「ちょ、誰っ!?」
「悪いごはいねがー!!」
「うわぁぁぁっ、よくわかんねぇけど怖ぇぇぇっ!!」
「悪いごはいねがー!!」
「やめっ、近寄っ、うわぁぁぁっ!?」
「悪いごはいね」
「いい加減になさいジョット!」
スパーンと軽快な音が響いて。
呆然としている綱吉の目の前で、なまはげの頭を叩いた人物はやれやれとため息を吐き出した。
「お前も落ち着きなさい、沢田綱吉」
その、どこかで見たことのある蒼い房頭。
「え……おま、デイモン・スペード?」
「おや、名前を覚えていましたか」
デイモンはわずかに目を細めると、口許を三日月に歪めた。
ていうかこいつ成仏したはずじゃなかったのか。
外人に成仏っていうのも何かおかしいけど。
それに何か格好も、元の変な服装に戻ってるし。
いやいやいやそれよりも。
「え、てことは、え、ジョットって、これ……プリーモ?」
おそるおそるなまはげに向き直った瞬間。
「正解だデーチモ!」
「ぎゃああああっ!!」
なまはげが突進してきた上に抱きついてきた。
「ハロウィンだから会いに来たぞデーチモ! 俺の可愛い孫よ!!」
「痛い! お面が地味に痛い!」
「元気にしていたか! まぁ指輪の中からおはようからおやすみまでいつも見守っているがな!」
「離しっ、痛いっ、わらがチクチクして痛い!」
「また背が伸びたんじゃないか将来が楽しみだなデーチ」
「綱吉くんから離れなさい腐れマフィアが!!」
視界の端に銀色がきらめいて。
ジョットは外したお面で突き付けられた刃を防ぎながら、軽い跳躍で後ろへと退いた。
その短い攻防戦に目を奪われた隙に、後ろから伸びてきた片腕で抱き寄せられる。
慌てて見上げると、色違いの瞳が不機嫌そうにジョット達を睨みつけていた。
「む、むく」
「何ですかこれは、なぜ過去の亡霊が綱吉くんの部屋に?」
けれど、向けられた敵意などまったく介さず。
「血気盛んだな若者は」
ジョットはやれやれと藁でできたマントを脱いでベッドの上に腰を降ろした。
それを見習ってか、
「んー、今のは完全に貴方が悪いでしょう」
デイモンも大人しくジョットの隣に座った。
そしていまだ状況が飲み込めずに突っ立っている綱吉たちに対して。
「まぁ立ち話もなんだ、座るといい」
この部屋の主然とした態度をとったものだから。
「勝手に人の部屋でくつろぐなぁぁぁ!!」
綱吉は衝動のままに、手に持っていた袋からお菓子を投げつけていた。
「ていうかなんでなまはげなんだよ」
床に散らばったお菓子を拾っては袋の中に戻していく。
「格好良かったから」
「あ、骸、それ全部こっち入れていいよ」
「無視してくれるな」
骸が集めた分も袋に入れてしまってから。
お礼にチョコレートをひとつだけ、その手に戻してやる。
骸は一瞬嬉しそうな顔をして、軽くこめかみに口付けてきた。
「こ、こらっ」
「クフフ、ありがとうございます」
熱くなる顔を背けるように、ベッドに座るジョット達を見遣る。
「そもそも、なんで実体化してんだよ」
「それはもちろんデーチモと楽しいハロウィンパーティを」
「なまはげはハロウィンじゃないだろ」
「そうなのか?」
「んー、その、なまはげというのは一体何なのですか?」
「なまはげも知らないんですか無駄な長生きでしたね」
「何ですって?」
続いていた会話が冷たい空気と共に途切れる。
デイモンは組んだ脚に頬杖をついて、高圧的に骸を見下ろした。
「んー、先の戦いから思っていましたが、随分とクチの悪い子どもですね」
骸もまったく気圧されることなく、上目遣いにも睨み返した。
「クフフ、あっけなく消滅した悪霊に好かれたいなど微塵たりとも思ってませんよ」
まるで火花が散って見える争いに。
「うわぁぁぁぁぁ」
悲鳴は自然と喉からこぼれた。
「ちょっ、プリーモどうにかしてよ」
「可愛い光景じゃないか怒るデイモンは本当に可愛いなぁ」
「やべぇこの人末期だ!」
いつだったか、ひと泡吹かせてこいとか言って背中押してくれた姿はどこいった。
房頭同士の罵り合いを眺める緩み切った顔からはまったく思い出せない。
まさかこれが初代の本当の姿か。
末孫にまで迷惑かけまくる先祖の姿か。
「まぁ、アレはさておき」
「置いとけるレベルなの!?」
「その菓子は食べてもいいものか?」
「えっ!? え、えっと……」
袋の中をのぞき、量を確認する。
「ぜ、全部はダメだけど……まぁ、少し、だけなら」
後で来るランボ達の分を考えて、ひとつふたつだけジョットの手に乗せてやる。
別に高級なお菓子でもなんでもないんだけど。
不安そうに綱吉が見つめる中で、ジョットは嬉しそうに微笑むと、
「ありがとう、デーチモ」
もう片方の手で綱吉の頭を無遠慮に撫で回した。
その力が強くて多少振り回されたけれど、なんとなく、悪い気もしなくて。
「どう、いたしまして……」
綱吉は残りを考えながら、あのデイモン・スペードの分も出してやろうと袋に手を入れた。
その時。
「あっ」
骸の、短い声が聞こえて。
「……何ですか、安いチョコレートですね」
まさか、と思って顔を上げると。
骸が驚いた顔で硬直していて。
その手に乗せてやったはずのチョコレートは消えていて。
代わりに。
「こんなチョコレートひとつでほだされるなど、霧の守護者も堕ちたものですね」
鼻で笑ったデイモンに、ギリ、と軋む音が聞こえるほど噛みしめて。
骸は素早く床を蹴ると――
「んんんっ!?」
己の口でもって、その口を塞いだ。
一瞬の硬直。
それから。
「何してんだバカぁぁぁ!?」
綱吉は骸の腰にタックルをかけた。
咄嗟にジョットがデイモンの肩を掴んだため、綱吉と骸だけが床の上に転がってしまう。
「な、何するんですか綱吉くん!」
「それはこっちのセリフだ!」
起き上がろうとした骸の腹部に馬乗りになり、その頬を全力で叩く。
「痛い!」
さらに返す手でも叩いてから。
「お前がチョコ大好きなのは知ってる! でもあんなことするなよ!」
「だ、だってせっかく綱吉くんにもらった」
「欲しいだけやるよ! チョコ全部やるからっ、だから、だからっ!」
まばたきと共に、雫がこぼれ落ちた。
「他の人と、きすなんか、すんなよぉ……!」
「綱吉くん……」
「骸の甲斐性なし!」
「ぐふぅっ」
涙を拭いながらも繰り出した正拳突きは真っ直ぐ鳩尾へと埋められた。
悶絶する間も与えず。
「変態!」
「ごふっ」
「変な頭!」
「うぐっ」
「センス悪い!!」
「ぐはぁっ」
言葉の暴力と共に、綱吉は骸の鳩尾を殴り続けた。
数分後。
「このような屈辱……最悪です……」
「ちょっとキスされたぐらいで何を言う」
床に直接正座し、お互い向かい合って反省会をしている綱吉と骸を眺めつつ。
ジョットは横で傷心しているデイモンの肩を叩いた。
しかし、返ってきたのは嫌味を含んだ視線で。
「んー? 沢田綱吉は怒り狂ったというのに、貴方は何も感じないのですか」
「嫉妬してほしいのか?」
「ちがっ、違います! わ、私は、私はただっ」
「それとも口直しが必要か?」
「っいりません!」
肩を抱き寄せようとした手を強引に払い、そっぽを向いてしまう。
それをくつくつと笑い、ジョットは再び綱吉を見遣った。
己の信念に一番近い、最後の子。
理想としたボンゴレを創造しつつも、ボンゴレを破壊すると言い放った奇異な子ども。
その理念は嬉しいものでもあり、また寂しくもある。
だからこそ。
嫌がられようとも必要以上に構ってしまうのだろう。
この憑代が壊されるその日までは、と。
「……俺たちも、ああして話し合っていれば何か変わっていただろうか」
「さぁ、私たちのことですから、何度繰り返そうと同じ結末に辿り着くのかもしれません」
抱えたものの違いから。
掲げたものの違いから。
ずっと、ずっと。
平行線のまま。
「それもそうだな」
笑って、ジョットは「よいしょ」と立ち上がり。
腰を伸ばしたりひねったりと軽い運動をしてから。
「デーチモ!」
「うわぁあっ!?」
正座していた綱吉に、勢いよく飛びついた。
「なっ、ちょ、プリーモ!?」
「本当にデーチモは可愛いな! とかく反応がおもしろい!」
「んなっ!?」
「綱吉くんで遊ぶな即刻離れなさい!」
有幻覚化すると同時に繰り出された三叉槍を身軽によけ。
「今日はこれで失礼する。菓子をありがとう、デーチモ」
「え、えっ」
「それと、愛しい者とは最期まで仲良くするのだぞ?」
「い、いとしいって」
あわあわと骸とジョットを交互に見遣る姿が可愛くて可愛くて。
心に満ちる衝動のままに。
「愛しているぞ、俺の可愛い子どもたち!」
ジョットは両腕を伸ばして綱吉と骸を一緒くたに抱きしめた。
「ぅわっ!」
「なっ!?」
驚きのあまり、ふたりともが応戦できないでいる内に。
「じゃあまたな!」
軽快な足取りで起き上がって。
呆れ顔のデイモンの腕を引くと、幻覚のように消えてしまった。
少しの静寂の後。
「結局、何しに来たんだよ……」
「本当に意味のわからない男ですね……」
脱力するまま、ふたりして床の上に寝転がった。
「あーあ、疲れた」
「体力の半分くらい奪われましたね」
「原因の半分くらいはお前だけどな」
引き寄せたクッションを頭の下に敷いて。
眠りの前に似た、長いため息。
少しだけ、近寄って。
どちらからでもなく手を重ねて。
真っ直ぐに目を合わせて。
「もう絶対すんなよ」
「はい」
「絶対だぞ?」
「はい」
「じゃあ、」
綱吉は持っていたチョコレートを、骸の口に近付けた。
薄く開かれた隙間から、そっと中へ押し込む。
チョコレートはあっと言う間に食べられてしまって。
骸は嬉しそうに目を細めた。
「おいしいです」
「そっか」
「でも、どうせなら綱吉くんで口直ししたいですね」
クスクスと笑いながら言ってみると。
「え、やだ」
思いのほか冷たい言葉が返ってきた。
まさか冗談かと思ったが、その表情は心底嫌そうで。
綱吉は眉間に皺を寄せたまま、顔の前で手を左右に振った。
「だって間接キスになるじゃん、絶対ムリ」
「ちょ、仮にそうだとしても、僕とのキスですよ?」
「ムリ」
「綱吉くん!」
「はいチョコー」
「むぐぅっ」
強引にチョコレートを口に押し込みながら身を起こしたところで。
扉の向こうから子どもたちの騒がしい声と、階段を昇ってくる足音が聞こえてきた。
そうだ、今日はハロウィンだった。
突然の訪問者のせいで忘れるところだったけれど。
「な、骸」
「……何ですか」
「いじけてんなよ」
「いじけてませんよ」
「今日、ハロウィンなのに、まだアレ聞けてない」
「アレ?」
起き上がりつつ、あぁ、と呟く。
「トリック・オア・トリ――」
☆
「ダメツナぁ! とりこんこーん!」
「トリック・オア・トリートだよ、ランボ」
「悪戯! 菓子!」
「はいはい、今開けるからなー」
応えながら逃げていく真っ赤な耳。
頬を押さえた手の平に熱を感じつつ。
知らず、破顔して。
「そういうところも好きですよ」
「うるさい!」
飛んできたチョコレートは見事、額の中央にヒットした。