何度感じたかもわからない、身も凍るような殺気。
もはや反射神経だけで飛び起きる。
「――よう、起きたか」
「起きた、起きたから、それしまってくれ頼むから!」
「……しゃあねぇな」
ガチ、と重い音をたてて、ハンマーが元の位置に戻される。
手際よく安全装置をかけるのを見て、思わずゾッとした。
いつでも撃ち抜ける状態だったのかよ、この家庭教師怖すぎる。
「今日が何の日かわかってるか」
「え、今日? 今日は……」
そもそも今日は何日だ。
昨日が俺の誕生日だったから、今日は――
カチ、と安全装置の外れる音に続けて、ガチ、とハンマーの引かれる音。
「ひっ、アレだよな、ほら、今日は、えーっと」
指がトリガーにかかる。
「あっ、あっ! リボーンの誕生日だよな! おめでとう!」
「……ふん」
銃口をこちらに定めたまま、リボーンはトリガーを引――
「ぁアルコバレぇノ……」
下から伸びてきた手が銃身を押さえ、無理やり上に向かせた。
同時に、ポンッ、と軽い音をさせて紙吹雪と旗が飛び出る。
「わっ、えっ、ん?」
オモチャ?
オモチャ!?
「オモチャかよ!」
「気づけよ」
「すみませ、も少し、静かに……」
枕元から弱々しい声。
「む、骸?」
こいつが同じベッドにいるのはむしろいつものことだから気にしてなかったが、なんでこいつこんなにぐったりしてんだ?
「……ツナお前何したんだよ」
「何って聞かれても――」
はたと思い当たる。
頭が鮮明に覚えていた。
昨夜の、出来事。
酔った勢いで、しでかしたこと。
ていうか、普通酔ってやっちゃったことは、酔いが醒めたら都合よく忘れるもんじゃないのか。
二日酔いしない体質でラッキーとか思ってたのに、まさかこんなオマケが付いていたとは。
いや、今はそれよりも。
「骸、えと、起きれる?」
肩に手を置くと、骸は枕にうつぶせたまま頭を左右に振った。
「水、いる?」
ふるふる。
「もう少し、寝とく?」
動きが止まり、手が緩慢な動きで腕を掴んできた。
「どこか、行くんですか?」
「えっとぉ……」
ちら、とリボーンを見遣る。
リボーンは眉間に皺を寄せ、今にも舌打ちしそうな感じで告げた。
「パーティは昨日と同じで昼過ぎからだ」
「あ、じゃあ」
「――が、ディーノが探してたぞ。打ち合わせがどうとか」
「あ、あー……」
そうだ、出し物の準備があったんだ。
結構な大技だから、確認もかねて最後の練習をしようってディーノさんと約束してたんだった。
でも。
骸に視線を落とすと、色違いの瞳がまっすぐこちらを向いていた。
すがるように。
たまに見せる、迷子のような目。
そんな目で見られたら。
「――ご、ごめん!」
俺はパンッと手を合わせると、深く頭を下げた。
「ディーノさんに一時間だけ遅れるって伝えてきて!」
「今日の主役を顎でこき使うとはいいご身分だな、ぁあ?」
「た、頼むよリボーン!」
ほとんどベッドの上に頭をつけて、土下座状態である。
しばらくしてから、ぼそりと呟きが聞こえた。
「……どうせ一時間じゃ足りねぇだろうが」
リボーンは旗の飛び出た銃をベッドに放り投げ、きびすを返した。
「ったく馬鹿な生徒持つと苦労するぜ」
「え?」
「二時間。それ以上の延長はなしだ」
「あ、ありがとう! リボーン!」
「ただし」
扉の手前で振り返り、手を銃の形にして撃つ真似をする。
「出し物がつまらなかったら、脳天ぶち抜くからな」
「ひぃっ」
「……心配せずとも」
まだ少し掠れた声音と共に、骸が身を起こした。
あっちを向いているため表情は見えないが、たぶん笑っているのだろう。
「時間は守りますし、満足のいくものをお見せしますよ」
「当然だ」
そして、リボーンは仏頂面のまま部屋を出て行った。
静かになって初めて、鳥の鳴き声を聞く。
朝だ。
いつ寝たかまではわからないが、いつの間にか朝だ。
昨夜のことは……恥ずかしすぎて思い出したくない。
「綱吉くん?」
「うわ、な、何? あ、水?」
「いえ、もう、大丈夫です。それより」
再び枕に頭を落とし、骸は薄く微笑んだ。
「二時間で何するつもりですか?」
「何って……」
その枕元に手をつくと、ベッドが軋んだ音をたてた。
覆いかぶさるように、端正な口元に触れる。
「こういうこと、だろ」
「クフフ、珍しいこともあるものですね」
ぐい、と引き寄せられ、舌を絡め合う。
「ん、昨日、ひとつ、おとなになったからな」
「そうでしたね。では」
腕を引かれ、天地が逆になる。
さらりと落ちてきた黒髪をすくい、唇に押し当てる。
首筋、胸元、あちこちにキスが降りてくる。
くすぐったさと、じわりと浸透する快感と、恥ずかしさと。
「あぁ、そうだ」
ふと、骸が顔を上げた。
「昨日、言ってなかったことがあるんです」
「なに?」
笑い声。
「愛してます、綱吉くん」
目尻にキス。
嬉しくて。ただ嬉しくて。
逆に声が出なくて、抱き寄せてそっと耳打ちする。
「……俺も」
やっぱり涙が出た。
幸せが満ちるせいで。
幸せに満ちているせいで。
骸はわからないって言うかもしれないけど。
幸せでも人は泣くんだよ。
「大好き」
たとえ短い時間でも一緒に過ごすために。
手を繋いで。
重ねる。
何もなくても構わない。
全部ほしいなんて言わない。
それに、俺だってお前のものなんだから!