眠りから浮上してすぐ、匂いが違うことにぼんやりと気がつく。
埃っぽい。
知った匂い。
目を開けて、そこにある光景に確信する。
「また、懐かしい場所に誘拐されたもんだよな……」
起き上がり、周りを見渡してみる。
むき出しのコンクリート。
所々崩れ落ちた天井。
枠だけ残してガラスのない窓。
昔は毎週のように訪れていた場所。
どこも変わらない。
ただ、実行犯の姿が見えないだけで。
まぁいつものことだとあきらめて、再び枕の上に頭を落とす。
何時だろう。時計がない。
そういえば久々に寝た気がする。
あの心配性。
本当にいつもいつも。
「いいタイミングで攫ってくれるよなぁ」
確かにそろそろ限界だった。
眠気と疲労とストレスと。
あと一日でも遅ければ、ぶっ倒れていただろう。
激務。激務。激務ばかり。
学校行ってたときだってこんなに机に向かってなかった。
土日の休みもなく。
よくやれてるよ、我ながらびっくりだよ。
壊れた天井から差し込む日差しの暖かさに、またうとうとと目を閉じる。
ケータイの着信音。
遠い、たぶんソファー辺りから。
きっとリボーンだ。
2コール。
心配してるか、怒ってるか。いや、絶対怒ってるな。
一応急ぎの仕事全部終わらせた記憶はあるけど。
3コール。
忽然と消えたことになってるんだろうな。
まさに誘拐だ。
でもリボーンとか山本とかは気づいてんだろうな。
4コール目でふつりと途絶えた。
あぁ、姿を確認しなくても、感覚でわかる。
「……もしもし? おや、えぇ、そうですよ? それが?」
キン、と怒鳴り声が聞こえてくる。
「僕の勝手でしょう、知りませんよ、関係ありません」
それじゃ怒らせるだけだろ。
くすくす笑いながら、シーツを巻き込んで寝返りをうつ。
「そうですね、わかっていますよ、えぇ、えぇ、それでは」
まだ続く怒鳴り声を遮って、短く電子音が鳴る。
そのまま電源を切って。
たぶんソファーに向かって投げたのだろう、遠くで柔らかい場所に落ちる音がした。
人のケータイ、乱暴に扱うなよ。
ベッドが軋む音。
髪を撫でる手。
気持ちよくて、くすくす笑う。
「気分はいかがですか?」
「らく、すごい寝た」
「もう少し寝ますか?」
「ん……」
その手を引き寄せ、唇を押し当てる。
甘い匂い。
チョコレートの匂いだ。
埃っぽいのと、外からの森の匂いに混ざって、懐かしい感覚。
「……あぁ、そっか」
だから、ここなのか。
森に囲まれた廃墟。
昔に潰れた、健康ランド。
「今日は、そうだったな……」
「おや、覚えていましたか」
「覚えてるよ。忘れられるわけないし」
「光栄です」
「褒めてないし」
腕を引き寄せ、シーツの中へと招く。
なんだか不思議なものである。
あの時は、こうなることなんて考えてもなかった。
「初めて会ったときは、気弱そうに見えたのになぁ」
「演技も見抜けない君に軽く失望しましたけどね」
「だって仕方ないだろあのときは俺もまだ中学生だったし」
「でも、クフフ」
目尻に口づけられる。
くすぐったくて瞼を持ち上げると、すぐ目の前に色違いの瞳があった。
例えるものがないほど深い、赤色の世界。
静かな夜に似た濃紺。
それが同じように、微笑んで。
「僕であることは見抜いてくれますよね」
「そりゃあ――」
言葉は奪われて。
じゃれ合い。
睦み合い。
そして眠る。
遠い記憶。
緑の中。
出会った。
偶然でも奇跡でもない。
あれは故意にも必然なれば。
その日の内に。
堕ちたのは。
運命の廻り合わせ。
過去に繋いだ糸を辿って。
今度は終わることのない恋を。
× お ま け ×
ここから先はなんとなく冗長だなぁと感じたので
ひとまず分け。
8059サイドの獄誕に繋がっていきます。
お暇は方はもう少しお付き合いを。
× × × × ×
「骸が起こさないから遅刻だよ!」
「僕のせいにしますか」
エレベーターを降りてもケンカの続き。
「ケータイの電源も勝手に切ってさぁ!」
「誰にも邪魔されたくなかったんです」
廊下を進んでる間もケンカの続き。
「だからって」
「相変わらず騒々しいのなー」
扉はまるで自動ドアのように手を伸ばす前に開け放たれた。
「部屋ん中まで丸聞こえだぜ?」
「わっ、わっ、ごめん山本!」
「十代目! わざわざお越しいただいてっすんません!」
すぐに山本を押しのけて、獄寺くんが出迎えてくれる。
「もうみんな集まってるよね、本当にごめんね、遅刻しちゃって」
「いいえ! 主役が遅れて到着するのは当然です!」
「ちょ、それ言うなら今日の主役は」
「では、僕はこれで失礼しますね」
弾みかける会話を遮って、骸はさっさときびすを返そうとした。
「む、骸!」
慌ててその腕を捕まえる。
こういう場所が嫌いなのは知ってる。
でも、こういう場所の楽しさを知ってもいいと思うんだ。
でも、どう言ったら伝わる?
伝えられる自信がなくて。
掴んだ腕を離すこともできず、黙ってしまう。
そうすると、
「……おい、骸」
獄寺くんの怒った声が耳に届いた。
どうしよう、せっかくのパーティなのに、主役すらも怒らせてしまった。
困って山本に視線をやると、意外にも、山本は大丈夫と言うように笑っていた。
さらに困惑して獄寺くんを見ると、確かに怒ってはいるけど、怖い雰囲気じゃない。
なんだろう。
「別に、俺はテメェを招待したいわけじゃないけどな」
むしろ。
わざと素っ気なくしている感じで。
「断る理由もないんだよ。――早く入りやがれ」
そう言って、獄寺くんは奥へと戻って行ってしまった。
開いたドアから、誰かの、歓迎する楽しそうな声が聞こえてくる。
みんなが歓迎してくれてる。
それが、嬉しくて、知らず、頬が緩む。
「ほら、行くよ骸!」
腕を組むようにして、強引に玄関の中に引っ張り込む。
「ちょ、綱吉くんっ、僕は」
「命令!」
「お、ボスの命令なら仕方ねぇよな」
山本の追い打ちもあり、途中で観念したのか、骸はやれやれと息を吐き出した。
「……わかりましたよ」
「やっぱパーティはみんなでやらないとなー」
「十代目! 早くいらっしゃってください!」
「うん、今行く!」
応えながら、山本が向こう向いた隙に。
組んだ腕を引き寄せるようにして、俺は骸にしがみついた。
そして、こっそりと、囁いてやる。
「骸、大好き」
そしたら少しだけ耳を赤くして。
「今日だけですからね」
嬉しくて。
嬉しくて。
手を繋いで。
俺は、賑やかな場所へと骸を引っ張っていった。
もっとはしゃいでよ。
もっと楽しんでよ。
もっともっと。
出会ったのは過ちを消すためじゃなくて。
もっと先へ進むためでしょ?
もっと人生を謳歌するためでしょ?
だったらさ。
どこまでも引っ張っていくよ。
そのために、俺たちはまた出会ったんだ!