砂の上にふたり分の足跡。
髪をなぶる潮風。
視界には一切の人影もなく。
「静かなものですね」
「こっちはクラゲとかでないの?」
「飛び込めばわかりますよ」
「あはは、いやだ」
波打ち際を跳ねるように。
スーツが皺になることも気にせずたくし上げて。
造りの良い革靴を片手に。
歩いてゆく。
その後ろ。
乾いた砂を踏みながら。
つかず、離れず。
彼を見失わないよう、見つめたまま。
「どこまで散歩する気ですか」
「ひーみーつー」
「どこへ連れていく気ですか」
「ひーみーつー」
高く、鳥の鳴く声。
耳を澄ませば、遠く、教会の鐘の音。
彼の歩く水音。
あるいは。
彼の手の、瓶に集めた貝殻が鈴のような音を響かせて。
「今宵はパーティがあると、言っていたでしょう」
「うん、獄寺くんの誕生日パーティ」
「こんなところで油売ってていいんですか」
「俺にとっては、こっちもすごく大事なことだから」
「こっち?」
「こっち」
砂浜を遮る岩肌によじ登って。
手招かれて。
手を引かれて。
岩の上へ登ると。
「下、見て」
「下?」
「ほら」
「何が――」
赤い、水面。
「すごくね?」
返答する言葉もないまま、魅入られる。
絢爛たるや真紅の絨毯。
よく見るとそれは、小さな、赤い花の集まりだと知れた。
どこからか落ちた花弁が波に乗って打ち寄せられたのだろう。
赤い、赤い、揺らめき。
その中へ。
「わっ、とっ!?」
何度か足踏みした末に崩れて。
鮮やかな色。
舞い散らせて。
まるで血飛沫のような。
――錯覚に、くらめいて。
動けずにいる、視線の先で。
「あはは、ずぶ濡れ」
彼は陽気に笑ってみせた。
「……馬鹿ですねぇ」
「ば、ちょっと水浴びしたかっただけだし」
「服を着たまま?」
「どうせすぐ乾くし」
「馬鹿ですねぇ」
「うるさい!」
ブーツが濡れるのも厭わず。
水面を揺らして彼に歩み寄る。
濡れた手を引いて。
赤い。
赤い。
まるで血溜まり。
「眉間、皺寄ってるぞ」
「いたっ、やめてくださいよ」
「何考えてた?」
「……何も」
「嘘つき。当ててやろうか?」
「おや、わかるんですか?」
「お前の考えることぐらい」
わかるよ、と唇で呟いて。
軽く触れて。
塩辛さに、笑う。
「……なぁ、キレイだろ?」
「まぁ、そうですね」
「何の花かわかる?」
「そうですねぇ……」
花をひとつ摘まみ上げ、観察してみる。
まるでスカートのような。
あるいは風鈴にも似て。
特徴的な赤い花びら。
どこかで咲いているのを見かけたような。
あれは。
「……フクシア、でしょうか」
「ふくしあ?」
「おそらくは」
「ふぅん、フクシアかぁ」
彼はすっかり空になった瓶に、赤い花を掬い取った。
「花言葉、とかわかる?」
「君は僕を辞書か何かと思ってます?」
「そ、そんなことないしっ」
「……色々ありますよ」
「どんな?」
「フクシアの花言葉は――」
言葉を遮るように。
突風に長い髪がなびいて、口許を塞いできた。
見れば、海の色に淡い橙が混ざり始めていて。
決して独占できないと知ってなおも乞う。
「……綺麗な色ですね」
「え?」
「ねぇ、綱吉くん」
「うん?」
「愛してますよ」
「――っ」
途端に。
この花のように。
真っ赤に染めて。
「クフフ、そろそろ戻りましょうか」
「え、ちょ、まだ、花言葉聞いてないし!」
「自分で調べなさい」
「知ってんなら教えろよ!」
「何でも人に頼るのは君の悪い癖ですよ」
「これでもマシになったほうだろ!」
「アルコバレーノに言いつけますよ」
「それだけはイヤだ!」
「クハハっ」
花の代わりに彼の革靴を拾い上げて。
繋いだ手を引いて。
濡れた足で砂浜を歩く。
並んで残る足跡。
それが一瞬で、消えるものだとしても。
僕らは歩く。
「……これからも、よろしくな?」
「こちらこそ、どうぞよろしく?」
笑い合って。
いつか辿り着く。
漂着点へ。