――ねつ。
あるいは鈍い痛みに浮上する感覚。
白熱灯。
白いカーテン。
白い部屋。
「――なぁ」
聞き慣れた声。
身体が動かない。
眼球を動かし視認する。
沢田綱吉。
彼は無表情で見下ろしていた。
「骸はどうやったら死ぬの?」
なぜそんなことを訊くのか。
ここはどこなのか。
なぜこんな場所にいるのか。
記憶が酷く曖昧なのはなぜか。
「……君の、両手で首を絞めれば、死にますよ」
声を出すと腹部が酷く痛んだ。
どうやら怪我をしたらしい。
ならばここは病室か。
舌が痺れて動かしにくいのは麻酔でも施されたか。
「俺の手がなかったら?」
無感情に虚ろな瞳。
無表情に青白い顔。
なぜ。
なぜ彼は泣きも怒りも、何もしないのか。
「……その口でこの舌を、噛み切ってくだされば」
白いベッドが軋む。
赤い舌が絡む。
額に髪が触れるほど近く。
見つめられる。
「骸は、死ぬの?」
徐々に記憶が甦る。
視界の端に光を見た。
手を伸ばし守ろうとした。
赤と黒が視界を包む。
はっきりとした空の青。
記憶が途切れる。
――あぁ、そうか。
死にかけたのか。
身を挺し彼を庇い、銃弾を受けたから。
だからここにいるのか。
だから身体が動かないのか。
だから、彼は問うたのか。
「……死にませんよ、何があろうと」
感覚の薄い手を伸ばし、頬に触れる。
あたたたかい両手に包まれる。
小刻みに震えながら。
彼は再度問うた。
「死なないんだな?」
答える。
「死にません」
途端、彼の頬は朱に染まり。
虚ろな瞳には涙が浮かび。
「――ひっ」
短い嗚咽の後。
「うわああぁぁあっ」
子どものように大声で泣きじゃくり始めた。
「むくろっ、骸しんじゃやだぁ!」
「いっ! 痛い痛いっ綱吉くん痛いっ!」
その声をきっかけに、扉の向こうが騒がしくなる。
どれほどかはわからないが、結構な長さの昏睡状態だったのだろう。
「うわぁぁんっ骸が死んじゃううう!」
「ちょ、死にませんよ! 痛い落ち着きなさい綱吉くん痛いです!」
慌てた医者が飛び込んでくる。
看護士が計器を確認する。
彼がしがみついた場所から血が滲んで見えた。
「ボス、離れてください!」
「イヤだっ、骸がっ、むくろがぁ!」
「痛いっ傷口がっ痛いですっ」
「心拍数、血圧ともに上昇!」
「死んじゃやだぁぁ!」
「現在進行形で君に殺されそうですけどね!」
「ボスを外に出して!」
「むくろっ」
守護者でありマフィアの敵であるがゆえに。
君を守るために殺されるのなら。
あるいは君に殺されるのなら。
それは本望である。
本望であるけれど――
「つ、綱吉くん……」
薄れゆく意識を捕まえ。
連れ出されてゆく彼に向かって。
最後の言葉を振り絞る。
「あとで、倍にして、返して差し上げます……!」
違う意味で青ざめた顔は、すぐに扉の向こうへと消えた。
闇に沈む感覚。
僕はそのまま、意識を手放した。
数週間後の話。
「……あの、ほんと、ごめん」
「えぇ本当にあの時はトドメを刺されるものと本気で覚悟しましたよ」
「だからほんとにごめんって!」
「謝っても許しません」
今まで自分が寝ていたベッドに彼を押しつける。
白い世界に彼はよく映えた。
「は、話せばわかる!」
「あの時、僕の話を一切聞こうとしなかった君が言いますか」
「だから謝ってんじゃん!」
「駄目です」
細い首筋に噛り付く。
実際は甘く噛んだだけだが、彼はおおげさに悲鳴をあげた。
「いっ、痛い痛い痛いっ!」
「僕はもっと痛かったんですよ。それはもう意識が飛ぶぐらい」
「ごめん! ごめんなさい! もうしないから!!」
「しないから、何ですか?」
「い、い、痛くしないで……!」
枕に埋めるようにして隠した顔は、耳まで赤く。
「――クハっ」
耐え切れず、笑い声をこぼしてしまう。
「クハハハハっ」
「え、え?」
崩れるように彼の上に重なる。
抜糸もすでに済んだ傷口が、笑いすぎたせいで痛む。
「ど、どうしたんだよ、骸?」
「いえ、何でも、ありません」
そうは言ったものの、いったんこぼれた笑いは治まらない。
嫌ならもっと本気で嫌がるはずだと思って、遠慮せずに苛めていたが。
まさか妥協点が「痛くしないで」だとは。
予想外すぎて、笑いが止まらない。
「……さすが、綱吉くんです」
目尻に浮かぶ涙を唇で吸い取る。
「では、痛みではなく快楽でお返しすることにしましょう」
「はっ!?」
「おや、痛いのは嫌なんでしょう?」
「そ、そうだけど、え?」
「たぁっぷり、気持ちいいコトして差し上げます」
「えっ、ちょ、待っ」
にっこりを笑顔を向け、僕は告げた。
「倍なんで、しばらく動けなくなるかもしれませんね」
彼は顔色を赤やら青やら忙しく変えながら。
半泣きで叫び声を上げた。
「ご、ごめんなさあいいいっ」
どんな痛みだって受け入れよう。
君が与えてくれる痛みなら歓迎しよう。
代わりに。
君には、最上級の快楽を。