夕食を終えて部屋に戻ると、床一面に豆が広がっていた。
「まぁ、予想はしてたけど」
苦笑しつつ、さて、とひとつずつ豆を拾い始める。
惨状の原因は二時間ほど前のこと。
「おにはーそと! ふくはーうち!」
お決まりの掛け声と共に、フゥ太やランボ達が家中に豆をまいていったのだ。
もちろん綱吉の部屋も例外でなく、子ども達は楽しそうに豆まきをして逃げていった。
それを追いかけた延長でお寿司を食べて。
「楽しかったからいいけど」
今回は鬼役とかさせられなかったし。
いつぞやのことを思い出し、小さく身震いする。
豆というのは攻撃力は低いけれど、地味に痛かったりするのだ。
「あーあ、こんだけ福が落ちてりゃいいんだけどなぁ」
用意していた袋はすぐにいっぱいになり、仕方なく手の中に集めていく。
「窓も開けっ放しだし」
やっと踏み場もでき、窓を閉めようと手を伸ばしたとき。
「こんばんは、綱吉くん」
「うわああああっ!?」
突如現れた侵入者に、思わず、手の中の豆を全力で投げつけていた。
それも、かなりの至近距離で。
しかも、股間に向けて。
数分間の悶絶の後。
骸はひきつった笑みで綱吉の喉元を掴んだ。
「なかなかの、歓迎ですね?」
「おおお前が急に出てくるから!」
その腕を叩いて、離すよう訴える。
「ていうか! 窓から入んなって何度言ったらわかるんだよ!」
「玄関から入ると色々手間でしょう」
「ジョーシキ的に!」
「クフフ、常識などに囚われていては世界征服などできませんよ」
「うわぁイタい!」
思わず口からこぼれた本音が気に障ったのか。
骸は器用に片目だけ細め、掴む手に力を込めた。
「君は本当に失礼な子どもですねぇ」
「痛い痛いすみません!」
絞まっていく喉に慌てて降参の意を示すと、鼻で笑いながら手を離された。
そのまま床に膝をついて軽くむせ込む。
「ぼ、ぼーりょく反対っ」
「教育的指導って言うんですよ」
絶対違う。
そう思ったけれど保身のためにも口には出さず。
綱吉はため息ひとつ吐き出して、再度ぶちまけた豆を拾い集めた。
「そういえば今日は節分でしたか」
「そうだよ、そんで今片付けてんの」
「手伝いましょうか?」
「誰のせいだと……」
「クフフ」
横にしゃがみ込む気配に視線を向けようとした瞬間。
「いふあっ!?」
両頬をつまみ上げられてしまった。
「生意気な口はコレですかね?」
「やーえーりょーよぉぉ」
骸の腕を掴んだせいで、せっかく拾った豆がまた散らばってしまう。
これではちっとも片付きやしない。
「親切は素直に受け取るものですよ?」
「はーにゃーへぇぇ」
「クっハー、間抜けな顔ですねぇ」
「むーくーおぉぉ」
仕返しに頬をつねってやろうと考えたものの、悔しいことにリーチが足りない。
ぺちぺちと腕を叩いたりしながら。
何かないか、と。
左右に視線を振った先で、先ほど豆を入れていた袋を見つける。
あれをぶつければ。
「うーっ、うーっ」
なんとか手を伸ばして、それを掴み取ったとき。
「悪いごはいねがー!」
「にゃああああっ!?」
突如現れた侵入者に、全力で袋を投げつけていた。
それもやはり、股間に向けて。
数分間の悶絶の後。
ナマハゲは小刻みに震えながらも、ぐっと親指を立ててみせた。
「い、いい、投球だったぞ、デーチモ……っ」
「ごごごめんっ、さすがにごめんなさいっ」
不運にも袋の口を縛っていたせいで、いうなればコブシ大の玉を急所にぶつけたカタチになってしまった。
霊体なのか妖精なのかよくわからない存在ではあるけれど、やはり確実に痛かったようだ。
ナマハゲは己の腰を叩きつつ、もう片方の手でお面を外した。
当然、現れたのは綱吉によく似た容姿の青年――初代ボンゴレボス。
「いやしかし、鬼役として豆をぶつけられに来たのは確かだが、まさか塊で喰らうとはな」
「ほんとにごめんなさい」
「はっはっ、気にするな、子どもは元気なぐらいが丁度いい」
初代は快活に笑い、綱吉の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
同じように骸の頭も撫でようとしたけれど、骸が許すはずもなく、片手で叩き落されてしまった。
「僕に触らないでください」
きつく睨みつけ、綱吉を抱きしめるようにして距離を置く。
よく考えれば、初代は骸の嫌悪するマフィアを作った人物でもあるのだから、当然といえば当然の反応かもしれない。
その割には、こうして自分にくっつきたがるから不思議だ。
「ところで、もしや逢瀬の最中か?」
「おうせ?」
知らない言葉に、首を傾げながら初代を見上げる。
「つまり、室内デート中か、と」
「で、デートっ、てっ!?」
「そうですよ。だから老害は早々に消えてください」
「むくろ!?」
慌てて両腕を突っ撥ねて離れようとするも、さらに抱き寄せられてしまう。
初代がいるのにこんなに密着するなんて。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
「はずかしい!」
「ぐふぅっ」
突き上げた拳は見事に骸の顎を跳ね上げ、綱吉は無事に腕の中から脱出することができた。
「別にで、デートでも、何でもないだろ」
結局新しい袋をもらってきて、その中に集めた豆を入れていく。
「おや、逢いに来ないほうが良かったですか」
「そ、そんなことは、ないけど……」
もっと約束とか訪れ方とか配慮とか、あってもいいと思う。
そういう意味で言葉を濁したというのに、骸は綱吉の頭を撫でて言った。
「綱吉くん、かわいい」
「だからかわいいって言うな!」
「ひゅーひゅー」
「無表情のままで言うな!」
過去の反省から、豆でなく手元のクッションを投げつける。
ベッドに座る初代は涼しい顔でそれを受け止め、抱きかかえるようにして膝に乗せた。
「なぜ照れる? お前たちは恋仲なのだろう?」
「こ、こいなか?」
「恋人同士という意味ですよ」
「こ、こいびとっ?」
「違ったか?」
「いかがでしょうね、綱吉くん?」
骸は拾った豆を袋に入れながら、笑って小首を傾げた。
聞かなくてもわかってるくせに。
上目遣いに睨んでみせても、楽しそうに独特の笑みをこぼすだけ。
逃げるように視線を振った先では、初代が考えの読めない無表情でこちらを見ていた。
どっちもタチが悪い。
綱吉は短く唸ったあと、
「そ、そうだよ、恋人同士だよ!」
真っ赤になって、視線を明後日の方向に向けながらも、肯定の言葉を口にした。
途端にきつく抱き寄せられて。
無言で拳を見舞う。
「クフフ、綱吉くんは本当に照れ屋さんですね」
「気持ち悪い」
まだ火照ってる頬を手で冷やして、回収用の袋とは別にもらってきたものをテーブルの上に置く。
「それは?」
「食べる用の豆、母さんがおやつにって」
袋を開けると、撒いてたのとは違う豆が出てきた。
うっすら醤油色に染まっていて、小さな海苔がまぶされている。
「おいしそー」
「歳の数だけ食べるといいそうですよ」
「うん、なんかそう言ってた」
一枚ずつ広げたティッシュの上に、声に出して数えながら豆を置いていく。
「じゅーよん、と、じゅーご、な」
「もうひとつ、いや、ふたつだぞ、デーチモ」
「え?」
「豆は数え年にひとつ足した個数分だけ食べるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
じゃあ、とふたつずつ追加する。
合わせて十六個と十七個。
「いただきまーす」
「いただきます」
お豆は恵方とか関係ないんだろうか。
何となく骸を見ながら食べていると、目が合いかけたので慌ててそらす。
すると、後ろからクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「何だよ」
「いや、初々しいものだな」
「からかうなら帰れよ」
「邪魔するなら帰ってください」
「はっはっ、そう言ってくれるな」
「ていうかいつまでいるんだよー」
「ていうか何しに来たんですか」
「それはもちろん、可愛い孫たちの成長を見ようと」
「成長って……」
「なぜ僕まで孫に含めてるんですか」
ふたり同じようにため息を吐き出す。
「いや、嘘でなくな、」
初代は組んだ脚の上に頬杖をついたまま、琥珀色の目を悠然と細めた。
「お前たちが仲良くする姿は、本当に、見ていて嬉しくなるんだ」
なぜか、と問おうとして、不意に答えに行き当たる。
俺と骸。
大空と霧。
それは。
それは――
綱吉の戸惑いが見えたのだろう、初代は立ち上がり、綱吉の頭を撫でた。
「これからも、ずっと、仲良くな」
どこかさみしい声音。
「プリーモ、あの、」
「さて、そろそろいい時間だし、俺は消えるとしよう」
「え、でも、まだ」
「夜というのは長いようで短い。コトを致しているとなおさらな」
「ことおいた?」
意味がわからず骸を振り向こうとして、突然、両手で頭を挟むように掴まれてしまった。
「ちょ、なんでっ」
骸は綱吉の両耳をふさいだまま、初代を睨み上げた。
「綱吉くんになんてこと吹き込むんですか、この老害!」
「むくろっ、はーなーしーてぇ」
「はっはっ、卒業や成人まではなどと悠長に待たずに盛り上がったときに抱いてしまえ」
「黙れ! これだからマフィアは!」
「みーみぃっ、きこえないだろぉーっ」
「大人になるとな、感情が複雑になる上に躊躇いが増えて厄介だぞ」
「クハっ、経験論ですか?」
「もーっ、いーかげんにしろよぉーっ」
「そうだな。だから老人の戯言として聞いておけ」
骸の腕の中で暴れる綱吉の頭を軽く叩き、初代は淡く笑みを浮かべて告げた。
「終わりよければすべて和姦だ」
間。
「――っ地獄へ堕ちろ!!」
叫んで有幻覚化した三叉槍を振り下ろすも、すでに初代の姿はそこになく。
「ちょ、何言っちゃってんの!?」
最後の怒声だけ聞き取った綱吉は、慌てて骸の腕を掴みながら振り返った。
どうして耳を塞いだのかも、何に怒ったのかもわからないけど、初代がいらないことを言ったのは確かだ。
一体どんな会話をしたというのか。
ていうか、とりあえず武器をおさめさせないと。
「骸、落ち着いて」
そう言って、右手を軽く叩きながら顔を覗き込むと。
「――っ」
驚いた顔で身を引かれてしまった。
「え、ちょ、何だよその反応」
離れた分だけ近づこうとしても、
「何でもありませんよ」
肩を掴んで押しやられてしまう。
「……プリーモが言ったことが原因?」
「い、いいえ?」
絶対そうだ。
「プリーモなんて言ってたんだ?」
「綱吉くんは聞かなくていいことです」
「気になる」
じり、と膝を擦って。
「忘れなさい」
じり、と後ろへ下がられる。
「骸だけずるい」
「僕は君より大人なんです」
「ひとつ違いじゃん!」
「精神的な話です」
「なんだよ精神的とか!」
「わからないのが子どもなんですよ」
「エっラそーに!」
「はいはい、いい加減にして」
「力なら! 俺のが強いんだからな!」
「ちょ、綱吉くっ」
両手首を掴んで引っ張り、上体を使ってそのまま骸を押し倒して。
それから、浮いていた腰を真下に落とすと。
簡単に馬乗りポジションを勝ち取ることができた。
にやりと笑って宣言する。
「どーだ!」
「どうだって、君は、本当に、もう……」
骸は長いため息の後に、ぼそりと呟いた。
「鈍感というか無神経というか」
「なっ、なんだよっ」
「まだまだお子様ですね」
「ガキ扱いすんな!」
「お子様でしょう」
「なん――」
胸倉を掴まれ、引き寄せられた瞬間。
左右の視界に、それぞれ違う色が映って。
呆然と触れると、そこには乾いた感触しかないのに。
沸騰した。
「ばばばばかっなにすりゅっ、んだよっ!」
「クハハっ、綱吉くん、真っ赤っか!」
「むぅっ、骸だって! 顔赤い!」
「綱吉くんが、おかしくてっ」
「笑うなぁっ!」
「クハハハっ」
「むーくーろぉっ!」
殴ろうと振り下ろした手首は捕えられて。
引き込まれ、そして、抱きしめられた。
「まぁ、僕らは、僕らなりのペースで進みましょう」
「……何の話だよ、もう」
「どうでもいい話です」
「ふーん」
すっかり気の抜けた相づちとともに、骸の胸の上に頭を落とす。
心地よいぬくもりと。
「俺たちは、ずっと一緒だよな?」
「そう願ってますよ」
「絶対」
「はいはい」
「毎年一緒に豆食ってさぁ」
「その内、食べきれなくなりますよ」
「山盛りの豆とか、あはは」
「クフフ、五十個とかになったら無理ですよね」
「それはさすがに」
「でもまぁ、」
耳に直接響く鼓動の音は少し速くて。
これが気のせいでなければいい。
「笑ってしまうぐらい、一緒にいましょうね」
「……うん」
だって。
自分だけがこんなに舞い上がってるとか、恥ずかしすぎるから。