35 | ある夏の夜に





『 ある夏の夜に 』





 いつもは閑静で閑散とした廃墟の一角。
 真っ暗な空間を咲くような絶叫が響き渡った。
「ぎゃあああっ! もおいい! もおやだ!」
 明かりは頼りないロウソクの火ひとつだけ。
 それすら吹き消そうとする骸に、綱吉は体当たりをかけた。
「消さないと終わりませんよ」
「こわい! こわい!」
「すぐに明かりをつけてあげますから」
「ホントだな!? ぜったいだぞ!?」
 しがみついたまま、きつく目を閉じる。
 それでは明かりをつけようが同じではなかろうか。
 そう思ったが、骸は特に気にせずロウソクを吹き消し、電気のスイッチを押す感覚で三叉槍を軽く振った。
 ふわり、とやや現実らしくない、柔らかすぎる光がともる。
「ほら、明るくなりましたよ」
「う……」
 綱吉は怯えながら、ゆっくりと目を開けた。
 たまらなく嗜虐心をくすぐる表情。
 骸はつい、三叉槍を動かしてしまった。
 不安定な陽炎のように、綱吉の隣に人骨の模型が現れる。
 綱吉はまず人骨のいない方を確認し、さらに反対側を見遣って――


「ひぎゃああああっ!!」
 飛び上がる勢いで骸にしがみついた。
「わ、あっ」
 支えきれず、床に直接広げたシーツの上に押し倒されてしまう。
「なんかいた! なんかいたぁ!」
「な、何もいませんよ?」
 背中に痛みを感じながらも、さらりと嘘をつく。
 実際、押し倒された驚きで人骨の幻覚は消えてしまった。
 ついでに明かりも。
「こわい! くらい! こわい!」
「僕がいるでしょう?」
「こわいもんはこわいんだよ!」
「しょうがない子どもですね」
 ため息。
 それから、骸は優しく綱吉を抱きしめた。
「こうすれば怖くないでしょう?」
「う……んん?」
 まったく納得してない声音。
「では、これならどうです?」
 抱きしめたまま、額に、鼻に、頬に、耳朶(じだ)に、口づけていく。
 最後に唇を濡らして。


「もう怖くなぐっ」
 強烈な頭突きが心臓の上にヒットした。
 一瞬間、息が詰まって止まる。
 いつぞやに見舞われた頭突きよりさらに攻撃力が上がってないか。
「こわ、こわっ、わあああっ」
「ちょ、人の上で暴れないでくださいっ」
 骸は慌てて綱吉をきつく抱きしめた。
「まだ怖いんですかっ、何が怖いんですか!?」
「むく、見えなっ、こわ、やだぁ!」
「僕が見えないのが、怖いんですか?」
 服を掴む、震える手。
 早すぎる鼓動に、ひきつった呼吸。
 少し、からかいすぎたらしい。
 骸は反省に息を吐くと、三叉槍を振るった。
 柔らかい光が生まれる。
 それは連鎖するように室内に広がり、やがて暗い場所を見つけるのが困難なほど明るくなった。


「……もう、大丈夫でぐっ」
 二度目の頭突き。
「な、何を、す」
 上げられた顔は真っ赤。
 泣いたからではない。
 怯えたからでもない。
 綱吉は顔を隠すように、両手を突っ張って骸から離れた。
 すっかり皺寄ったシーツの上に、背中を向けて座る。
「……怒ってます?」
「別に」
「……そんなに、怖かったんですか?」
「だ、だって!」
 振り向いたら、すぐ近くに色違いの瞳があった。
 一瞬だけ、息を飲む。
 それでも、視線をそらしながらも、なんとか言葉をしぼり出す。
「暗かったら、お前に何されるかわかんないし、何されても見えないと思うと、マジで怖えぇ」
「…………は?」
「どこ触られるかもわかんないし、骸なら絶対そういうの楽しみそうだし、うわああ、怖えぇ!」
「……ちょ、待っ、綱吉くん?」
「何だよ」
「つまり君は、僕の姿が見えないのが不安だったわけでなく、単に、僕にナニされるかわからなくて、それが怖かったんですか?」


 綱吉はにらむように、怪訝そうな顔をした。
「だから、そう言ってんだろ」
「…………」
 言葉を失うとはまさにこのことだ。
 骸は口許を押さえ、喉をひきつらせた。
「……くはっ」
 やがてこぼれ落ちる、独特な笑い声。
「くはははっ」
「なっなんで笑うんだよ!」
「そんなに、僕が怖いなら、離れればいいでしょう」
「そ、それは、それで、怖いんだよ!」
「くはははっ」
「それに!」
 綱吉は骸の手を握りしめた。
「別に骸が怖いわけじゃ、ないんだからなっ」
「……ふふっ」
 その手を握り返し、引き寄せる。
 そのまま、ぬいぐるみを抱くように顔を寄せると、石鹸の匂いがした。
 落ち着くぬくもり。
「素直じゃないですね」
「お前ほどじゃない」
 くすくすと笑い続けていると、やがて綱吉があきらめたのか、長く息を吐き出した。
 よいしょと声を出して立ち上がる。


「どうしたんですか?」
「……トイレ」
「あぁ、いってらっしゃい」
 送り出そうと挙げた手が、再び掴まれる。
「どうしたんですか?」
「トイレの、場所」
「そこを出て左にまっすぐ」
「ま、迷ったらどうするんだよ!」
「は? 迷うわけが――」
 とっさに自由な方の手で口を覆う。
 しかし、こみ上げる笑いを止めることはできなかった。
「くははははっ」
「何がおかしいんだよ!」
「いえ、いいえ、そうですよね」
 骸は立ち上がり、三日月のカタチに口を歪めた。
「迷ったら、怖いですからね」
「べ、別に怖くなんかっ」
「えぇ、一緒に行きましょう、ちゃんと外で待っててあげますよ」
「だから怖くなんかっ」
「はいはい。手は繋いだままですか?」
 底意地の悪い笑み。
 綱吉は短くうなり、それから小さく呟いた。
「……決まってんだろ」


 電気はないが、明かりはある廃墟の中。
 手を繋いで歩く。
 怪談話でも涼しくならない。
 暑い。
 熱い。
 そんな夏の夜。






× × ×

ツー君のツはツンデレのツに思えて仕方ない今日この頃。
あと、骸さんは最後の最後まで計算尽くのような気がしてならない今日この頃。

夏らしい話をあとふたつくらいは書きたい今年この夏。
たとえオチがなくたっていいじゃない!!