49 | ENEMY!





『 ENEMY! 』





 突然に聞かされた負傷の知らせ。


「あ、おかえり、骸」
「――え?」


 慌てて彼の執務室に駆け込んでみたものの、目にしたのは無傷でいつも通りの執務をこなす彼の姿だけだった。


「外で、奇襲に遭い、負傷したと」
「あ、あれ、誤報」


 カリカリとペンの音が響く。


「誤報!?」
「正確には、返り討ちにした」


 紙をめくり、新たな書類に不器用なサインを綴る。


「返り討ち!?」
「普通の人だったし」
「普通の」
「そう、普通の」


 彼は小さな音を残してペンを置いた。
 やっと、色素の薄い瞳がこちらに向けられる。


「そりゃ、骸やザンザスみたいな敵が来たら、こんな、無傷じゃ済まないだろうけどさ」


 机上に肘をついて手を組み、その上に顎を乗せて。


「そんな奴、そうそういるわけないし、それにほら、骸はもうこっちにいるわけだし」
「……僕は、マフィアになったつもりはありませんよ」
「んー、でも、」


 軽く小首を傾げ、上目遣いに微笑む。


「こうして、駆けつけてきてくれた」
「――っ」



 騙された。
 ようやく理解する。
 罠に嵌められた。
 アルコバレーノが伝えに来た時点で気づくべきだった。
 あの役者が。
 騙された。



「君も、いい性格になったものですね……!」
「あはは、お前のおかげでな」


 口まで達者になって。
 襲いかかる眩暈に、コートの裾が汚れるのも気にせず、その場にしゃがみ込む。


「それより、俺、今日は怪我してることになってて仕事できないからさ、骸の部屋行ってもいい?」
「はぁあ?」
「怪我がすごく痛むって設定なら看病が必要だろ?」
「仮病では……」
「ダメ?」


 にこにこと表情を崩すこともなく。
 真っ直ぐな視線を受け止めること数分。
 先に折れたのは――


「……わかりましたよ」
「やった」


 彼は軽快な足取りでこちらに駆け寄ると、僕の腕を引いた。


「ほら、早く立って。せっかくもらった半休なんだから」
「……元気そうですね」
「全然! 骸に掴まらないと歩けないぐらいひどい怪我っていうことで」
「……そうですか」


 ため息。
 これはもう、何を言っても無駄なパターンだ。
 僕は首に回された腕を掴むと、弾みをつけて立ち上がった。


「わ、ちょっ」
「では、足を怪我したということで」


 ほとんど重さの感じられない体躯を背負い、歩き出す。


「さて、晴か嵐の守護者に車を借りないと」
「あ、車はもう手配してもらってる」


 つまずきかけた。


「何?」
「いいえ……」


 あの気弱な少年が。
 敵と聞けば無理と答えていたのに。
 いつの間にやら。


「変わるものですね……」
「骸の体型が?」
「僕が太ったと言いたいんですか」
「俺も筋肉ほしいなぁ」
「くすぐらないでください」
「あ、そこの角のエレベーター上がったとこに車あるから」
「本当に自由ですね君は」
「だって」


 彼は囁いた。


「骸が恋人なんだもん」


 うなじに柔らかいものが触れ、そこから熱が広がる感覚。

「……理由になってませんよ」
「あはは、赤くなった」
「なっ」


 彼を背負っているせいで、直接顔を見て反論できない。
 さらに、両手が塞がっているせいで物理的な反撃も難しい。
 どうしたものかと考えている内に、背中から抱きしめられた。


「骸、大好き」


 小さく、か細い声。
 わずかに震えて。
 背中の熱は温度を上げて。


「……照れるぐらいなら言わなきゃいいでしょう」
「べ、別に照れてなんかっ」
「はいはい。車はこの上ですね」
「むくろ!」


 矛盾だらけの反応がおかしくて、つい笑ってしまう。
 さっきまで、あんなに泰然としていたのに。
 大人びたようで、まだまだ幼い。
 くどいような甘さは、相変わらずだが。


 その甘さに付き合うのも、惚れた弱みとかいうやつか。






× × ×

強い敵なんてそうそういるわけねぇよと言わせたかっただけの話。
特に意味はなかったり。
あと、味方に甘い骸さん萌える。