67 | フクシアの漂着点









 幾重かの月日を数えて。
 少しずつを積み重ねて。
 僕らが辿り着いたのは――





『 フクシアの漂着点 』






 砂の上にふたり分の足跡。
 髪をなぶる潮風。
 視界には一切の人影もなく。


「静かなものですね」
「こっちはクラゲとかでないの?」
「飛び込めばわかりますよ」
「あはは、いやだ」


 波打ち際を跳ねるように。
 スーツが皺になることも気にせずたくし上げて。
 造りの良い革靴を片手に。
 歩いてゆく。
 その後ろ。
 乾いた砂を踏みながら。
 つかず、離れず。
 彼を見失わないよう、見つめたまま。


「どこまで散歩する気ですか」
「ひーみーつー」
「どこへ連れていく気ですか」
「ひーみーつー」


 高く、鳥の鳴く声。
 耳を澄ませば、遠く、教会の鐘の音。
 彼の歩く水音。
 あるいは。
 彼の手の、瓶に集めた貝殻が鈴のような音を響かせて。


「今宵はパーティがあると、言っていたでしょう」
「うん、獄寺くんの誕生日パーティ」
「こんなところで油売ってていいんですか」
「俺にとっては、こっちもすごく大事なことだから」
「こっち?」
「こっち」


 砂浜を遮る岩肌によじ登って。
 手招かれて。
 手を引かれて。
 岩の上へ登ると。


「下、見て」
「下?」
「ほら」
「何が――」










 赤い、水面。










「すごくね?」


 返答する言葉もないまま、魅入られる。
 絢爛たるや真紅の絨毯。
 よく見るとそれは、小さな、赤い花の集まりだと知れた。
 どこからか落ちた花弁が波に乗って打ち寄せられたのだろう。
 赤い、赤い、揺らめき。
 その中へ。


「わっ、とっ!?」


 何度か足踏みした末に崩れて。
 鮮やかな色。
 舞い散らせて。
 まるで血飛沫のような。
 ――錯覚に、くらめいて。
 動けずにいる、視線の先で。


「あはは、ずぶ濡れ」


 彼は陽気に笑ってみせた。


「……馬鹿ですねぇ」
「ば、ちょっと水浴びしたかっただけだし」
「服を着たまま?」
「どうせすぐ乾くし」
「馬鹿ですねぇ」
「うるさい!」


 ブーツが濡れるのも厭わず。
 水面を揺らして彼に歩み寄る。
 濡れた手を引いて。
 赤い。
 赤い。
 まるで血溜まり。


「眉間、皺寄ってるぞ」
「いたっ、やめてくださいよ」
「何考えてた?」
「……何も」
「嘘つき。当ててやろうか?」
「おや、わかるんですか?」
「お前の考えることぐらい」


 わかるよ、と唇で呟いて。
 軽く触れて。
 塩辛さに、笑う。


「……なぁ、キレイだろ?」
「まぁ、そうですね」
「何の花かわかる?」
「そうですねぇ……」


 花をひとつ摘まみ上げ、観察してみる。
 まるでスカートのような。
 あるいは風鈴にも似て。
 特徴的な赤い花びら。
 どこかで咲いているのを見かけたような。
 あれは。


「……フクシア、でしょうか」
「ふくしあ?」
「おそらくは」
「ふぅん、フクシアかぁ」


 彼はすっかり空になった瓶に、赤い花を掬い取った。


「花言葉、とかわかる?」
「君は僕を辞書か何かと思ってます?」
「そ、そんなことないしっ」
「……色々ありますよ」
「どんな?」
「フクシアの花言葉は――」


 言葉を遮るように。
 突風に長い髪がなびいて、口許を塞いできた。
 見れば、海の色に淡い橙が混ざり始めていて。
 決して独占できないと知ってなおも乞う。


「……綺麗な色ですね」
「え?」
「ねぇ、綱吉くん」
「うん?」
「愛してますよ」
「――っ」


 途端に。
 この花のように。
 真っ赤に染めて。


「クフフ、そろそろ戻りましょうか」
「え、ちょ、まだ、花言葉聞いてないし!」
「自分で調べなさい」
「知ってんなら教えろよ!」
「何でも人に頼るのは君の悪い癖ですよ」
「これでもマシになったほうだろ!」
「アルコバレーノに言いつけますよ」
「それだけはイヤだ!」
「クハハっ」


 花の代わりに彼の革靴を拾い上げて。
 繋いだ手を引いて。
 濡れた足で砂浜を歩く。
 並んで残る足跡。
 それが一瞬で、消えるものだとしても。
 僕らは歩く。


「……これからも、よろしくな?」
「こちらこそ、どうぞよろしく?」




 笑い合って。








 いつか辿り着く。





 漂着点へ。







× × ×

ひっさびさに抽象的な話でした。
情景を思い浮かべながら、ただ波音に耳を傾けながら、読んでいただければな、と。

今後ともムクツナをどうぞよろしくお願いします!



フクシア(Fuchsia)アカバナ科の低木
 花言葉:恋の予感、信頼した愛、あたたかい心