最近思う。
俺の部屋の玄関はまさか窓なんじゃないか――と。
「おぉ、やっと戻ったか、デーチモ」
自分とよく似た顔の彼は、嬉しそうに頬を赤くした。
「……何やってんですか、プリーモ」
似てるも何も、彼は俺のご先祖様だ。
幽霊らしいが、怨みとかは全然ないらしい。
暇つぶしだとか観光だとか、まぁおよそ幽霊らしくない理由でよく現れてくれる。
そういや、幽霊相手に玄関も窓もないよなぁ。
どっからでも来れるんだもんなぁ。
「いつも頑張っているデーチモにプレゼントを持ってきた」
「はぁ」
初代は大げさにコートの中を探ると、勢いよく取り出したモノを上に掲げた。
遅れて、ちゃっぽん、と水音。
「……それは?」
「毬藻だ」
「マリモ?」
「いや、普通の毬藻ではない」
小瓶の中で転がる球体はどこにでもある緑の藻の塊に見えるが。
初代はキラリと目を光らせ、掲げていた小瓶を俺の目の前に突きつけた。
「プリーモ自ら選び捕獲したプリティな毬藻、略してプリ藻だ!」
「意味わからん!」
「これを私だと思って可愛がってくれ!」
「ムリ!」
両腕を交差させてジェスチャーでも拒否を表現する。
しかし、初代は空いている方の手を、ぽん、と俺の肩に置き、
「デーチモ、何事も挑戦が大事なのだ」
いい台詞っぽく言いやがった。
「挑戦って……」
瓶の中で転がる毬藻。
直径3センチくらい。
アサリの貝殻と一緒に入っている。
鮮やかな緑色の。
鞠状の、藻。
この、生き物かどうかもわからない物体を可愛がれって――
「無茶振りすぎる!」
「よく見るとこの辺がプリティ」
「わかるか! 誰か助けて!」
しかしこういう時に限って家には誰もいないし、誰も来るはずが――
「なぜ貴方がこんな所にいるんですか」
知っている声。
慌てて顔を上げると、骸が部屋に入ってこようとしていた。
――窓から、堂々と。
「いや、この際そこはどうでもいい!」
俺は室内に引きずり込むように、骸にしがみついた。
「頼む、骸、プリーモをどうにかしてくれ!」
「つ、綱吉くんが僕におねだりを……!?」
「変な想像すんな!」
「わかりました、君のお願いなら、僕は何でも聞いてあげますよ」
骸はどさくさにまぎれて俺を抱きしめ、それから初代に向き直った。
普段は一番面倒なヤツだが、こういうときくらいは役に立ってくれそうだ。
このまま両方ともいなくなってくれるのが一番だが。
「今日は一体何しに来たんですか?」
身長差からも骸に見下ろされた初代は、むっとわずかに顔をしかめた。
「可愛いデーチモに会いに来るのに理由など必要ないだろう」
「確かに綱吉くんは可愛いですが、困らせてどうするんですか」
「困る? なぜ?」
コテン、と首を傾げる。
仕草だけはかわいいんだよな、この人。いや、幽霊。
「私はデーチモを労わり、癒すために、このプリーモ厳選プリティな毬藻、略してプリ藻を持ってきただけなのに」
「プリ藻?」
「これだ」
小瓶の中を転がり続ける毬藻。
それをしばらく注視してから、骸は大げさにため息を吐き出した。
「……それが、迷惑だと思うんですが」
「何と!?」
「綱吉くんは小心者なんですよ? プレゼントというだけでも気構えをしてしまう人なのに」
「悪かったなオイ」
「プレゼントに生き物って、結構重たいんですよ?」
「お、重いのか?」
「生き物だから死なせないように、何が何でも面倒を見なければいけないという脅迫観念に駆られ」
「脅迫!?」
「自殺しちゃいますよ」
「しねぇよ!」
「さぁ、わかったなら早くそれ持って帰ってください」
「う……」
初代は俯き、小瓶を見つめた。
どうしたものか考えているらしい。
ていうか、今の説得が通じたのも何か納得できないのだが。
こいつらの脳内で俺はどういう生き物なんだよ。
「……わかった」
あまり表情の読めない顔が上げられる。
初代は小瓶をそっと差し出し、言った。
「ならば、このプリ藻を二人の愛の結晶として可愛がってくれ!」
「意味わからん!」
「二人の交際を認める意味で、このプリ藻を授けよう!」
「もうそれ持って帰るのメンドいだけだろ!?」
絶対そうだ。自分で面倒見るのがイヤなだけだ。
「骸も何か言ってくれよ!」
「愛の結晶って素晴らしい響きですね綱吉くん!」
「お前も大概バカだなオイ!!」
やばいぞ。この流れはやばい。
なんていうか骸の目が変な色に輝いてるのが気持ち悪い。
「そういうことなら仕方ありませんね」
「何が!? 何が仕方ないの!?」
「その毬藻、受け取りましょう」
「毬藻じゃない、プリ藻だ」
「ソコこだわるんだ! じゃなくて、勝手に話進めんな!!」
小瓶を受け取ろうとする骸にタックルをかけて、強引にでも妨害する。
しかし、骸はたいしてダメージを受けた様子もなく、不思議そうに首を傾げた。
「彼が認めるということは、ボンゴレ公認ということですよ綱吉くん」
「っざけんな! 認められてたまるかぁ!!」
「おや、秘めた交際がお好きですか」
「違えぇ!」
「ふむ、デーチモはそっち派か」
「どっち派!?」
ダメだ二人とも人の話聞く気ねぇ。
殴りたい。殴って止めたい。
でも、片方はご先祖様だし、片方はむしろ喜ぶし。
どうすればいいんだよ。
一体どうすれば――
「では、大事に可愛がってくれよ」
「えぇ、わかりました」
「受け取っちゃってるしいい!!」
もう殴ればいいのか、殴っていいのか、いいよね、やっちゃおうよ!
「さて、存分に楽しんだことであるし、そろそろ帰るかな」
「楽しんだって、ちょ」
「プリ藻のことは頼んだぞ」
「ちょっと、待っ」
「アリーヴェ・デルチ、愛しきデーチモ」
まるで骸の幻覚のように、初代は片手を挙げた状態で消えてしまった。
あとには何も残らない。
いや、ひとつだけ残ってる。
本当に厄介なことだが。
「なんとも、神出鬼没な方ですね」
「お前もな」
部屋の四隅に魔よけの札でも貼っとけばいいんだろうか。
ダメだなんか余裕で破られそうな気がする。
塩? 塩とか盛るの?
「つか、それどうすんだよ。俺、マリモの飼い方とか知らないぞ」
「飼い方と言っても、所詮は植物なので、窓のそばとかで光合成させるぐらいですよ」
「それだけ?」
「えぇ」
骸は小瓶を振りながら、中を覗き込んだ。
いわゆるプリ藻がアサリの貝殻と一緒に転がっている。
「くふふ、愛の結晶ですって」
「認めないからなそんなの認めてないからな」
そんなのが愛の結晶であってたまるか。
どうせならもっと、宝石とかキラキラしたのであってほしい。
いや別に愛の結晶がほしいわけじゃないけど。
いや、まぁ、あったらあったで、それはまぁ嬉しいけどさ。
でもそれは、藻の結合体とかではあってほしくないわけで!
煮え切らない思いに頭を抱えていると、骸の笑い声が聞こえた。
「まぁ、僕もたまに来て面倒見てあげますよ」
楽しそうに、小瓶を眺めて。
ちょうど遊び道具を見つけた子どものような。
「……放っとくと、俺、忘れるからな」
「では、たまにではなく、いつも来るようにしましょうか」
「それはウザい」
「君、可愛い顔して言葉の選択が酷いですよね」
声音は悲しんでいるようだったが、表情はいつもの企むような笑み。
そこにあるのは、素っ気ないやり取りさえ、楽しんでいる感じ。
味気ない日常を楽しんでいる。
そんな感じがするから。
「……たまにでいいから、ちゃんと来いよ」
ほとんど呟くように言って、そっぽ向く。
そしたら、ほら。
「えぇ、わかりました」
嬉しそうに笑うから。
つい、口実を与えてしまう。
不器用な俺たちが一緒に過ごすための、他愛ない口実を。
「まさかプリーモ、最初からそのつもりで……?」
「どうしました?」
「なんでもない!」
小瓶の中の毬藻が転がる。
ころころと。
その内、大きくなったりするんだろうか。
大きくなればいいな、と思う。
ひとまず、宝石でもキレイではないけれど――
愛の結晶なのだから。