いつもは閑静で閑散とした廃墟の一角。
真っ暗な空間を咲くような絶叫が響き渡った。
「ぎゃあああっ! もおいい! もおやだ!」
明かりは頼りないロウソクの火ひとつだけ。
それすら吹き消そうとする骸に、綱吉は体当たりをかけた。
「消さないと終わりませんよ」
「こわい! こわい!」
「すぐに明かりをつけてあげますから」
「ホントだな!? ぜったいだぞ!?」
しがみついたまま、きつく目を閉じる。
それでは明かりをつけようが同じではなかろうか。
そう思ったが、骸は特に気にせずロウソクを吹き消し、電気のスイッチを押す感覚で三叉槍を軽く振った。
ふわり、とやや現実らしくない、柔らかすぎる光がともる。
「ほら、明るくなりましたよ」
「う……」
綱吉は怯えながら、ゆっくりと目を開けた。
たまらなく嗜虐心をくすぐる表情。
骸はつい、三叉槍を動かしてしまった。
不安定な陽炎のように、綱吉の隣に人骨の模型が現れる。
綱吉はまず人骨のいない方を確認し、さらに反対側を見遣って――
「ひぎゃああああっ!!」
飛び上がる勢いで骸にしがみついた。
「わ、あっ」
支えきれず、床に直接広げたシーツの上に押し倒されてしまう。
「なんかいた! なんかいたぁ!」
「な、何もいませんよ?」
背中に痛みを感じながらも、さらりと嘘をつく。
実際、押し倒された驚きで人骨の幻覚は消えてしまった。
ついでに明かりも。
「こわい! くらい! こわい!」
「僕がいるでしょう?」
「こわいもんはこわいんだよ!」
「しょうがない子どもですね」
ため息。
それから、骸は優しく綱吉を抱きしめた。
「こうすれば怖くないでしょう?」
「う……んん?」
まったく納得してない声音。
「では、これならどうです?」
抱きしめたまま、額に、鼻に、頬に、耳朶(じだ)に、口づけていく。
最後に唇を濡らして。
「もう怖くなぐっ」
強烈な頭突きが心臓の上にヒットした。
一瞬間、息が詰まって止まる。
いつぞやに見舞われた頭突きよりさらに攻撃力が上がってないか。
「こわ、こわっ、わあああっ」
「ちょ、人の上で暴れないでくださいっ」
骸は慌てて綱吉をきつく抱きしめた。
「まだ怖いんですかっ、何が怖いんですか!?」
「むく、見えなっ、こわ、やだぁ!」
「僕が見えないのが、怖いんですか?」
服を掴む、震える手。
早すぎる鼓動に、ひきつった呼吸。
少し、からかいすぎたらしい。
骸は反省に息を吐くと、三叉槍を振るった。
柔らかい光が生まれる。
それは連鎖するように室内に広がり、やがて暗い場所を見つけるのが困難なほど明るくなった。
「……もう、大丈夫でぐっ」
二度目の頭突き。
「な、何を、す」
上げられた顔は真っ赤。
泣いたからではない。
怯えたからでもない。
綱吉は顔を隠すように、両手を突っ張って骸から離れた。
すっかり皺寄ったシーツの上に、背中を向けて座る。
「……怒ってます?」
「別に」
「……そんなに、怖かったんですか?」
「だ、だって!」
振り向いたら、すぐ近くに色違いの瞳があった。
一瞬だけ、息を飲む。
それでも、視線をそらしながらも、なんとか言葉をしぼり出す。
「暗かったら、お前に何されるかわかんないし、何されても見えないと思うと、マジで怖えぇ」
「…………は?」
「どこ触られるかもわかんないし、骸なら絶対そういうの楽しみそうだし、うわああ、怖えぇ!」
「……ちょ、待っ、綱吉くん?」
「何だよ」
「つまり君は、僕の姿が見えないのが不安だったわけでなく、単に、僕にナニされるかわからなくて、それが怖かったんですか?」
綱吉はにらむように、怪訝そうな顔をした。
「だから、そう言ってんだろ」
「…………」
言葉を失うとはまさにこのことだ。
骸は口許を押さえ、喉をひきつらせた。
「……くはっ」
やがてこぼれ落ちる、独特な笑い声。
「くはははっ」
「なっなんで笑うんだよ!」
「そんなに、僕が怖いなら、離れればいいでしょう」
「そ、それは、それで、怖いんだよ!」
「くはははっ」
「それに!」
綱吉は骸の手を握りしめた。
「別に骸が怖いわけじゃ、ないんだからなっ」
「……ふふっ」
その手を握り返し、引き寄せる。
そのまま、ぬいぐるみを抱くように顔を寄せると、石鹸の匂いがした。
落ち着くぬくもり。
「素直じゃないですね」
「お前ほどじゃない」
くすくすと笑い続けていると、やがて綱吉があきらめたのか、長く息を吐き出した。
よいしょと声を出して立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「……トイレ」
「あぁ、いってらっしゃい」
送り出そうと挙げた手が、再び掴まれる。
「どうしたんですか?」
「トイレの、場所」
「そこを出て左にまっすぐ」
「ま、迷ったらどうするんだよ!」
「は? 迷うわけが――」
とっさに自由な方の手で口を覆う。
しかし、こみ上げる笑いを止めることはできなかった。
「くははははっ」
「何がおかしいんだよ!」
「いえ、いいえ、そうですよね」
骸は立ち上がり、三日月のカタチに口を歪めた。
「迷ったら、怖いですからね」
「べ、別に怖くなんかっ」
「えぇ、一緒に行きましょう、ちゃんと外で待っててあげますよ」
「だから怖くなんかっ」
「はいはい。手は繋いだままですか?」
底意地の悪い笑み。
綱吉は短くうなり、それから小さく呟いた。
「……決まってんだろ」
電気はないが、明かりはある廃墟の中。
手を繋いで歩く。
怪談話でも涼しくならない。
暑い。
熱い。
そんな夏の夜。