63 | Specially for You !





『 Specially for You ! 』






「たまには特別なチョコレートでも買いに行こうかしら」




 前触れもなくそう言った母さんに付き合わされることになったのは数時間前。
 並盛のデパートじゃあんまり置いてないからとわざわざ黒曜まで連れてこられ。
 デパ地下の甘い匂いに囲まれながら。
 俺は思い出したように周りを見回しては、その度にため息を吐き出した。
 母さんと一緒に買い物してるとこなんて、恥ずかしすぎてクラスの誰にも見せられない。
 その上、ここだとアイツに会う可能性もあるし気が抜けない。
「うあー、胃が痛ぇ」
「ねぇねぇつっくん!」
 人垣の向こうから母さんが手を挙げて呼ぶ。
「もー、なにー?」
 ていうか人多すぎだし。
 男としてはもらって嬉しいものなんだけど……
 こんないっぱい売ってる上に、みんなしてこんないっぱい買おうとするんだ。
 なんだろうこの微妙な、裏事情を知ってしまったみたいな気分は。
 なんとか母さんのところまでたどり着くと、ぐい、と腕を引き寄せられた。
 ショーケースの向こうを指して聞かれる。
「これなんておいしそうじゃない?」
 四角い箱に四角い仕切りがされて、丸や四角のチョコレートが並べられて。
 確かにどれもおいしそうだから俺はそのまま答えた。
「うん、おいしそうだね」
「もう! お父さんにあげるんだから真面目に選んで?」
「はぁ!?」
 何だよ俺、父さんのチョコレート選びに付き合わされてたの!?
 ていうか、
「父さんまたどっか行ってんじゃん!」
 勝手に俺や俺の友達巻き込んで好き勝手してる割にまともに家にいるトコ見たことないし。
 そんな父さんに渡すチョコレートなんて。
「いつもバレンタインデーには帰ってきてくれるのよ。つっくんがいない間にまた出掛けちゃうけど」
「マジかよ……」
 その日だけ帰ってくるとか、どんだけチョコレート食べたいんだよ。
 違う、どんだけ仲いいんだよこの両親は。
 息子もちょっと引くくらい仲いいとか。
「あ、見て見てつっくん、これなんてどうかしら?」
 ぐいぐい腕を引かれた先には、聞いたことのある名前のお店。
 誰が言っていたかってのは、まぁ、当然アイツなんだけど。
 黒曜はアイツのテリトリーだし、つい辺りを見回してしまう。
 よし、いない。
 ほっとする反面、少しさみしいとも感じる。
 別に偶然を期待してるわけじゃないけど!
「見て見て、六種類のラブメッセージですって」
「六種類?」
 覗き込んだガラスケースの中にはプラスチックの入れ物がたくさん並んでて。
 その中に、六つのトリュフが入ったものがあった。
 ひとつひとつがメッセージ入りの包装紙に包まれているらしい。
 六種類の、ラブメッセージ。
「お父さんにはこれにしようっと」
 母さんは店員を呼びつつ振り返って、当たり前のように聞いてきた。
「つっくんも誰かにあげる?」
「へっ!?」
「一緒に買ってあげましょうか?」
「なっちょ俺男だし! ていうか俺にくれよ!」
「あら、じゃあつっくんにはこっちのイチゴね」
 すみません、と隣に並べられているチョコレートを指で示して。
「でもほら、最近は男の子もチョコレートあげるって聞いたけど」
「前に流行ったやつだろ、もう古いって」
 ていうか誰だよそんないらないこと教えたのは。
「じゃあ――」
 ガラス越しにそれを指差しながら。





 前を楽しそうに歩く母さんについて、とぼとぼと帰路を歩く。
 真っ白な紙袋の中には透明なプラスチックのケースが三つ。
 父さんのと、俺のと、もうひとつは――
「なんで買っちゃったし……」
 ため息。
 いや、でも、渡せなくても自分で食べればいいだけだし。
 そうだ高いチョコレートなんて滅多に食えないんだし。
 わざわざアイツにやる必要なんて……
「ないはず、なのに……」
 チョコレート大好きなのは知ってるけど。
 俺からもらっても嬉しいわけないはずなのに。
 そうだよ、会えばいつもケンカばっかでさ。
 そんな奴に、なんでチョコレート渡さなきゃいけないんだよ。
 渡す理由なんてないのに。


 ――君なんかでも貰う予定や渡す予定があったりするんですか?


 いつも通りの人を小馬鹿にした言葉。
 なのに、寂しそうな、期待するような、変な感じがして。
 だからこんなに不安になる。
 だからこうして用意してしまった。
 アイツのためのチョコレート。
「……まぁ、でも、渡すぐらいなら、誰でも――」
 でも、このメッセージはどう言い訳する?
 六種類の。


 I Love You――とか。


「は、恥ずかしい……!」
 手袋で両頬を押さえると、くす、と笑い声が聞こえた。
 顔を上げると同時に細い指先で額を突かれる。
「なんっ」
「おもしろい顔」
「なっ」
「うふふっ」
 母さんは笑いながら腕を組むように絡ませてきた。
「ちょ、恥ずかしっ、離してよ!」
「つっくんもお年頃ねー」
「はぁっ!?」
 楽しそうに。
 母さんは笑って言った。
「喜んでもらえるといいわね?」
「なっ、あぅ……」
 喜ぶのかな。
 まさか目の前で捨てられることはないと思うけど。
 だんだん、本当に、不安になってきた。
 どうしようふざけるなとか言って返されたら。
「つっくん?」
「……俺、嫌われてるから、」
 もしかしたら。
「受け取ってもらえない、かも……」
 今まで浮かれてたのが情けないくらい。
 どうして最悪のことを考えなかったんだろう。
 母さんはしばらく黙ってから、ふに、と俺の頬をつっついてきた。
「なっ」
「あのね、お母さんはね、好きと嫌いは案外同じものなんじゃないかなって思うの」
「え……?」
「ほら、好きな子ほどいじめたくなるってあるじゃない?」
「……まぁ、聞くけど」
「つまりそういうことよ」
「どういうことだよ」
「あらあら、つっくんたら鈍い子ねぇ」
 つっつくだけでなく、ふにふに、とつままれてしまう。
「ちょ、もう、離せってばっ」
「その子きっと、つっくんのこと好きなのよ」



 ――間。



「……は?」
「やっぱり不器用な子っているものねー」
「ちょ、え? ちょ、えぇ!?」
「これも青春ねぇ、お母さん懐かしいわぁ」
「まっ、待って待って!」
 動揺のあまり足を止めてしまうと、母さんの腕も離れてしまった。
 なんで。
 心臓がバクバクしてる。
 コートの上から握りしめてもおさまらない。
 どういうことだよ。
 まさか。
 これが。
「す……好き?」
 顔が熱い。
 すごく熱い。
 母さんは一瞬きょとんとしてから、
「やだぁ、甘酸っぱぁい」
 そうやっておどけつつも、手袋で俺の顔を包んで微笑んだ。
「明日、聞いてごらんなさい? あ、ちゃんと自分の想いを伝えてからね?」
 好きか嫌いか。
 チョコレートのことじゃなくて。
 俺のこと。
「……ちゃんと、言える、かな」
「つっくんはやればできる子よぉ」
 再び腕を組んで、引っ張るように歩き出す。
「お母さん応援してるからっ」
 今度は振りほどこうともせず。
 並んで歩きながら。
 俺は小さくも頷いてみた。
「がんばって、みる」
 自信はないけど。
 心強い味方の言葉を信じて。
 渡してみよう。





 特別なチョコレートと。

 特別なメッセージと。


 特別になった、この気持ち。







× × ×

ほんとまじで奈々さん大好きすぎてごめんなさい。

ということでヴァレンタインです!
6927では3回目ですが、あれ?3回目ですよね?まぁいいか。
そろそろネタ尽きてきたとかそんなことはないですよ!
今年も全力で甘酸っぱい6927です!
骸←綱吉のように見えてしっかりばっちり骸⇔綱吉です!ひゃほー!

当日の骸さんがどんな反応したかは皆様のご想像にお任せします☆
アンサーはホワイトデーまでお預けです☆


ハッピーヴァレンタイン!