ただ夏休みの宿題を手伝ってもらおうと思っただけなのに。
「なんでテストとかやらされてんだよ……」
ちぎったノートに並べられた数式。
全部で20問。
これを30分で解けと言う。
それを言ったのは鬼のような家庭教師でも少しおっかない同級生でもなく。
目の前の、たぶんひとつ年上の、変な恋人。
「教えを乞うたのは君でしょう」
「確かに教えてとは言ったけどさ」
テスト問題まで作れとは言ってない。
つか普通ここまでしない。
「すべて、さっき僕が教えた方法で解けるんですから、難しくはないでしょう」
「お前にはそうかもだけどさぁ」
こっちは数字見ただけで嫌になるんだよ。
解き方だって、ちゃんと覚えたか微妙だし。
何より自信がない。
「……本当に、面倒臭い人間ですね」
長いため息。
「では、こうしましょう」
骸は赤ペンで机を数回叩いた。
口許には笑みを浮かべて。
「間違いも半分までは見逃しましょう」
けれど、と続ける。
「もし半分以上間違えれば罰として――、まぁ、これはお楽しみということで」
「何する気だ!」
「答え合わせの後で、教えてあげます」
だから早く解けと言うように、骸は再度ペン先で問題用紙を叩いた。
そして、これ以上の質問は受け付けないとばかりに、勝手に人の本棚を漁り始めた。
そこにはマンガしかないっつーの。
「あーもぉ!」
俺は嫌々ながらも、シャーペンを武器に数字と戦うことを決心した。
カリ、カリ、と断続的に赤ペンが音を引いて走る。
今のはマルか? それともバツ?
どれも同じ音に聞こえる。
ていうか罰ってなんだよ。
絶対、変なコト考えてるだろ。
変態なコトしか考えてないだろ。
そうとしか――
ペンの音が消えた。
「終わった……?」
おそるおそる、目を開ける。
我ながら汚い数字の並べられた紙の上には。
「全問、正解……?」
見事に赤いマルが並んでいた。
嬉しさ通り越して、逆に不安になる。
「さ、採点ミスとか」
「この僕がそんな些細なミスをするとでも?」
「だよなぁ」
普段の小テストでも満点なんて取ったこと、一度だってないのに。
やればできるじゃん、俺。
……まぁ、教え方がよかったのも、少しはあるだろうけどさ。
「まさかここまでできるとは、僕も思いませんでしたが」
つい、と口端をつり上げ。
「これはこれで、ご褒美が必要ですね」
「ご、ごほうび?」
なんか、怖い。
後ずさろうとすると、手首を捕らえられた。
強引に引き寄せられる。
笑んだまま。
唇が触れた。
「ん、んー!」
間近に色違いの瞳が歪む。
悦楽を与え、享楽にむさぼり。
息苦しさにもがく姿さえ楽しむように。
酸欠に視界がにじんだ頃、ようやく解放された。
後ろ手に上体を支えようとして、
「うわ、わあぁ」
そのまま仰向けに倒れてしまう。
キスだけで力が入らないとか。
どんだけ上手いんだよ。
しかたなく、手元にあったクッションに赤い顔を埋めて隠す。
クフフ、と笑う声。
覆うように耳元にかかる。
「よく、できました」
ぞくぞくと冷たくも熱を残す、吐息。
声だけでも充分、イキそう。
「――って」
はたと気づく。
「罰って、何考えてたんだよ」
「おや、虐められたいんですか?」
「違うし! なんでそうなるんだよ!?」
投げたクッションは見事にパイナップルに直撃した。
しかし、ボフっと間抜けな音を生んだだけで、ダメージは与えられなかったらしい。
骸はクッションを置きながら、俺の顔を覗き込んで問うた。
「宿題もひと段落しましたし、どこかに行きますか?」
外は一番暑い時間を過ぎ、日陰も伸びてきた頃。
散歩するには少し早いように思えるが。
「……アイスでも買いに行くか」
俺は起き上がってカバンを取った。
外の熱で誤魔化さないと。
アイスか何かで冷やさないと。
たぶん次は、耐えられない。