電気もつけずに、ベッドに倒れこむ。
階下からは誰かの騒ぐ声。
まだ肌に残る、パーティの余熱。
あんなに大勢ではしゃぐとか、初めてかもしれない。
毎年そう思えるぐらい、回数を重ねるごとに人数が増えてゆく。
ふと、枕元に置いたままだった紙袋に、指先が触れた。
小さな小さなプレゼント。
最初から、来るわけないと、思っていたけどさ。
「やっぱ来なかったかぁ……」
馴れ合いが嫌いな人。
それなのに自分を好きだと言ってくれる、人。
袋を手に取り、中身を出して、窓からの光にかざしてみる。
キラキラ。
せっかく用意したのに。
「おや、穴あけるんですか?」
「へっ!?」
窓から聞こえた声に、うっかり手を握りしめてしまう。
その瞬間。
「いってぇぇえっ」
鋭い激痛に、俺はベッドに突っ伏した。
「クハっ」
「笑うなよ! ちょ、もぉ、いってぇぇえ」
絶対、手の平刺さってる。
でもなんか怖くて見れない。
どうしよう、ぐっさー刺さってたらどうしよう。
確認したいけど怖くて見れない。
どうしよう。
どうしよう。
「……本当に君って人はしょうがないですね……ほら、見せて」
「え、う、うぅ〜」
骸はさっさと俺の手を取り、ためらいなく指を開け広げた。
「これはこれは」
「な、何?」
「見事なまでに深々と刺さってますよ」
「えぇ!?」
「中で針が折れてるかもしれません」
「お、おれ、て!?」
「メスで手を切り裂いて取り出さないと」
「ひっ」
「早く処置しないと、金属片が心臓まで達すると死にますよ」
「しっ!?」
さあっと血の気が引く感覚。
前に、指先にトゲが刺さったときも、似たようなことを母さんに言われた気がする。
あのときは、針で刺して、泣くほど痛かったけど、取り出せて、どうにかなったけど。
今回は、どうしよう、どうすれば。
「むくろぉお」
「クハ、情けない声もいいですね」
「ふざけんなぁあ」
本気で泣けてきた。
「俺が死んでもいいのかよぉお」
「それは困ります」
呆れるほどきっぱりと即答し、骸は俺の目元を指先でぬぐった。
それから、手の平に、そっと唇を寄せ――
「――っ」
痛みに被せるように、ザラついた舌の感触。
濡れた音に感覚が鈍る。
何コレ、なんか、逆に……きもち、い――
「取れましたよ」
「ひうっ!?」
「何ですか、変な声出して」
「な、何でもないし!」
顔をそむけて、視線だけ手の平に落とす。
「……あれ?」
そういえば、感触としては、舐められた、だけで、トゲを抜いたような感覚はなかった。
小さな傷があるけど、なんていうか、刺さってたというよりは。
おかしい。
何かがおかしい。
疑問に首をかしげた瞬間、骸が吹き出した。
「クハ、まさか、本当に信じるなんて」
「な、なんで笑っ」
「刺さったなんて、嘘、ですよ」
「………………は?」
骸は口を薄く開け、舌の上に乗せたソレを見せた。
どこも折れていない、欠けていない、小さな小さな――ピアス。
「おもしろいぐらい引っかかってくれましたね」
唇に挟み、口端をつり上げる。
え、えっと。
どういうことだ?
つまり?
やっぱり手の平には刺さってなくて?
痛かったのは、単に少し切ったからで?
脅すだけ脅して?
本当は――
「こ、の、サギしぃー!!」
「クハハハハっ」
笑った拍子に、ピアスがポトリと手の平に落ちる。
深い海色の石。
飾りはそれだけの、シンプルなピアス。
その左目と同じ色。
何がいいか迷った時に見つけた。
似合うと思った。
夜の海。
今度は刺さらないように、壊さないように、そっと握る。
そして、もう片方の手でひとまず殴っておく。
「なんでお前はいつもそう俺をからかって楽しいのか!?」
「楽しいですよ、とても」
「帰れ!」
もう一発見舞う。
しかし、骸は痛がる様子もなく、むしろ余計に嬉しそうにしている。
こいつ、マジでSMどっちかわかんねぇし。
「それで? 見たところ、穴もあけずにピアスつける気ですか?」
「お、俺のじゃないし……」
「おや、ここにきて浮気ですか」
突然襲いかかる氷点下の声音。
少し怖かったけど、それ以上にバカかと思った。
バカかと思ったから、つい思ったことが口からこぼれた。
「骸、お前さ、自分がもらえるとか、考えないの?」
「もらう? 僕が?」
きょとんとした顔。
うわ、本気で理解してない。
どんだけ直球投げないと受け止められないんだよ、こいつは。
俺はため息で言いたいことすべて外に逃がすと、手の平のピアスを骸の目の前に差し出した。
「メリークリスマス、プレゼント」
窓からの光でキラキラ光る。
文字も何もない、左の瞳。
それが細められて、目元がうっすらを朱を帯びる。
「ありがとうございます」
途端、頭の中まで熱くなった。
クラクラと、めまいまで感じる。
「美形って、マジで反則……」
「どうしたんですか?」
「べ、別に!」
ふい、とそっぽ向く。
人騙して笑う、嫌なヤツなのに。
簡単な言葉ひとつで、許してしまいそうになる。
これじゃ、甘すぎるって言われても、仕方ない。
「ほら、綱吉くん」
骸は俺のあごを掴むと、強引に顔を向かせた。
「んなっ」
「似合います?」
さら、と髪を耳にかけて問う。
その仕草さえ色っぽいな、と頭の隅で思う。
「……似合うと思って選んだんだから、当然だろ」
「そうですね」
「……で、骸はどうなんだよ」
「何が?」
「き、気に入ったのか、って」
間近の、色違いの瞳が嬉しそうに揺れる。
そうかと思ったら、唇が濡れていた。
「――っお、おま、何しっ」
「とても気に入りました。そのお礼です」
「お、お礼って」
「あ、もちろん、ちゃんとしたのはこれから、夜を徹してお返ししますからね」
「何言って、ちょ、意味わかんないんですけど!?」
「クフ、たくさん受け取ってくださいね?」
「何を!?」
「綱吉くん、愛してます」
「あ、う、あ、」
どうしていいかわからない内に、あちこちに口づけられる。
額に、目元に、こめかみに、頬に、鼻先に。
それから、耳たぶに。
ふと、すぐそばに海色のピアスがあることに気づいた。
わずかな光でも反射して光る。
ちゃんと、光ってる。
その小さな輝きが、どうか彼を照らしてくれるように。
「……お、俺だって、あ、愛してる、よ」
笑んだ唇に、ぎこちなく重ねて。
世界が「赤」だけじゃないことを。
赤よりずっとたくさんの「青」があることを。
トゲが心臓に達する前に、彼が気づいてくれますように。
聖夜に願う。