39 | 小瓶にふたつ詰めて





『 小瓶にふたつ詰めて 』





 窓辺に置かれた小瓶。
 中にはアサリの貝殻と毬状の藻。
 言わずと知れたプリ藻だ。
 今日も元気なのかよくわからない姿で転がっている。
「ヒマってしあわせー……」
 夏休み明けに突如として現れた大型連休。
 世間はこれをシルバーウィークと呼んでるらしい。
 まぁ敬うべき相手もいない沢田家にはあまり行事らしいこともなく。
 家の者はみんな出払い、なおかつ誰も訪れないという平和に身を委ねる。
 どうせすることもないし、もう一眠りしよう。
 そう思い、掛け布団に手を伸ばそうとしたとき、
「元気にしているか、デーチモ」
「あああぁぁぁ」
 部屋の真ん中に黒いマントを羽織った金髪の男性が現れた。
 言わずと知れた初代だ。
 今日も何を考えているのか、よくわからない表情をしている。
「なん、何、何しに来たんですかぁぁ」
「暇そうなデーチモと遊ぼうと思ってだな」
 確かにヒマだったけど、確かにヒマだったけど! 決して誰かに構ってほしかったわけじゃない……!
 断ろう。ここは非はないけど謝って、帰ってもらおう。
「あ、あのー」
「そういえば今日は敬老の日だったな」
「なんで知ってる!?」
 日本の文化から一番遠くにいそうな存在が!
「年上の人間を敬う日なのだろう?」
 俺は見た。
 無邪気無害そうな顔が、にやりと歪むのを。
 この人、確信犯だ……!!
「ということで、今日はデーチモにプレゼントを持ってきた」
「えっ?」
 貰いに来たんじゃなく、持って来た、だって?
 初代の手はすでにマンとの中に入れられている。
 なんとなく、デジャビュ。
 まさか、そんな、また?
 また生き物かよくわからない物体を渡されるのか!?
「デーチモのためにプリーモ自ら選び買ってきた――」
「ちょ、待っ」
「おいしいと評判のケーキ屋さんのプリンだ」
「そんなのいらな、い……?」
 現れたのは、よく見るケーキ屋さんの白い箱。
 それをテーブルに置き、初代は我が家同然に腰を落ち着かせた。
「プリンは嫌いか?」
「や、きらいじゃ、ないです……」
「うむ。ならばこっちに来て、一緒に食べよう」
「あ、はいっ」
 慌ててベッドから降り、引き寄せたクッションの上に座る。
 箱からは一個、二個とかわいらしいカップに入ったプリンが出てきた。
「今日は霧のアレは来ていないのだな」
「霧? ……あぁ、骸は、基本的にいつ来るかわかんないんで」
「そうか。仲良くやっているか?」
「まぁ……一応……」
 昨日、思いっきりグーで殴ったけど。
 むしろ喜んでたし。
「他の守護者とも、仲良くしているか?」
「んー……みんな、うん、いい人なんだけど、」
「うまくいっていないのか?」
「その、やっぱり、雲雀さんだけは、近づけないというか、怖いというか」
「雲の者か。まぁ、雲ならば仕方あるまい」
 プリンの上には生クリームと砕いた栗の欠片が乗っていた。
 とてもおいしそうだ。
 礼を言って、プラスチックのスプーンと共に受け取る。
「……初代の守護者は、どんな人たちだったんですか?」
「変わり者ばかりだったよ」
 くすくすと思い出し笑いが続く。
「私の雲も自由奔放で、よく私のおやつを食い逃げしていった」
「何してんですか」
「本当にな」
 笑いながら目を細め、初代はゆっくりと語り始めた。



 守護者の話。
 ファミリーの話。
 ボンゴレの、最初の話。
 歴史に語られるマフィアよりも、もっとずっと身近で、あたたかい話。
 過去を懐かしんで、楽しそうに、少し淋しそうに語る。
 その中で、ふと気づいた。
「プリーモの時は、霧の守護者はいなかったんですか?」
 一度も話題にのぼらない人物。
 確か、最初から守護者は全員揃っていたと聞いていたのに。
「霧は……そうだな……」
 スプーンに残ったクリームを舐め取り、初代は小さく笑った。
 今までとは何かが違う笑み。
 けれど、俺にはそれが何かわからなかった。
「霧との話は、いつか、デーチモが大人になったら、話してあげよう」
「え、な、なんで」
「大人になればわかる。デーチモなら、わかるだろう」
 小さな手がくしゃりと頭を撫でる。
 慈しむような、少し苦みを含んだ、優しい笑顔。
 そんな顔で言われてしまえば、無理やりでも納得してしまうしかない。
 ……大人になれば、か。
「プリーモは見た目若く見えるけど、実際いくつなんですか?」
「永遠の17歳だ」
「どこで覚えた!」
 その時、開けたままの扉を叩く音がした。
「飲み物も用意せずにお茶会ですか」
 聞き慣れた声に引かれるように顔を上げると、戸口に骸が立っていた。
 昨日殴った甲斐あってか、ちゃんと玄関から入ってきたらしい。
 あれ? でも鍵閉めてた気がするんだけど……
「案ずるな、霧にもちゃんと買ってあるぞ」
 初代は箱の中から、さらにかわいらしいカップを取り出した。
「なんと、霧だけ特別にチョコレートプリンだ」
「新手の嫌がらせですか」
「え、でもお前チョコレート好きじゃん」
「僕だけ別メニューというのが……」
「なんだ、お揃いがいいとは女々しいな」
「わがまま言うなよ、せっかくプリーモがお前のために買ってきてくれたんだぞ」
「綱吉くんが餌付けられてる……」
 骸は崩れるようにがっくりと座り込んだ。
 ちゃっかり俺をだきしめようとしてきたのを、握り拳であっち行けと押し返す。
「食べないなら俺が食べちゃうぞ」
「え、綱吉くんが食べさせてくれるんですか?」
「都合のいい頭だなぁオイ!」
 どこをどう解釈してそうなるんだよ。
「わ、私もデーチモの手ずから食べたいぞ!」
「ちょ、プリーモまで何言ってんの!?」
「綱吉くんは僕のものです!」
「私だってデーチモと遊びたい!」
 初代はテーブルを迂回し、俺の腕にしがみついた。
「なっ、離れなさい!」
 慌てて骸が俺の体を引き寄せようとする。
 しかし、初代の力も強い。
「断る。今日は私の方が先に約束したのだ。それに、あれだ」
 びしっと壁のカレンダーを指差し、
「今日は年上を敬う日だ」
「くっ、仕方ありませんね……」
「そこ納得しちゃうの!?」
 前の毬藻の時といい、こいつを説得するポイントってどこにあるんだよ。
 まぁ、骸に構うより初代の方が襲われる心配がない分、楽と言えば楽かもしれないし。
 これは喜ぶべき展開かもしれない。
 ていうかいい加減離れろ骸。
「よし、ゲームをするぞ、デーチモ」
「ゲーム?」
 初代はテレビの前まで這ってゆき、そこにあるゲーム機をぺしぺし叩いた。
「これだ」
「まさかのテレビゲーム!」
 本当に幽霊かこの人。
 さっきの永遠の17歳発言といい、どこから情報仕入れてるんだ。
「ちなみに、何のゲームがやりたいとか、あるんですか」
「柔道着やインド人が闘うやつだ」
「えーっと……?」
「前に遊んでいただろう。電気を出す妖怪もいたぞ」
「え、ロープレ?」
「しょーりゅーけん!」
「あぁ!」
 理解してすぐに、初代の口から出た必殺技名にめまいを感じる。
 ボンゴレで一番偉い、ほとんど伝説と化してる人物から、まさかそんな言葉が聞けるとは。
 見ると、骸もチョコプリンを食べる手を止めて、呆れた顔をしていた。
「えと、じゃあ、ストファイで……」



 こうして延々対決すること小一時間。
「……うむ、そろそろ帰るか」
 満足そうにコントローラーを置き、初代は立ち上がった。
「楽しかったぞ」
「それは、何より……」
 あそこまで昇竜拳を連発されるとは思わなかった。
 ていうか、昇竜拳のコマンドしか知らないんじゃないか、この人。
「礼と言っては難だが」
「ん?」
 再びマントの中が探られる。
「やはり一匹では淋しかろうと思ってな」
 まさか。
 超直感が嫌なものを告げている。
「ちょ、待っ」
 制止する間もなく、初代は取り出した小瓶を上に掲げた。
「プリーモ厳選プリティな毬藻だ!」
「やっぱりか!」
 しかも勝手に窓際においていた小瓶を開けて、中身を入れやがった。
 毬藻はゆっくりと沈み、アサリの貝殻の上に乗った。
「これでよし」
「何が!?」
「それでは、私は帰るぞ」
「ちょ、待っ」
「アリーヴェ・デルチ、可愛いデーチモ」
 まるで霧が霞むように、初代は片手を上げた格好のまま、姿を消してしまった。
 止めようとした手がむなしく空を切る。
 あとには、毬藻がふたつ入った小瓶が残るだけ。
 どうすることもできず、四つん這いのままうなだれていると、骸の声が聞こえた。
「……ご愁傷様です」
「他人事だと思って!」
 ゲームディスクの箱を投げつける。
 余裕でよけやがった。
「しかし、まぁ、ほら、個体が増えただけで、窓際に置く手間とかは別に増えてないでしょう?」
「そうだけど……」
 アサリの上に乗っていた毬藻が転がり、先に住んでいた毬藻と緩やかにぶつかる。
 毬藻に淋しいとかあるんだろうか。
 ていうか、生き物かどうかもまだよくわからないのに。
「死んだりしない、よな」
「僕は合体しないか気になりますね」
「合体!?」
「所詮ただの藻ですからね、その内くっついてしまうかも」
「えええぇ」
「まぁ、適度に転がして適度に離しておけば大丈夫じゃないですか?」
「めんどくせぇー」
 クッションの上に倒れ込む。
 初代と骸とゲームのコンボで、全体的に疲れた。
「骸やってー」
「それは毎日来いということですか?」
 覗き込むように降ってくる、笑い声。
 嫌がるとわかって、からかいを含んだ声。
 だから、たまには、反抗してみる。
「……ちゃんと、玄関から入れよ」
 ぼそっと呟き、すぐにクッションに顔を埋めて隠す。
 今、骸がどんな表情をしてるのか見たいのに、恥ずかしくて顔が上げられない。
 しばらくして、耳元に囁き。
「では、明日は僕がお菓子を持ってきて差し上げますね」
 思わず、ぞくぞくと変なものが背筋を駆け抜ける。
 何だよこれ。何なんだよ。
「ち、ち、チョコ以外だぞっ」
「それは約束しかねます」
「このチョコレートバカ!」
 照れ隠しに懇親のグーを振り上げると、見事みぞおちにヒットした。



 窓際の小瓶には毬藻が狭そうにふたつ。
 明日も休みだし、少し大きめの瓶でも買いに行こう。
 誰かさんでも誘って。






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無理やり落としてみたとかそんなことはなあくぁwせdrftgyふじこ!
そんなこんなで次の休日編に続いたりします。