42 | パイン取物語 −果汁100%−





『 パイン取物語 −果汁100%− 』





 昔々、ある所に竹取の翁がいました。名を綱吉といい、竹で物を作るなどして生計を立てていました。
 ある日、綱吉が竹を刈りに行くと、根元が金色に光る竹を見つけました。
 よく見ると、内側から光っているようです。
 思い切って光る竹を切ってみると、なんと中には小さな、美しい人が入っていたのです。
 驚きつつも、綱吉はその小さな人を掬い取ってみました。
 すると、小さな人はゆっくりと目を開け、綱吉を見て微笑みました。
 あどけなさと妖艶さが混在する美しさに、綱吉はたじろぎました。
「助けていただいて感謝します」
「え、た、助け?」
「僕はある陰謀であんな竹の中に閉じ込められていたんです」
「そ、そうなんだ」
「恩人である貴方にお願いがあります」
 手の中の人はそっと綱吉の指を握り、涙をためた瞳で見上げてきました。
「どうか、僕が元に戻るまで、貴方の家に住まわせてはいただけないでしょうか」
「う、うん、それぐらい、かまわないけど?」
「ありがどうございます!」
 人形のように小さいけれど、変な生き物ではないようです。
 綱吉は小さな人を家へと持って帰りました。
「そういえば、名前は?」
「骸とお呼びください」
 その人はとても小さいので、籠の中に入れて育てました。

 骸を見つけてから、同じ山に竹を刈りに行くと、節ごとにパイン果汁のあふれる竹を見つけることが何度も重なりました。
「ありえない上になんか気持ち悪い」
「いいえ、沢田どの」
 キラリと嫗のバジルの目が光りました。
「これはきっと売れるでござるよ」
 そしてパイン果汁を筒に入れて売り出したところ、世間にパインブームを巻き起こし、沢田家は瞬く間に豊かになりました。

 やがて骸も普通の人間と違いない大きさに成長し、その頃には人からパイン姫と呼ばれるようになっていました。
「軽く悪意を感じます」
「まぁ、パイン果汁のおかげで金持ちになれたわけだし、俺もバジルくんも骸には感謝してるよ」
「綱吉くん……」
 骸はわずかに頬を朱に染め、はにかむように微笑みました。
 そして笑顔のまま、言い放ちました。
「だったら僕と妹背の契りを結んでください」
「………………は?」
 綱吉は先ほどの台詞を頭の中で反復してみました。
 妹背。いもせ。夫婦になること。
 夫婦になる? 誰と誰が?
 骸は綱吉の思考を読んだのか、綱吉と自分を指差しました。
 綱吉も確認するように、自分と骸を指差しました。
 返ってきたのは、頷き。
「――い、いや、いやいやいや! 無理だから!!」
 拾ったときに女物の着物を着ていたのでそのまま女物を着せて育てましたが、中身は間違いなく男です。
 骸はいつぞやと同じように、そっと綱吉の手を握りました。
 そして一言。
「第一印象から決めてました」
「あのときから!?」
「今まで性欲を抑えるのに苦労しましたよ」
「せいよく!?」
「三日夜餅より綱吉くんの初物をください」
「下ネタ自重!!」
「やっともとの姿に戻れたんですやることやったっていいでしょう!」
「ぎゃああああっ!」
 綱吉、渾身の右ストレート。
 それは見事に決まり、綱吉はなんとか自分の身を守ることができましたが、竹取の翁がパイン姫に求婚されているらしいという噂は瞬く間に広がってしまいました。



 かねてよりパイン姫の噂を聞いていた男たちが、早速沢田家に集まりました。
 石造の雲雀の皇子、車持(くらもち)のランボの皇子、右大臣獄寺の御主人、大納言笹川の御行、中納言山本の上の麻呂がそれぞれ屋敷に訪れ、パイン姫に言いました。
「風紀を乱す人間は咬み殺すよ」
「若きボンゴレを独占するのはどうかと」
「テメェ十代目から離れやがれ!」
「極限に勝負だ!!」
「相変わらず面白いことになってんのなー」
 全体的に主旨がズレていますが、彼らを見下ろして骸は言い放ちました。
「クハっ、僕をどうにかしたいなら僕の要求する物を用意しなさい!」
「おま、なんでそんな偉そうなんだよ!」
 腕の中で抗議する綱吉に視線を移し、骸は不思議そうな顔をしました。
「何か間違っている点でも?」
「果てろこの宇宙人が!」
「外野がうるさいですね」
 綱吉を五人から隠すように抱えなおし、再び告げました。
「欲しい物をリストアップしてありますから、文句はそれを持ってきてから言ってください」
「こンの……!」
「まぁまぁ」
 獄寺を抑え、山本は問いました。
「とにかく、その宝物を探してくればいいんだろ?」
「えぇ。できるのなら、ね」
「何それ、僕にはできないと思ってるの?」
「極限に素早く取ってきてやる!」
 五人の男たちはパイン姫から宝物の名の書かれた紙を受け取ると、我先にと出て行ってしまいました。
「……さて、厄介払いもできたことですし」
「来んなっ」
 キレの良い左ジャブと右アッパーを決め、綱吉はいつものように危機を回避しました。


 石造の雲雀の皇子が探すよう言われたのは、仏の御石の鉢という、釈迦が持っていたとされる石鉢でした。
「ふぅん。鳥の巣にはちょうどいいかな」
「ヒっバーっド!」
 黄色い鳥を連れ、雲雀は早速山寺へと向かいました。
 仏の、というヒントから寺にあるのではないかと考えたのです。
 しかし、どの寺を潰しても一向に仏の御石の鉢は見つかりません。
「……まさかこの僕を騙したんじゃないだろうね」
「だまさっれタ! ダマっさっれた!」
「うるさ――……ちょっと、鳥」
「オイシっイよ!」
「どこに座ってるの?」
「ヒバードのっすにっは、ちょっどイい!」
 雲雀はその場にしゃがみ、ヒバードを摘んで投げ捨てました。
 そして、その下にある剣山を乗せた黒い鉢を持ち上げました。
 墨に漆を塗り重ねたように黒光りするそれは、リストにあった特徴と一致しますが、上に不必要な棘が生えています。
「……きゅ?」
 ふと、鉢と剣山の隙間から小さな頭が現れました。
 そして、雲雀の存在を視界に納めたかと思うと、
「きゅっきゅきゅいー!!」
 慌てて狭い鉢のさらに奥へと潜り込みながら、棘を逆立てました。
 どうやらかなり臆病なバリネズミのようです。
「……ねぇ、小動物」
 ふるふると棘が震えます。
 雲雀は静かに告げました。
「僕に歯向かうなら、それ相応に咬み殺すけど」
「……………………きゅ、きゅー!」
 一声だけ甲高く鳴き、バリネズミは鉢から飛び出し雲雀の胸にしがみつきました。
 篭城戦は無理だと悟ったのでしょう。
「うん、いい子」
 こうして、雲雀は仏の御石の鉢を手に入れました。

 沢田家に赴くと、早速嫌がる綱吉を無理やり抱きしめようとするパイン姫が目に飛び込んできました。
 雲雀は胸のバリネズミを掴むと、躊躇なく投げつけました。
「きゅーっ!?」
「なっ、危ないですね!?」
「貴方さ、ちょっと三途の河渡ってきなよ」
 そう言うなり、雲雀はトンファーを構えました。
 骸もどこからか三叉槍を出しています。
「何この最初からクライマックスな展開!」
「少し目を離した隙に風紀を乱すなんて、咬み殺さなきゃ僕の気が済まない」
「おや、僕ほど健全な者はいませんよ」
「どの口が言いやがる!」
 綱吉のツッコミにも聞く耳持たず、二人は庭先で戦闘開始してしまいました。
 鋭い金属音と鈍い破壊音が響きます。
「いつからここは戦場になったんですか、若きボンゴレ」
「うわっ、大人ランボ!?」
 いつの間に、綱吉の隣に大人ランボが座っていました。
「それはそうと聞いてくれませんか、例の宝物ですが……」
 どんどんと荒れてゆく庭に目を向けたまま、大人ランボは淡々と話し始めました。


 車持(くらもち)のランボの皇子に求められたのは、銀の根、金の茎、その実が白い玉という、蓬莱の花を一枝手折り持ってくることでした。
「そんな植物があれば乱獲されそうなものだが……」
 そもそもランボは蓬莱がどこにあるのかさえも知りません。
 誰かに尋ねようかと考えていると、近所に住んでいるハルが慌てた様子で駆け込んできました。
「ツナさんが変態パイナップルの宇宙人に狙われているというのは本当ですか!?」
 どこからか情報がおかしなことになっているようです。
「ツナさんの危機! ハルも協力を惜しみません!!」
「それは……感謝しますが……」
 なぜかあまり良い予感はしません。
 むしろ不安を感じるランボをよそに、ハルは笑顔で問いました。
「それで、ハルは何を作ればよいのですかっ?」

「――というやりとりがありまして」
「うん、最初から作る気満々か」
 もはや庭は焦土と化しています。
「銀やら金やら、そんな植物ありえませんよ」
「それはまぁ、確かにそうか」
 砕けた石の欠片が飛んできたので、綱吉はおろおろするバリネズミを抱えて、少し奥へと移動しました。
「それで? ハルは?」
「もうそろそろ来る頃かと」
「はひっ、なんですかお庭がものすごくデンジャラスです!」
 バジルに案内されて現れたハルを見て、綱吉は一瞬動きを止めました。
 ランボのため息が遠く聞こえます。
「あっ、ツナさん! 無事でしたか!」
「う、うん、なんとか」
「変態パイナップルの宇宙人というのはどこですか!?」
「あー、庭に……」
 ハルは土煙の向こうを見ようとしていますが、生け垣が破壊される音が響いてくるのみです。
 今度は折れた枝や木片が飛んできました。
「う、宇宙人……デンジャラスです……」
「俺にはお前の姿がデンジャラスに見えるよ……」
「はひ?」
 不思議そうに首を傾げたハルの姿は、なんというか……きらびやか、でした。
 腰から下を覆う巨大な植木鉢の着ぐるみ、足元は銀色、上半身は金色の着物、そして体中には色とりどりの玉。
「一応聞くけど、それ、なに?」
「これはハル渾身の作品、蓬莱の玉の枝です!」
「うわああぁ」
 やはりと言うか何と言うか。
 綱吉は座ったまま深くうなだれました。
 ちょうどその時、雲雀が戦場から戻ってきました。
「その小動物、返して」
「あ、はい!」
 抱えていた手を離すと、バリネズミはすぐに雲雀に飛びつきました。
「あ、あの、骸は?」
「知らない。飽きたから帰る」
「あ、飽きたって」
「じゃあね」
 トンファーを振り、雲雀は颯爽と、いまだ治まらない砂煙の向こうへと消えてしまいました。
 この庭は一体誰が修復するというのでしょう。
 ここまで見事に土が掘り返されていては、バジルが畑にしてしまいかねません。
「やれやれ、彼も厄介なものですね」
 庭とは正反対の、屋敷の奥から声が聞こえてきました。
「おま、なんでそっちから!?」
「着物が汚れてしまったので着替えてきました」
 言われてみると、最後に見た着物とは柄が異なっています。
 どちらにせよ女物であることには変わりありませんが。
 骸は楽しそうに着物の裾を揺らしました。
「新しい着物ですよ、どうです? 夫婦になりたくなるでしょう? 君ならこの帯を解かせてあげても」
「ああ―――!!」
 言葉を遮って響き渡った叫びに、骸だけでなく綱吉もランボも身を硬くしました。
 ゆっくりと、発信源であるハルに視線が集まります。
 しかし、当の本人は大口を開けたまま骸を見つめ、わなわなと震えていました。
「あ、あなたが、今の発言、おかしな髪型、そうですね、違いないです、あなたがツナさんを狙う――」
 びしりと、犯人はお前だと言わんばかりに指差し、
「変態パイナップルの宇宙人ですね!」
 断言しました。
 少しの、間。
「……ねぇ、綱吉くん」
「な、なんだよ」
「この奇天烈な格好の人は何を言っているのでしょうか」
「あー、なんていうか、その、」
「あれは蓬莱の玉の枝のコスプレだそうです」
「……はい?」
 ランボの言葉に、骸は視線をゆっくりと頭から爪先へと向け、再度ハルの顔をまじまじと見つめました。
「はひっ美形に見つめられています! ダメですよハルには心に決めた殿方がっ」
「……綱吉くん」
 骸は崩れるように綱吉にもたれかかりました。
「ど、どうしたんだよ」
「今日はもう疲れました。寝つくまで一緒にいてください」
「はぁ!?」
 声を上げたのはハルのほうでした。
 驚いて綱吉を見ますが、綱吉はむしろハルの声に驚いたようでした。
「ハル?」
「え、ツナさん?」
 早くも骸は綱吉の膝を枕にして身を丸くし、小さな寝息を立て始めています。
 そして綱吉は赤子をあやすように、その背を軽く叩いていました。
 そこには何の抵抗も見受けられません。
「あの、それは、一体全体どういうことなのでしょう?」
「どういうって……骸が自由なのはいつものことだけど……」
 綱吉はハルの言いたいことがわからず、隣のランボに目で助けを求めましたが、返ってきたのは憐れみを含んだ視線でした。
「若きボンゴレ……まさかそこまでとは……」
「え、え?」
「破廉恥ですぅ!」
 一声叫び、ハルは遠くへと走っていってしまいました。
 着ぐるみのせいで重く鈍い走りでした。
「な、なんで!?」
「……以前からずっと、一緒に寝てるんで?」
「うん、それがどうかしたのか?」
「夜も?」
「うん、暗いの怖がるから……一体どうしたんだよ?」
 問いには答えず、ランボは長いため息をつきました。
 貞操が危ういというのに、一緒に寝ることに疑問を持たないほど鈍いとは、予想外、いえ、予想以上でした。
「もはや、俺にできることは何もありません……」
 ランボはふらりと立ち上がると、それ以上は何も言わずに帰っていってしまいました。
「ちょ、なんなんだよ、もう!」
 問うても答える者もいませんでした。


 その頃、遠い山の中では雄々しい叫び声が響いていました。
「貴様がこの山に住むリュウ、漢我流か!」
「グルァアア!」
「俺は笹川了平、訳あって貴様の玉をもらいに来た!」
「グゥウルル!」
「よし、尋常に勝負だ!」
「ガァ!」
 そして、長きに渡る死闘の末、一人と一匹の間に熱い友情が芽生えました。
 夕日色に染まる空を仰ぎながら、漢我流は了平に傷ひとつない見事な玉を差し出しました。
「む、俺にくれるのか?」
「グァ」
 それは、了平が探して持ってくるように言われた、龍の頸の玉という伝説の宝物でした。
「しかし……大切なものなのだろう?」
「グァルァ!」
 構わない、と言うように、漢我流は玉を了平の手に押しつけました。
「……かたじけない」
 そして硬く手を握り、再度友情を確かめ合いました。



 次の日も、パイン姫の元には血気盛んな男たちが訪れてきました。
「これで貴様も終わりだ!」
 飛んできた爆薬を軽やかによけ、骸は三叉槍を一振りしました。
「そんな花火でどうにかなると?」
「花火って言うな!」
「みょおん!」
「あっ、こら!」
 獄寺が新しい筒を出す隙に、どこからか猫が飛び出してきました。
 猫は骸には目もくれず、綱吉へと飛びつきました。
「え、ネコ?」
「みょ! みょおん!」
 長い尻尾を振り、綱吉の懐へと潜り込もうとします。
「わ、くすぐった、あはは」
「な……なんて不埒な猫なんですか!」
 骸は叫び声を上げ、三叉槍の切っ先をネコに向けました。
「綱吉くんの生肌に触れていいのは僕だけです!」
「黙れ変態!」
 綱吉は手元にあった扇子を力いっぱい投げつけました。
「す、すみません!」
 慌てて獄寺が引き剥がそうとしますが、猫はその手を引っ掻いてうなり声を上げました。
「いっ、この、アホ瓜!」
「お、俺は別に平気だから。それより、瓜っていうの? この子、どうしたの?」
「それは――」

 右大臣獄寺の御主人が見つけなければいけないのは、火鼠の皮衣という伝説級の代物でした。
 聞いた話によると、火をつけても燃えないのだそうです。
「鼠を捕まえるなら、猫だな」
 そう考え、獄寺はまず猫を調達することにしました。
 火をまとう鼠となれば、気性の荒い猫のほうが適任だろうと考えましたが、なかなか良い猫が見つかりません。
「直接、鼠探したほうが早くねぇか……?」
 その日も収穫なく家に戻ると、見慣れた屋敷の中に奇怪な生き物が寝転がっていました。
「なんだこいつ……」
 獄寺はその首根っこをつまんで、持ち上げてみました。
 一見すると猫のようですが、淡く赤い炎を身体に灯しており、まるで探している火鼠のようです。
「おい、起きやがれ」
 持ったまま軽く振ると、どんぐりのような瞳が現れました。赤い瞳の中にも、ちらちらと炎の影が見えます。
 猫は獄寺の顔をじっと見つめたかと思うと、さっと前足を上げました。
「みょ!」
 そして一閃、獄寺の顔を斜めに引っ掻きました。
「いってえぇ!」
「みょお!」
 さらに三撃ほど加え、猫は床に飛び降りました。
 容赦ない攻撃です。
「てめコラふざけんな!」
 捕まえようとする獄寺の手をさっとかわし、猫は素早い動きで屋敷中を逃げ回りました。
 丸一日追いかけっこを続けた結果――

「――なんとか捕まえて連れてきたわけなんスけど……」
 瓜は綱吉の膝の上で、落ち着いた様子でぐるぐると喉を鳴らしています。
「綱吉くんの膝は僕の定位置なんですから!」
「勝手に決めんな!」
「テメェは黙ってろ!」
「おや」
 すでに三叉槍はどこかへ消え失せ、骸は丸腰のまま悠然と微笑みました。
「僕が言った宝物も持って来られない人間が何を言ってるんです?」
「た、確かに鼠じゃねぇけどっ」
「鼠でないなら、残念ですが」
 骸は綱吉を背中から抱きしめました。
「綱吉くんは渡せません」
「俺がヒロインみたくなってる!?」
 もはや竹取物語の主題すら忘れ去られている感が否めません。
「くっ……」
「えっ、それであきらめるの!? 獄寺くん!?」
「さぁ、この猫を連れてさっさと帰――」
「みょおん!」
 瓜は一声鳴くと、伸びてきた骸の手を引っ掻き、再び綱吉の懐に潜り込もうとしました。
「ひっ、あはははっ」
 綱吉が悶え、
「猫の分際でっ」
 骸が憤慨し、
「瓜こら離れろ!」
 獄寺が慌てていると、
「宝物持って来たぜー」
 場にそぐわないほど穏やかな空気を持って、山本が現れました。


 中納言山本の上の麻呂に課された宝物は、燕の子安貝という、安産の御守とされるものでした。
「燕ってもなー」
 とりあえず、山本は知り合いの家々に燕の巣はあるかどうか聞いて回りました。
 すると、ちょうど近所の米屋の屋根に燕が巣を作っているという情報を得ました。
「ラッキーだなー」
 早速その米屋へと赴くと、すでに巣の近くに足場が組まれ、数人の男が交代しながら巣を監視していました。
 なかなか準備が良いですが、そのせいで燕が警戒し、巣に戻れなくなっていました。
「おいおい、かわいそうじゃねぇか」
 山本はすぐに男たちに降りるよう言いました。
「たぶん今から卵産んで子育てするんだろ? 巣立つまで待ってもいいんじゃねぇの?」
 しばらくして、人がいなくなったことに安心したのか、燕が巣へと降りました。
 そして、すぐに巣から飛び立つと、山本の頭上を旋回し始めました。
「どうしたのな?」
 山本は燕に向かって手を伸ばしました。
 すると、燕は山本の指に留まり、くちばしに挟んでいたものを手の平に落としました。
「これは……」
 滑らかな表面を持つそれは、まさしく探していた燕の子安貝でした。
 どうやら、男たちを追いやってくれた礼のようです。
「ありがとなー」
 山本が笑って礼を述べると、燕は短く鳴いて飛び上がりました。
 こうして、山本は無事に宝物を手に入れることができました。

「――ということがあったのなー」
 山本の説明が終わったところで、
「極限に戻ったぞぉ!」
 大納言笹川の御行こと、了平が声も高く庭に現れました。
「これが龍の頸の玉だ!」
 了平は何を思ったのかそれを振りかぶると、力いっぱい骸に向かって投げつけました。
 さすがに危険を察知したのか、骸は綱吉を抱えたまま身を伏せました。
「わっ」
 骸の下で綱吉が短く声をあげ、
「みょっ」
 綱吉の下では瓜が短い悲鳴をあげました。
 そして、よけられた玉はなぜか床で跳ね、山本に向かって飛んでゆきました。
「よし任せろ!」
 山本は先日の一件で荒れたままの庭に落ちていた枝を拾うと、見事な音を響かせ、玉を明後日の方向へと打ち上げました。
「えええぇぇ!?」
 玉は最後に星のような光を見せ、そして、消えました。
「何をするのだ!」
「あはは、つい」
「おま、十代目に差し上げる宝物を!」
「間違えてますよそこ」
 しかし誰一人として訂正しようとしません。
 骸は綱吉を抱え起こし、苛立ちを隠しながらも、山本を見遣りました。
「君は、ちゃんと宝物を持ってきたんですか?」
「あぁ」
 山本は服の中を探し、小さな貝殻を取り出しました。
「燕の子安貝だっけ? ほら」
 今度は投げられることもなく、骸の手にそっと置かれました。
「……ほう」
 骸は感嘆しました。
「さすが、君に本命を託した甲斐がありました」
「本命って? こら、瓜暴れないで」
「この貝は安産の御守なんですよ。これで心置きなく励むことができ」
「ぎゃあああああっ」
「てめコラ十代目から離れろぉ!」
「なんだ極限取っ組み合いか!?」
「なのなー」
「みょおん!」
 こうして、パイン姫はすべての縁談を断っていきました。



 パイン姫の噂は、とうとう帝の耳にも届きました。
「そいつはおもしろそうだな」
 帝は早速、パイン姫に宛てて手紙をしたためました。
 曰く、会いに来ないと撃つぞ。
 パイン姫が返して曰く、時間の無駄ですので嫌です。
 帝が再び手紙を送って曰く、俺を誰だと思ってんだ、撃つぞ。
 パイン姫が再び返して曰く、おやおやアルコバレーノにあるまじき発言ですね。
 一応の最高権力者に対して骸が素っ気無い返事しかしないのに対し、綱吉は何か言わなければと思いましたが、強制するのも気が引けるので、仕方なく帝の遣いにお願いしました。
「あいつ本当にわがままだしさ、会わない方が平和だとも思うんだよ」
「僕は綱吉くん以外に興味ないんです」
「お前しばらく黙っとけ」
「そんなに会いたければそちらから出向けばいいでしょう」
 遣いが戻ってそのことを帝に伝えると、帝は静かに言いました。
「じゃあ、ツナの言う事は聞くってこったろ。ツナに言って連れて来させろ」
 それを聞いた綱吉は驚き、骸に言いました。
「お前のせいで一番厄介なヤツに目ェつけられたじゃんか!」
「僕のせいと言うんですか!」
「それ以外に何がある!!」
「僕は何もしてません。だから、アルコバレーノの元へも行きません」
「お前って奴はぁぁ」
「嫌と言ったら嫌なんです。それ以上何か言ったら襲いますよ」
 骸の瞳には本気の色しか見えません。
 怯えた綱吉は、ありのままを帝の遣いに伝えました。
「言うこと聞くって言っても、俺の身の安全と引き換えだからさ、ぶっちゃけ無理だよ」
 しかし、と伝言は続きます。
「こっち来て見る分には大丈夫なんだと思うよ」
 それを聞き、帝は早速、銃の手入れと行幸の準備を命じました。
 そして、順調に日取りを決めると、満を持してパイン姫の元へと向かいました。

「てめぇ生意気にも程があるんだぞ」
 帝は新しく作った生け垣の隙間からパイン姫を狙撃しました。
「突然何事!?」
「おやおや」
 穴の空いた袖を見下ろし、骸は残念そうに息を吐きました。
「こんな所にまで来て、何の用ですか? アルコバレーノ」
「ウルセェぞ。しばらく付き合え」
 空の薬莢を吐き出し、次の弾を装填します。
「大人しく撃たれろ」
 骸が庭に飛び出すのと、リボーンが銃を乱射し始めるのは、ほぼ同時でした。
 せっかく平らに整えた庭に、そして骸自身に穴が空いてゆきます。
「あ……あ……」
 呆然とする綱吉をよそ目に、射撃は続きます。
 全弾を撃ち終え、リボーンが身を起こすと、ゆらり、骸の姿が不安定に揺らめきました。
「やっぱりな」
 リボーンは銃弾の変わりに足元の小石を投げつけました。
 すると、骸は霧となって消えてしまいました。
「隠れてねぇで出て来い」
「おや、バレていましたか」
「えっ?」
 声は綱吉のすぐ後ろから聞こえてきました。
「む、骸!? 無事だったのか!?」
「僕があんな簡単な攻撃に倒れるわけがないでしょう」
 どうやら庭に飛び出したのは幻覚で、ずっと綱吉の後ろに隠れていたようです。
「それに、綱吉くんのそばを離れるなんて、僕には無理です」
「うわぁうざい」
「さぁ妹背の契りを結びましょう」
「近寄るなぁぁ!」
 綱吉は慌ててリボーンに助けを求めました。
「リボーン! 早くこいつ何とかしてよ!」
「は? 何期待してんだよ」
 垣根からこちら側には一歩も入ってこようともせず、リボーンは笑って言いました。
「俺は別に骸を止めに来たわけじゃねぇぞ」
「えぇ!?」
「おもしろいことになってるから、からかいに来ただけだ。あとストレス発散」
「えええぇぇ!?」
「おや、そうだったんですか」
「どっちかと言うと、応援に来たんだぞ」
「どっちを!?」
 綱吉の問いに、リボーンはにやりと口許を歪めました。
 ぐっ、と右手をおかしな形に握りしめてみせます。
「どうせならヤれるとこまでヤっちまえ」
「何をだぁぁ!」
「クフフ、言われずとも」
「だから何をぉぉ!?」
 こうして意気投合した帝とパイン姫は、その後も幾度と手紙を取り交わす仲となりました。



 季節が春になると、パイン姫は天の月を仰いでは、物憂げな様子を見せ始めました。
「そんな顔して、どうしたんだよ?」
「……別に、何もありませんよ」
「何もないわけないだろ」
「……綱吉くんの隣にいれて、僕は幸せでした」
「どうしたんだよ、でしたって、なんで過去形なんだよ」
「……少し、感傷的になってみただけです」
 何度も月を見つめる訳を尋ねましたが、骸はただ笑って誤魔化すだけでした。
 しかい、満月が近づくにつれ、骸も力ずくで綱吉を狙ってくるようになりました。
「ちょ、シリアスパートの意味は!?」
「綱吉くんがほだされないんじゃ意味がありません!」
「俺のシリアス返せ!」
「あ、じゃあ体で」
「いらねぇぇ!!」
 そして、綱吉も力ずくで骸の間の手から逃げ続けました。

 そんなある日、不意にパイン姫が泣き出してしまいました。
「ど、どうしたんだよ」
「実は……」
 骸は袖で涙を拭いながら、静かに語りました。
「今まで黙っていましたが、実は僕、月から来たんです」
「へ、へぇ?」
「次の満月の夜に月からの迎えが来れば、僕は月に帰らなければなりません」
「よしっ」
「なんで喜ぶんですか」
「いや、寂しくなるけど、うん、よかったな!」
「よくありません!」
 骸は綱吉にしがみついて言いました。
「一度も綱吉くんの乱れた姿を見ずに帰るなんて酷すぎます!」
「今すぐ帰れぇ!!」
 今日も綱吉の拳が見事な軌跡を描き、骸のみぞおちへと食い込む――かと思いきや、拳は骸の手に遮られ、逆に捕まえられてしまいました。
 綱吉は不穏な空気と、骸の笑顔を見ました。

 パイン姫が月に帰るという話は、すぐに帝の元にも届きました。
「なんかおもしれぇことになってるじゃねぇか」
「見てないでこの状況なんとかしろぉぉ!!」
 泰然と構えるリボーンの前で、綱吉はすでに単(ひとえ)一枚を残すのみというあられもない姿になっていました。
「なんだ、まだ至ってなかったのかよ」
「幼児がそんな発言すんじゃねぇぇ!」
「この帯で最後ですよ綱吉くん」
「お前は黙れぇぇ!!」
 最後の一本を死守すべく、綱吉は必死に骸から離れようとします。
 しかし、骸も最後の一本を奪取しようと必死です。
「はーなーせー!」
「嫌です。だって、もう、時間がないんですよ」
「時間!?」
「今宵、月が昇れば、迎えが来てしまうんです」
「だからって俺を襲う理由とか意味とかどこにある!!」
「忘れられたくないからですよ」
「へっ……?」
 綱吉は思わず抵抗の手を止めてしまいました。
 その短い隙を見逃すはずもなく、骸は帯ごと綱吉を引き寄せました。
「このまま何もせず帰れば、忘れられてしまいそうで、だから、直接記憶に刻んであげます」
「は? え? ええ?」
「愛してます。だから僕と夫婦になってください」
「えええぇぇ!?」
「さぁ迎えが来てしまう前に既成事実を作ってしまいますよ!」
「うわあああぁぁ!!」
 とうとう最後の帯もほどかれてしまうかと思われたその時。
 突如として、辺りが昼間のごとくに明るくなり、空から雲に乗った人が降りてきました。
 きらびやかな着物をまとった天女の内の一人が綱吉に近づき、小さく頭を下げました。
「ボス、骸さまが迷惑かけてごめんなさい」
「え、えーっと……」
「あのね、骸さま、ずっとボスの名前呟いてうるさかったの」
「う、うん?」
「しばらく一緒に暮らせば落ち着いてくれるかと思ったんだけど、逆効果だったみたい」
 クロームは持っていた天の羽衣を骸に巻きつけると、ぎゅっときつく縛りました。
「ちょ、何するんですかクローム!?」
「すぐに連れて帰るね」
「あ、それは助かる。よろしく頼むよ」
「綱吉くん!?」
「あ、それとこれはお詫びの品なの」
 クロームは羽衣の端を千草と犬に任せると、大きな壺をふたつ持ってきました。
 その中には黄金のパインジュースが満たされていました。
「ひとつはボスに、ひとつはリボーンさんに」
「俺までもらえるのか、悪いな」
「ううん、まだいっぱいあるから」
「こんなにいっぱい、本当にもらっていいの?」
「大丈夫。どうせわたし、飲まないから」
 再度、頭を下げ、クロームは骸を連れて雲の上に戻りました。
「ちょ、待ちなさいクローム! 僕はまだ戻る気はありませんよ!」
「それじゃあ、さよなら、ボス」
「離しなさい! クローム、僕の言うことを聞きなさい!」
「骸さま、ボスに迷惑かけちゃダメなの」
「うっ、別に、綱吉くんは嫌がってなんか」
「ダメなの」
「――っ」
 綱吉やリボーンが見守る中、往生際悪く駄々をこねる骸は、否応なしにクロームに連れて行かれました。



 こうして、翁と嫗は前と同じ、静かな暮らしに戻りました。
 あの騒々しさが夢であったのではないかと思うほどです。
 しかし、手元に残ったパインジュースはいつでも、あれは現(うつつ)の出来事だと物語っていました。
「これどうしようか……」
「また売りますか?」
「リボーンはどうするって?」
「特に必要ないので、壺ごと山に埋めたそうでござる」
「マジかよ」
 縁側に並んで座りながら、綱吉は空を仰ぎ、なんとなく骸のことを思い出しました。
 脱がされそうになったり襲われそうになったり風呂のぞかれたりと色々ありましたが、こう静かな生活に戻ってしまうと、あの喧騒が懐かしくもなってきます。
 かと言って、再び脱がされそうになったり襲われそうになったり風呂のぞかれたりする生活に戻りたいかというと、そんなことは一切ありません。
 やはり平和が一番です。
 何事もないのが一番です。
「ていうか俺、この設定だと最初から結婚してんじゃん」
「それは認めません!」
「は!?」
 驚いて空から視線を下げると同時に、何かがしがみつくように体当たりしてきました。
 綱吉を押し倒し、あまつさえ上に乗ったままのそれは、まごうことなきパイン姫でした。
「舞い戻って参りましたよ綱吉くん!」
「なんでだ!?」
 骸は素早く綱吉の帯を一本抜き取りました。
「僕たちの愛の前に遠距離もロミジュリも障害もありません!」
「うわああっちょっバジルくん助けっ」
「これは困ったでござる。夕餉の材料が足りるかどうか……」
「そっちの心配!?」
 バジルは立ち上がると、台所へと足を向けました。
「餅の用意もお願いしますよ。あと腰痛に効く薬と」
「腰痛めるほど何する気だ!?」
「何ってナニですよ」
「す、少しは、自重しろぉぉ!」
「自重? それは食べ物か何かですか?」
「とぼけるなぁぁ!!」
「さぁ、追っ手が来る前に急ぎ愛を育みますよ」
「育むも何もあああ愛なんてっ」
「綱吉くんは僕が嫌いですか?」
「そ、それは、その……」
「ねぇ、綱吉くんは僕が嫌いですか? それとも好きですか?」
「う……」
 綱吉はどうとも答えられず、口をつぐんでしまいました。
 脱がそうとしたり襲おうとしたり風呂のぞいたりするのは嫌でしたが、骸自体は嫌いではなかったからです。むしろ、好意を向けられていることを、嬉しいとさえ感じていました。
 そう、嬉しかったのです。
 綱吉は答える代わりに、ぎゅう、と骸を抱きしめました。
「……ありがとうございます」
 骸もまた綱吉を抱きしめました。
 どれくらいそうしていたかはわかりませんが、不意に骸が身体を離しました。
「さて、相思相愛とわかれば、ヤるべきことはただ一つですね」
「まさか」
「たーっぷり愛して差し上げますからね」
「ひっ」
 綱吉の悲鳴は長い長い接吻に飲み込まれてしました。



 こうして、パイン姫は翁と共に末永く幸せに暮らしましたとさ。
 めでたし――


「全然めでたくないし! 腰ちょー痛いし!!」
「ぐったりしてる綱吉くん可愛い」
「誰のせいだと思ってんだぁぁ!」
「責任は取りますよ、クフフ」
「その笑いが怖い! その笑いが怖い!!」




 ――めでたし?







× × ×

調子に乗った結果がこれだよ!!
ほんっとうにすみませんでしたぁぁ!!orz

しかし、うまく配役できたんじゃないかと。
バジルが空気だったり黒曜組の出番が少なかったりしましたが。
あと、「竹取物語」を原文で読んだことのある人にはクフフな仕様にしております。

さて、これで仲秋の名月イベントもクリアということでツナ誕の準備に取り掛かろうと思います。