40 | 突発性恋愛症候群





『 突発性恋愛症候群 』





 待ち合わせ場所は駅前の公園の中にある時計台の下。
 約束した時間は午前11時ちょうど。
 現在時刻は午前11時と12分。
「やっべ」
 腕時計の時間を確かめ、歩を速める。
 相手は時間通りに到着してるはず。
 また何か小言でも聞かされるのか。
 自分から誘った分、文句は言えないけど。
 ふに、と頬の筋肉が緩む。
 いつも家で遊ぶから、たまに外で会うとなると、やっぱり嬉しくなる。
 遠く、時計台の下に人影。
 はやる心を隠しながら近づき、それから――通り過ぎることにした。
「ちょ、綱吉くん!?」
 しかし、すぐに腕を掴まれ阻止される。
 舌打ち。
「な、遅刻しといてなんですかその反応」
「だってお前、骸さ、お前、うわあぁぁ」
 感想よりも変な声が出た。
 なんだろう、言葉にならないっていうか、言葉にすらしたくねぇ。
 けど、でも、ここは、聞くしか、ないんだろうなぁ。
 俺は色々と遠回りな質問を考えた結果、いっそ直球勝負に出ることにした。
「なんでお前、女装なんだよ」
「失礼な。ちゃんと正真正銘女体ですよ」
「はぁ!?」
「ほら」
 骸は先に掴んでいた俺の手を、無理やり自分の胸に押し当てた。
「おまっ」
 ふに、とした感触。
 小さめだけど、柔らかい何かが服の下にあった。
 じゃなくて、
「な、なんでっ、女子の格好してんだよ!?」
 クロームの姿ならまだしも、身長も顔つきもそっくりそのまま骸のものだ。
 骸をそのまま女子に性転換した感じ。
 って、うわマジで気持ち悪すぎる。
 服装だってどこで調べたのか、今風のひらひらしたのだし。
 骸はきょとんと、コイツ女子でも美人だなオイ、不思議そうな顔で言った。
「だって今日はデートでしょう?」
「それをどう解釈したら女装になるんだよ!?」
「女装でなく女体です。下も確かめますか?」
「ちょ、うわ、にゃー!!」
「あ、綱吉くん可愛い」
「あほーっ!」
 怒鳴りながら手を振り払う。
 その際また胸を触ってしまったとか、それは気づかなかったことにしよう。
 リアルすぎんだよ、こいつの幻覚は。
 いや、別に、女子の胸とか触ったことないけどさぁ!
「なんで、デートで、その、にょ、にょたいに、なるんだよっ」
「デートは男女で行うものでしょう?」
「そ、それは、普通は、そうかもだけど」
「だけど?」
「別に、決まってるわけじゃ、ないだろ……」
 男同士だって、好きになれるし、デートだって、していいはずだ。
 そりゃ、普通じゃないけど。
 でもこの気持ちは普通だろ。
 大事にしたくて、嬉しくて、楽しくて。
 手を繋ぎたいとか、思うのは。
「あ、あれ……?」
 好きって何?
 あれ、俺、骸のこと、好きって今……?
「う、うわ、うわあああっ」
 頭を抱えてその場に座り込んでしまう。
「どうしたんですか突然!?」
「俺、うわ、どうしよおお」
 今まで好きだとか愛してるとか骸に言われてたけど、そうか、こういう気持ちなんだ。
 こういう気持ちで言うもんなんだ。
 今日、嬉しかったのも。
 そうだよ、デートだからだ。
「綱吉くん……?」
 真横にしゃがみ込む気配。
 だからなんで女子なんだよ。
「元の、姿に、戻れよ」
「けれど」
「いつもの骸のが、いい」
「……わかりました」
 蜃気楼みたいに姿が揺れ、いつもの、男の姿になる。
 胸に触っても、柔らかいものはない。
 それがわかると、無性に抱きつきたくなった。
 腕を伸ばして。
「つ、綱吉くん!?」
 ぎゅう、としがみつく。
 こうしたいのも。
 いつの間に。
 こんなにも、好きだったんだ。
「一体どうしたんですか?」
「別にっ」
 そう口では言いつつも、もっと強く抱きしめる。
 骸はやれやれと息を吐くと、俺の腕を解くこともなく、そのまま立ち上がった。
 必然的に、俺も立ち上がることになる。
「僕としては嬉しいですし、離れたくはないんですけど」
 よしよしと頭を撫でられる。
「注目を集めすぎてしまうのが少々」
「そうだったぁぁ!」
 忘れてたここ駅前で公園で待ち合わせ場所の定番で公衆の面前だよ!
 男が男に抱きついてりゃ、そりゃ注目集めるわ!
「ごごごめんっ」
 慌てて身を離す。
「いえ、こちらこそ、綱吉くんを困らせてしまったようで」
 苦笑をこぼす。
 なんでかわからないけど、胸のあたりがぎゅうってなる。
 抱きしめたくなるのを抑え、頭を撫でていた手を握る。
「別に、驚いただけで、困っては、ない」
 あと単純なことに気づいただけで。
「でも、もう、さっきみたいなのは、ナシな」
「駄目ですか?」
「そのままの骸のほうが、俺は、その、す、す、好き、だから」
 どんどんと声が小さくなってゆく。
 顔も俯いてしまって、全身が小さくなってしまう感覚。
 それを引き上げたのは。
「ありがとうございます」
 言葉と共に額に触れた、小さく柔らかいもの。
 驚いて顔を上げると、いつもの意地悪い笑顔があった。
「さて、早くデートしましょう。何を買うんでしたっけ?」
「え、ちょ、今の、今何した!?」
「お昼は何にしましょう? ファミレスの特大チョコレートパフェなんてどうですか?」
「ちょ、それ昼メシにするようなもんじゃねぇし!」
 繋いだままの手を引いて。引かれて。
 その内に、笑いながら。
 二人きりの休日は始まったばかり。
 自覚したからには、満喫するしかないだろう。


 一緒にいることの、楽しさを。






× × ×

最初に浮かんだものとはちょっと方向ズレましたが。
かわいいムクツナも良いものです。

この後、二人はプリ藻の容器を買いに行きますww