ある日、家に帰ると机の下に何かいた。
白いポケットのついた青いオーバーオール。
金色の鈴のついた赤い首輪。
美形なのに変なパイナップルみたいな髪型。
入り口で固まっていると、ソレが顔を上げた。
「おや、おかえりなさい」
普通にしゃべった。
相手にしても大丈夫なイキモノなのか?
いや、不法侵入の気配がある辺り、危ないイキモノかもしれない。
とりあえず見なかったことにしよう。
「早速自己紹介から始めましょうか」
勝手に始めるなよ。
つか始める前に机の下から出ろよ。
なんで三角座りのまま進めようとするんだよ。
「僕はムクえもん、天国の初代から送られてきた次世代型ネコ型ロボットです!」
「どこからツっこめばいいのやら!!」
すべての単語にツっこめばいいのか、そうなのか、義務なのか!?
つか口きいちゃったよ!
「何かおかしな点でも?」
「しかも無自覚!!」
某便利ロボットに似た名前、天国の初代、次世代型、ネコ型、ロボット。
そのすべてにツッコミ可能だ!
コイツなんだか厄介な感じがする。
でも放置するのはさらに危ない気がしてならない。
俺は仕方なく机の前に座って、ソレと向き合うことにした。
咳払いをひとつこぼして、ひとつめの質問。
名前はこの際どうでもいい。
「……天国の、初代って何?」
「君のご先祖さまですよ。びっくりするぐらいそっくりですね」
「へー、そーなんだー」
知るか。
似てるかどうかはさておき、ご先祖さまだと?
何この人デンパ?
「……あと、次世代型、ネコ型、ロボット?」
「最新型でもあります」
「……どこが?」
ぶっちゃけ『同い年』くらいの頭のおかしな『人間』にしか見えない。
特に『ネコ』要素はどこにも見当たらない。
「どこがと言われれば、この辺りが」
そう言って、ソレは鈴のついた赤い首輪を指差した。
………………うん。
「母さん部屋に変質者がもぐぅ」
にゅっと出てきた手に口を塞がれた。
「クフフ、静かにしないと近未来的な解決を試みますよ」
どんな解決法だ。
ていうか次世代だったのが近未来に変わってるぞ統一しろよ。
ふと、口の中に甘みを感じた。
じわじわと溶ける、知っている味。
これは――
「チョコ?」
「おいしい物を食べると言葉が出なくなるでしょう」
「むしろ原始的!!」
でもおいしい。
むぐむぐ。
――ハッ!?
「お前! 何しに来たんだよ!?」
危うく騙されるところだった。
ここにいるのが当然のような顔をしてるから、つい流されてしまいそうになる。
注意しなくては。
「それに関しては初代から動画を預かってますので、うわ、パソコンないんですかこの部屋」
「悪いか!」
母さんがまだ早いって置いてくれないんだよ!
あったってどうせ使いこなせないだろうけどな!
「仕方ないですね」
はふぅとあからさまなため息をついて、ソレはお腹のポケットに手を入れた。
そして――
「クフフー僕のケータイ! で見せてあげます」
「ちょ、今、便利道具っぽく出したけど普通に普通のケータイだよなソレ!」
「便利じゃないですか」
「そうだけど!」
四次元ポケットから出てくる道具っていうのはもっと、なんていうか、現実無視した感じの都合のいい自分勝手な道具じゃん!
ていうかアレ四次元ポケットかどうかもわかんねぇし。
ソレはケータイにマイクロSDを差し込んだ。
もう次世代っていうか現代だ。
「えーと、あぁ、これですね」
カチカチとサイドキーを押して音量を上げる。
「始めますよ」
「う、うん」
横向きにした小さな画面に、金髪の知らない人物が映った。
黒いマントを着て、白い羽を背負って、頭に針金のついた輪っかを乗せている。
これにもツっこまなきゃいけないのかな。
『――コレに向かって話すのか? え、もう回ってる? あ、えと、ち、チャオ?』
「ベタだ!!」
天国の初代とやら、ベタすぎだろ!?
もう大昔にやり尽くされた古典的ボケだよソレ!
うわぁ画面越しだというのに何この気まずい空気。
『わ、私はお前のひいひいひ……?』
指折り数え、片手で足りなくなった辺りで、にこやかにあきらめた。
『まぁ遠いじいさんの沢田家康だ』
「覚えとけよ!」
あとバリバリの外国人に見えるのに何だそのバリバリの日本名は。
家康だから初代なのか? 初代だから家康なのか?
ていうか俺の家系、こんな人から始まってんのか?
『天国から暇潰しに見ているが、お前ダメツナとか呼ばれているようでは駄目だぞ』
せめて見守ってるとか言おうよ、何だよ暇潰しって。
むしろアンタにダメ出ししたいよ。
『そんなお前を鍛えるためにもムクえもんを送ってやる。気を抜くと襲われるからな、しっかりやるのだぞ』
「襲われるって何事!?」
『では頑張るのだぞ。アリーヴェ・デルチ』
「ちょ、なんだよソレ!」
『……切るのはコレか? 赤色? ないぞそんなの……えぇいまどろっこし』
ガツっという不穏な音と共に、画面が砂嵐へと変わり、そして消えた。
静寂。
ちょ、待て。
待て待て待て。
整理しよう。
ひとまず整理しよう。
得られた情報が少し多すぎる。
まず、目の前の変人はムクえもん。
首輪にネコ要素ってオイ。
チョコレートはおいしかった。
四次元じゃないかもしれないポケット。
便利なケータイが出てくる。
ご先祖さまだという初代は天然ボケだった。
ていうか外国人だろアレやっぱ。
最初のチャオはわかったけど、最後の言葉は意味不明だ。何語だ。
外見が俺とそっくりというのは、まぁ、認めよう。
天国の要素はアレか、羽と輪っかなのか。
で。
このムクえもんは、俺を鍛えるために送られてきた。
気を抜くと襲ってくる。
……。
………………。
…………………………。
うん。
「なんて危険な物体送りつけてくるんだよ何考えてんだよ天国のご先祖ぉぉ!!!」
「信用していただけましたか?」
「ムリムリムリ!!!」
「全力で否定しましたね……」
だってムリじゃんこんなの対処できるわけないし!
気を抜いたら襲ってくるヤツなんだぞ!?
ていうか襲うってどういうことだよ!?
何されるんだよ俺、何するんだよコイツ!!?
「……まぁ信頼は地道に作り上げるとして、押入れはこちらですね」
のそのそと机の下から這い出たかと思うと、ムクえもんは迷わず押入れの方へ足を向けた。
「あ、こら! 勝手に開けるなよ!」
ムクえもんは気にした様子もなく、テキパキと押入れの上段を片付け始めた。
ベッド使ってるから布団入れてないし、それほど荷物も置いてないんだけど。
あっという間に人ひとりが寝られるような空間ができ――
「まさか……お前……」
「これからお世話になりますよ。できることなら、末永く」
そう言って、白いポケットのついた青いオーバーオールを来た変な髪形のオッドアイの金色の鈴のついた赤い首輪をつけた変態は、笑った。
「い、い……い――」
平和な日常に終止符の影。
それの急接近を感じながら俺は叫び声を上げた。
「イ ヤ だ ――!!!」
こうして奇妙な自称次世代型ネコ型便利ロボットとの危機一髪な生活が始まったのである。