50 | 海色 の トゲ





『 海色 の トゲ 』





 電気もつけずに、ベッドに倒れこむ。
 階下からは誰かの騒ぐ声。
 まだ肌に残る、パーティの余熱。
 あんなに大勢ではしゃぐとか、初めてかもしれない。
 毎年そう思えるぐらい、回数を重ねるごとに人数が増えてゆく。
 ふと、枕元に置いたままだった紙袋に、指先が触れた。
 小さな小さなプレゼント。
 最初から、来るわけないと、思っていたけどさ。
「やっぱ来なかったかぁ……」

 馴れ合いが嫌いな人。
 それなのに自分を好きだと言ってくれる、人。

 袋を手に取り、中身を出して、窓からの光にかざしてみる。
 キラキラ。
 せっかく用意したのに。

「おや、穴あけるんですか?」
「へっ!?」
 窓から聞こえた声に、うっかり手を握りしめてしまう。
 その瞬間。
「いってぇぇえっ」
 鋭い激痛に、俺はベッドに突っ伏した。
「クハっ」
「笑うなよ! ちょ、もぉ、いってぇぇえ」
 絶対、手の平刺さってる。
 でもなんか怖くて見れない。
 どうしよう、ぐっさー刺さってたらどうしよう。
 確認したいけど怖くて見れない。
 どうしよう。
 どうしよう。
「……本当に君って人はしょうがないですね……ほら、見せて」
「え、う、うぅ〜」
 骸はさっさと俺の手を取り、ためらいなく指を開け広げた。

「これはこれは」
「な、何?」
「見事なまでに深々と刺さってますよ」
「えぇ!?」
「中で針が折れてるかもしれません」
「お、おれ、て!?」
「メスで手を切り裂いて取り出さないと」
「ひっ」
「早く処置しないと、金属片が心臓まで達すると死にますよ」
「しっ!?」
 さあっと血の気が引く感覚。

 前に、指先にトゲが刺さったときも、似たようなことを母さんに言われた気がする。
 あのときは、針で刺して、泣くほど痛かったけど、取り出せて、どうにかなったけど。
 今回は、どうしよう、どうすれば。

「むくろぉお」
「クハ、情けない声もいいですね」
「ふざけんなぁあ」
 本気で泣けてきた。
「俺が死んでもいいのかよぉお」
「それは困ります」
 呆れるほどきっぱりと即答し、骸は俺の目元を指先でぬぐった。
 それから、手の平に、そっと唇を寄せ――

「――っ」

 痛みに被せるように、ザラついた舌の感触。
 濡れた音に感覚が鈍る。
 何コレ、なんか、逆に……きもち、い――

「取れましたよ」
「ひうっ!?」
「何ですか、変な声出して」
「な、何でもないし!」
 顔をそむけて、視線だけ手の平に落とす。

「……あれ?」
 そういえば、感触としては、舐められた、だけで、トゲを抜いたような感覚はなかった。
 小さな傷があるけど、なんていうか、刺さってたというよりは。
 おかしい。
 何かがおかしい。

 疑問に首をかしげた瞬間、骸が吹き出した。
「クハ、まさか、本当に信じるなんて」
「な、なんで笑っ」
「刺さったなんて、嘘、ですよ」
「………………は?」

 骸は口を薄く開け、舌の上に乗せたソレを見せた。
 どこも折れていない、欠けていない、小さな小さな――ピアス。
「おもしろいぐらい引っかかってくれましたね」
 唇に挟み、口端をつり上げる。

 え、えっと。
 どういうことだ?
 つまり?
 やっぱり手の平には刺さってなくて?
 痛かったのは、単に少し切ったからで?
 脅すだけ脅して?
 本当は――

「こ、の、サギしぃー!!」
「クハハハハっ」

 笑った拍子に、ピアスがポトリと手の平に落ちる。

 深い海色の石。
 飾りはそれだけの、シンプルなピアス。
 その左目と同じ色。
 何がいいか迷った時に見つけた。
 似合うと思った。
 夜の海。

 今度は刺さらないように、壊さないように、そっと握る。
 そして、もう片方の手でひとまず殴っておく。

「なんでお前はいつもそう俺をからかって楽しいのか!?」
「楽しいですよ、とても」
「帰れ!」
 もう一発見舞う。
 しかし、骸は痛がる様子もなく、むしろ余計に嬉しそうにしている。

 こいつ、マジでSMどっちかわかんねぇし。

「それで? 見たところ、穴もあけずにピアスつける気ですか?」
「お、俺のじゃないし……」
「おや、ここにきて浮気ですか」
 突然襲いかかる氷点下の声音。
 少し怖かったけど、それ以上にバカかと思った。
 バカかと思ったから、つい思ったことが口からこぼれた。
「骸、お前さ、自分がもらえるとか、考えないの?」
「もらう? 僕が?」
 きょとんとした顔。

 うわ、本気で理解してない。
 どんだけ直球投げないと受け止められないんだよ、こいつは。

 俺はため息で言いたいことすべて外に逃がすと、手の平のピアスを骸の目の前に差し出した。

「メリークリスマス、プレゼント」

 窓からの光でキラキラ光る。
 文字も何もない、左の瞳。
 それが細められて、目元がうっすらを朱を帯びる。

「ありがとうございます」

 途端、頭の中まで熱くなった。
 クラクラと、めまいまで感じる。

「美形って、マジで反則……」
「どうしたんですか?」
「べ、別に!」

 ふい、とそっぽ向く。
 人騙して笑う、嫌なヤツなのに。
 簡単な言葉ひとつで、許してしまいそうになる。
 これじゃ、甘すぎるって言われても、仕方ない。

「ほら、綱吉くん」
 骸は俺のあごを掴むと、強引に顔を向かせた。
「んなっ」
「似合います?」
 さら、と髪を耳にかけて問う。
 その仕草さえ色っぽいな、と頭の隅で思う。
「……似合うと思って選んだんだから、当然だろ」
「そうですね」
「……で、骸はどうなんだよ」
「何が?」
「き、気に入ったのか、って」

 間近の、色違いの瞳が嬉しそうに揺れる。
 そうかと思ったら、唇が濡れていた。

「――っお、おま、何しっ」
「とても気に入りました。そのお礼です」
「お、お礼って」
「あ、もちろん、ちゃんとしたのはこれから、夜を徹してお返ししますからね」
「何言って、ちょ、意味わかんないんですけど!?」
「クフ、たくさん受け取ってくださいね?」
「何を!?」
「綱吉くん、愛してます」
「あ、う、あ、」

 どうしていいかわからない内に、あちこちに口づけられる。
 額に、目元に、こめかみに、頬に、鼻先に。
 それから、耳たぶに。

 ふと、すぐそばに海色のピアスがあることに気づいた。
 わずかな光でも反射して光る。
 ちゃんと、光ってる。
 その小さな輝きが、どうか彼を照らしてくれるように。

「……お、俺だって、あ、愛してる、よ」

 笑んだ唇に、ぎこちなく重ねて。


 世界が「赤」だけじゃないことを。
 赤よりずっとたくさんの「青」があることを。
 トゲが心臓に達する前に、彼が気づいてくれますように。


 聖夜に願う。






× × ×

オチつかない!

遅くなりましたが、メリークリスマス!!