甘く焦げて苦く。
想いをカタチに。
小さな願いを込めて――
『 ブラウニー・ケーキ 』
手元の白い箱をそっと開けて、今一度中身を確認する。
「十代目、どうぞ」
「あ、ありがとう」
慌てて蓋を閉め、獄寺からグラスをふたつ受け取る。
時間はまだ少し早いが、彼に合わせればこんなものだろう。
驚かせるために、こっそり進めてきたパーティ。
準備は万端。
あとは――
高鳴る胸を押さえていると、扉のノブが音を立てた。
「ボンゴレ? ここにいるんで――」
「誕生日、おめでとう!」
連続で鳴るクラッカーの音。
降り注ぐ紙吹雪に、彼はわずかに目を見開き、ゆっくりと室内を見回した。
「これは……?」
カラフルな装飾。
おいしそうな料理。
口々に言祝(ことほ)ぐ人々。
それらはすべて彼のために用意したもの。
ちゃんと、知ってほしくて。
居場所、仲間、そして気持ちを。
彼は緩慢な動作で口許を隠し、小さく肩を震わせた。
そして、
「素晴らしいですね」
「だろ!? 一週間前から、」
「最高に――くだらない」
よく通る声で、毒を吐き出した。
睨むような、見下すような視線を人々に向け、言葉を続ける。
「集まって騒ぎたいならどうぞご自由に。ただ、僕を祝うのは止めていただきたいものですね」
「――っテメェ!」
「隼人!」
制止する山本の声に、なんとか立ち止まったものの、獄寺の怒りはおさまらないようだった。
「十代目が、自ら、企画して、ここまでしてくださったってのにっ」
「えぇ、だからボンゴレを囲んで何かやりたいなら、その中心をわざわざ僕にしなくてもいいでしょう」
「骸!」
腕を掴もうとしたが、なぜかできず、指先で上着の裾を摘まむ。
「なんで、そんなこと、言うんだよ……?」
「なぜ? 逆に問いたいものですよ」
嘲笑を唇に浮かべ。
「僕はマフィアではないのに、なぜ、馴れ合いの場に引き込もうとするんですか」
「な、馴れ合いなんかじゃ」
「とにかく、僕はこれで失礼させていただきます。あとは勝手にしてください」
するりと指先をすり抜け、骸は部屋を出て行ってしまった。
わずかの静寂。
それを破ったのは、
「っンだよアレ!」
椅子を蹴り倒す音だった。
見ると、獄寺が山本になだめられていた。
どちらも苦い顔で、他の人にしても困惑や怒りが見て取れた。
……何が、悪かったんだろう。
「十代目!」
「な、何?」
「もうアイツ抜きで始めましょう!」
「え、あ……」
かたわらに置かれた白い箱に視線を落とす。
今日が彼の誕生日ということには変わりない。
祝いたいという気持ちも。
そばにいたいと思う心も。
ねぇ、このまま放っておくなんて、できないから。
「――ご、ごめん! あとよろしく!」
言い終わるより早く箱を抱いて、部屋を飛び出していた。
どこに、とか考えなくても。
自分の執務室の扉を開けると、涼しい風が頬を撫でた。
「……やっぱり」
安堵に息がこぼれる。
彼は窓枠に背を預けるようにして、少し曇った空を見上げていた。
後ろ手に扉を閉め、窓際の執務机へと近づく。
白い箱を机の上に置き、彼へと向き直る。
何を言おう。
何を言えばいい。
「……むく――」
「何ですかあの悪趣味な趣向は」
眉間に深く皺を寄せ、窓の外を睨みつける。
怒っている。
怒らせたのは自分だ。
マフィアを憎んでいる彼をマフィアに引き込んだ、自分。
「……ごめん」
「別に謝罪が欲しいわけじゃないんですよ」
「でも……」
「君の考えなど容易にわかります。どうせ僕に甘い理想を見せようとしたんでしょう?」
「それは」
否定する隙もないほど、その通りだ。
そして、喜んでもらえると過信していた。
みんなで誕生日を祝えば、少しは喜んでもらえると。
仲間とか、居場所とか、そういう存在を感じてもらえると。
うぬぼれ。
そんな言葉さえ浮かぶ。
だんだんと、情けなさに視界がにじんできた。
「ごめん……」
「だから謝罪などいらないと言ったでしょう」
「でも」
「言い訳なら黙ってください」
「――っ」
肩が震え、雫が落ちた。
せめて声だけはこらえる。
何をしても怒らせるだけ。
なら、何をすればいいんだろう。
喜ぶ顔が見たいだけなのに。
ふ、とかすかに息を吐く気配。
「……僕は、」
静かな声には、なぜか、怒りの色は感じられなかった。
呆れも苛立ちも、まして悲しみもない声で、彼は続けた。
「僕は、君がいたからここに来たんです」
思わず頭に疑問符が浮かぶ。
ここ、とはこの基地と組織、どちらのことだろうか。
それとも、両方を指して?
ふ、と今度は短い笑い声が聞こえた。
「本当に、間の抜けた顔ですね」
「なっ」
「いつも言っていることと同じです」
手の平を上に向け、そっと差し伸べられる。
何を考えてるかはわからない。
けれど、俺はその手を取っていた。
一瞬、宙に浮く感覚。
次に目を開けたときには、彼の腕の中におさまっていた。
「む、骸?」
「ねぇ、いつも言っているでしょう?」
前髪越しのキス。
「僕は、君だけのものだと」
目元に、頬に、首筋に、キスが降り注ぐ。
触れた場所から言葉を浸透させるように。
「他の誰とも共有しないで、すべてを独占してください」
優しくしようと、傷つけまいとしているのがわかるほど、強くきつく抱きしめられる。
「今日という日でさえ、喜ぶのは君だけでいい」
重なった場所からわずかに伝わる震え。
「居場所も、仲間も、君がいれば、」
彼の声も少し震えていて。
「それだけでいい……」
苦しい。
胸が苦しい。
だけど、だから、精一杯、短い腕を伸ばして、広い背に回す。
包み込めないジレンマ。
どうして、こんなに短くて、小さくて、浅はかなんだろう。
彼が求めていたのは、たったひとつだけだったんだ。
用意したものなんかじゃなく。
最初からここにあったもの。
「――俺なんかで、いいの?」
「他の誰より君に、占有されたいんです」
間近に色違いの瞳。
唇を重ね、呼吸を交わす。
脳髄に甘い痺れ。
思考が毒され狂っていく感覚。
「……なんか、怖い」
「僕が?」
「ううん、たぶん、俺、自身が」
「君が? どこが」
背に落ちる長い髪をすくい取り、指に絡めて唇に押しつける。
ほのかな花の香り。
彼が忌み、そして好む花。
「……そのうち、ブレーキとか、利かなくなりそう」
彼の望みのままに、この独占欲に従えば。
自身の本性が暴かれそうで。
未知の欲望に恐怖する。
がんじがらめに縛り付けて、いつか彼を壊してはしまわないだろうか。
不安に伸ばした手にキスをして。
彼は悠然と微笑んだ。
「どうぞ、お好きなように」
露に濡れた蓮の花。
妖艶に咲く姿を重ねながら、俺は口許が笑みに歪むのを感じた。
「これじゃ、骸がプレゼントみたいだな」
「気に入りませんか?」
「だって、今日は骸の誕生日なんだから」
「おや、何かいただけるんですか?」
「当たり前だろ」
執務机に置いた箱を引き寄せ、蓋を上げる。
ロウソクも文字の入ったプレートも砂糖菓子もない。
まだらにシュガーパウダーを被っただけの、不恰好なチョコレートケーキ。
「手作り、ですか」
「う、うん、一応」
フォークも何も持って来なかったので、仕方なく端を摘まんで崩し、欠片をひとつ取り上げる。
「あ、味の保障はしないからな」
「はい」
口許に運ぶと舌が触れた。
愛撫するように絡まり、シュガーパウダーを舐め取って離れる。
「……おいしい?」
「えぇ、とても」
「ほんとっ?」
試しに自分でもひと欠片、口に入れてみる。
焦げすぎた苦み。
ごまかすような甘み。
絡まって、溶け合って、
「んっ、ん――」
奪われ、甘さを残した唾液だけ嚥下する。
ケーキの欠片は彼の口の中。
「なんで取るんだよっ」
「あんまりおいしそうだったので」
わざとらしく唇を舐めて、笑う。
「ケーキもいいですが、やっぱり綱吉くんのほうが甘くて、おいしそうですよね」
「んなっ!?」
腰を掴まれたと思ったら軽く抱え上げられ、執務机の上に乗せられていた。
膝を割って身を寄せ、首筋を這う呼吸。
「ちょ、待っ」
「何を待てと言うんです?」
まずひとつにパーティを放り出してきたこと。
ふたつにまだ夜でないこと。
みっつに鍵を閉めてないこと。
よっつに――
「まだ、好きって言って、ない」
彼の目が丸くなる。
それから、独特の笑い声をもらした。
「じゃあ、言ってください。言葉が意味をなさなくなるまで、何度でも、言ってください」
「……骸」
両手で整った顔を包んで。
息がかかるほど近くで見つめ合って。
噛みしめるように言祝ぐ。
「生まれてきてくれて、死なないでいてくれて、俺と出会ってくれて……ありがとう」
瞼を伏せると涙がこぼれた。
どうして泣いているのか自分でもわからないけれど。
「大好き……」
「……僕も、愛してます」
頬に落ちた一粒の雫。
「愛してますから、もう二度と、僕を置いてどこへも行かないでくださいね」
「え……?」
悲しい微笑み。
彼の台詞の意味はわからなかったけれど。
俺の口は自然と言葉を紡いでいた。
「次はちゃんと、連れてくよ」
「絶対ですよ」
「うん……」
誓いのキスを重ねて。
この甘くて苦い幸せが。
繋いだ手に祈りを込めて。
どうか――
君の心を、満たしますように。
おやおや、いけない子ですね。
何を期待しているのですか?
もう、良い子は眠る時間ですよ……?
CAUTION!!!
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・実年齢・精神年齢が18歳未満
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18歳以上だしやおい大好き!という方は
進めるところまで進んでしまってください(笑
× × ×
いつまでも離れない唇に、とうとう耐えきれなくなって、両手で頭を掴んで無理やり引き剥がす。
「おや、どうしたんですか?」
「いい加減、戻らないとヤバイだろ」
「戻る? どこに」
「パーティ会場!」
「……さっきの僕の言葉、聞いてなかったんですか?」
途端に、骸は不機嫌な表情になった。
「聞いてたし理解もしてるよ」
誰とも共有してはいけない。
骸は俺のもの。
俺以外の誰も触れてはいけないし、愛でてもいけない。
本当なら今日は二人きりで過ごすべきなんだろう。
「でも、あのままにもしておけないだろ」
「馬鹿に律儀ですね」
「バカって言うな」
「まぁ、体面を保つことも必要でしょうし。仕方ありませんね」
黒い皮手袋が視界を塞ぐ。
そう思った瞬間には、背中に硬い執務机があった。
再び明るくなった視界には、意地の悪い笑み。
「一回で、許してあげます」
「いっ――」
すでにボタンの外されていたシャツの隙間から首の付け根に噛みつかれる。
鋭い痛み。
それから、傷口を愛撫する舌のざらついた感触。
じくりと痛むのに、脊椎には快楽だけが浸透する。
「さて、一回と言っても、何を一回にしましょうか?」
「は!? ちょ、何考えてっん、やっ」
皮手袋が胸の突起を押しつぶし、摘まんでは弄ぶ。
ちろ、ともう片方も舌で転がし遊ばれる。
「ん、待っ、だめっ」
「イった回数? 挿れた回数? それとも、中に出された回数?」
「やっ、むね、だめぇっ」
笑う気配。
吸い上げられる感覚。
どうして感じるのか一番わからないのに、どうしてか感じてしまう場所。
そこを執拗に舐められ、いじられ、泣きそうになる。
「ひぁっ、あっ、やだぁっ」
「嫌ですか? じゃあ何を一回にしましょう?」
長い指が唇を割って歯列をたどる。
甘く噛むと、手袋だけ残して逃げてしまった。
裸の手の平が胸から腹部へと滑り落ちる。
「んっ……」
ピアノを弾くように骨ばった場所を撫で、ゆっくりと、下腹部を過ぎ。
その先、ズボンの中に入りかけて、止まる。
「……え?」
「何を、期待しました?」
「な、何って、そりゃ――っ」
言いかけて口を閉じる。
そりゃ、この流れなら、触ると思うだろう。
笑い声が肌にかかって、全身があわ立つ。
「鍵、かけなくてもいいんですか?」
「あっ」
「これ以上は、見られたら大変ですよね」
片手で器用にベルトを抜かれる。
「待っ」
「触ってほしいんでしょう?」
するりと簡単に侵入を許してしまう。
身を固くした隙に、下着もすべて脱がしてしまった。
少し冷たい空気。
そう感じるのは、高揚しているからだろうか。
「ねぇ、どう触られるのが好きですか?」
足の付け根からたどるように。
先のくぼみに爪をたてて。
「あぁっ、やっ……それ、だめっ……」
「どうして? ここ、好きでしょう?」
今度は舌先で突つかれる。
そのまま口内で、深く、なぶられる。
「んっ……ふ、あ……」
鼓膜を犯す水音。
こぼれる声はどこか、自分のものじゃないような気がして。
逆に自分自身を煽り立てる。
「……はぁっ、ん……あぁっ」
細い侵入物。
「両方攻められるほうが、イイですよね?」
「ひぃ、んっ……んくっ……」
内壁をひっかくように。
性感帯も何もかも知られているから。
「あっ……も、ぃやっ」
「一回、イキますか?」
「ん、ぅんっ」
熱を移すように吸い付いて。
冷たさをごまかすように擦り上げて。
悦楽に追い上げて。
「い、あぁあっ!」
飲み込む音と、下腹部に落ちる感触。
「はぁ……はぁ、ん……」
荒い呼吸に上下する腹部を押さえつけて、舌がこぼれた雫をたどる。
手を伸ばすと、髪に触れた。
引き寄せて、キス。
「さて、何を一回にするか、決めました?」
「何を……」
「イった回数をカウントするなら、これでお終いです」
ついばむようなキスの合間に。
笑いながら望まない言葉を口にする。
俺はわずかに頬を膨らまして、答えた。
「……ちゃんと、最後まで、やれよ」
「最後まで、というのは?」
「い、入れて、中で、一緒に、イクこと!」
言って後悔する。
焦って表現が露骨になりすぎた。
恥ずかしさでにじむ視界で、骸の顔を見ると――
不意に笑ってしまう。
「真っ赤」
「君が悪いんです」
そうだ、忘れていた。
ストレートな物言いを得意とするくせに、言われると照れてしまうのだ。
嗜虐的なくせに、かわいい人。
「ね、早く?」
「……望むままに」
持ち上げられた太ももにキスと痛み。
それから、自身を、彼しか触れられない場所にあてがった。
「く、ぅんっ……」
ゆっくりと、圧迫する。
この瞬間だけは、いつまでたっても慣れない。
じわじわと奥へ。
キスと呼吸を交互に繰り返しながら。
「はぁっ……いっ、あぁっ」
背中に手を回すと、やっぱり届かなくて。
シャツを強く握りしめる。
苦しくて。
胸が苦しくて。
キスだけで死んでしまいそう。
「……ふぁっ……むく、ろっ……むくろぉっ」
名前を紡ぐだけで、唇から毒が広がって。
赤く狂い咲いて。
「すき、すき、っから、んぁっ」
首に落ちかかる髪が汗で絡まって。
あぁ、首輪に繋がれてるみたいだ。
嬉しくて、また泣いてしまう。
「もっと、つよく、って、してぇっ」
「君という、人は……っ」
「ひ、あ、あぁっ」
みだらな水音が連続して。
揺れる欲情。
喉が震えて。
歓喜だけを音に変えて。
「いっ、すきっ、すきぃっ」
ただ伝えるためだけに。
意味をなしてなくても。
その心に伝わるように。
「むくろ、がぁっ、すきぃっ」
「綱吉くん……っ」
「んぁあっ、ぅく、ふぁ」
きつく強く抱きしめられる。
「ぃあぁぁああっ!」
跳ねるように背をのけぞらせ。
深く中に、熱く広がるモノを感じて。
受け入れて。
ゆっくりと至極に目を閉じた。
弛緩するままに、身体を彼の腕へと預ける。
「綱吉くん……?」
少し、心配の色。
大丈夫と言おうとしたけど、声にならなかった。
それでも、唇の動きで伝わっただろう。
呼吸を整えながら、キスを交わして。
「……愛してます」
俺も同じだよ、と唇で告げる。
好き。大好き。
感情が融解して浸透する。
彼も同じように、満ち足りていればいい。
最後にぎゅっと抱きしめて、俺は目を開けた。
窓の外はいつの間にか雨に濡れていた。
「一回?」
「もう一回?」
「それは――」
電気もつけずに。
薄明かりの中で。
笑う。
「帰ってから、な」
もう一回だけ、唇を合わせて。