」
「ツンデレとか言うな!」
 速い足音と、遅い足音。
 それでも距離は離れず、すぐ後ろに存在を感じる。
 狙っているのか、守っているのか。
 自然と口元が緩んでしまう。
 何が嬉しいのか自分でもわからない。
 背中がくすぐったい感覚。



 最初に出会った瞬間。
 見つけたと思ったとき。
 同時に心に浮かんだのは――


 もう放してはいけないということ。
 ただそれだけ。






× × ×

オチがつかなかったすみません。
「甘い」「十年後」にするはずが……
いつもの糖度はどこいった?

なんとなく前世説を匂わせてみましたが、大 失 敗☆