状況に理解が追いつかない。
どうしてこうなったのか。
いや、突然こうなったわけではない。
すべて目の前で起こっていた。
理解が追いつかない。
なぜ、『床に座った状態で後ろ手に縛られ、虫けらでも見るような目で見下されている』のか。
目の前に人がひとり。
憎きマフィアのボスであり、恋人でもある。
そうだ、恋人だ。
これが恋人に対する仕打ちか。
というか、こんな拘束プレイが好きなキャラだっただろうか。
予想外すぎる。
いや、誰かの入れ知恵かもしれない。
不意に記憶が甦る。
黒い帽子を被った赤ん坊。
「アルコバレーノ……!」
あの変形するカメレオンのせいで、そうだ、アレに捕まったのだ。
投網のように広がって。
万能すぎる生物だ。
いや、それは今現在においてはどうでもいい。
なぜ彼が僕を拘束するに至ったのか。
彼が僕を拘束する理由。
いっそ思い当たりすぎてどれが正解か判断がつかない。
「……骸さぁ」
鋭い視線のまま、彼は冷たい声音で言葉を紡いだ。
両腕を組み、威圧的な態度である。
「なんでいつも、そんななんだよ?」
「そ、そんなってどんなですか」
「……別に俺はいいけど、周りに迷惑かけるのはさぁ」
彼は僕の前にしゃがみ、目の高さを合わせた。
それでも威圧的なのは変わらない。
これはなかなか悪くはない。
いや、これも今現在においてはどうでもいい。
迷惑?
誰がいつ誰に迷惑をかけた?
「その顔、自分は悪くないって思ってるだろ」
「よくわかりましたね」
「ばか」
「は?」
彼はゆっくりと右手を振り上げると、目にも留まらない速さで振り切った。
パシン、と遅れて音を認識する。
「口の中、切った?」
「い、いいえ」
「じゃあ続けるぞ」
ぶたれた。
ぶたれた?
え?
再び混乱する。
今まで散々殴られたり蹴られたりしてきたが、こんなに理不尽な仕打ちはなかった。
「どうでもいいけど、お前の髪型意味わかんない」
返す手で再び叩かれた。
「は、え、えぇ?」
両の頬が痛い。
ここは、顔はやめてくださいと訴えるべきなのだろうか。
余計に怒らせるだけかしれない、やめておこう。
そもそも彼は怒っているのか?
あごを上げて見下すようで威圧的ではあるが、怒っているようには見えない。
何度も激怒する彼を見ているのだ。
間違えるはずがない。
「気持ち悪い。センス悪い。タイミングはいいけど、たまにイラってする」
「ちょ、僕が何したって言うんですか」
「自分の胸に聞けよ」
「理不尽なっ」
「俺がいつもどんな思いでお前と一緒にいると思ってんだよ」
ぐい、と胸倉を掴まれる。
後ろ手に縛られているせいで、何の抵抗もできない。
唇を噛まれた。
鉄の味。
「ただでさえお前、立場悪いんだぞ意味わかってんのか」
「……わかりたくもありませんね」
「ばか」
「いっ」
頭突き。
今確実に脳が揺れた。
脳震とうの一歩手前までいった。
何なんだ。
今日の彼は一体どうしたというのだ。
意味不明すぎる。
アルコバレーノの入れ知恵だとしてもタチが悪すぎる。
何かおかしな暗示でも受けたのか?
マインドコントロールなら専売特許だが。
「痛い?」
「い、痛いです」
「だよね」
にっこりと笑った。
今日初めて笑った。
花が咲くように笑った。
至極楽しそうに笑った。
笑いながら彼は、僕を突き飛ばした。
後頭部をしたたかに打ちつける。
「ねぇ、痛い?」
「いっ……」
「まだ起きないでね?」
彼はどっかりと僕の上にまたがった。
性的な意味ではなく、ほとんど暴力的な意味で。
言うなれば、マウンドポジションだ。
「俺さ」
下敷きになった腕が痛い。
「痛がる骸が好き」
「はっ!?」
「赤いのが似合うよね、それがすごく好き」
細い指先が、さきほど噛み切られた唇を撫でる。
「色が白いと血とか痣とか傷跡とか、きれいだよね」
「つ、綱吉くん?」
「骸は?」
「は?」
「痛くされるの、好き?」
「す、好きか嫌いかと聞かれれば――」
「――というので、目が覚めたんですよ」
「二度と起きてこなくてもよかったのにな」
「それで自覚したんです」
「今すぐ帰れお前に用事なんかない」
「僕って、Mだったんですね」
「ぶっ」
「いえ、正確には、綱吉くんに対してだけMというか」
「え、えむって、おま」
「他の誰かに攻撃されれば返り討ちにしてあの世へ送ってやるんですけど」
「ちょ、待て待て待て」
「綱吉くんになら何されてもいいかなぁと」
「はぁ!?」
「不思議と、嫌じゃなかったんですよね、夢の中でも」
「な、な、何が」
「痛めつけられるのが」
「そ、そ、そんな」
「今も綱吉くんにつれなくされて、内心ドキドキです」
「かわいく言うな気持ち悪い!」
「そんな綱吉くんが大好きです!」
「近寄るな変態ぃい!!」