「――でさぁ、てか聞いてるのかよリボーン!」
鼻ちょうちんすら膨らませている赤ん坊に対して、ツナは声を張り上げた。
しかし、赤ん坊は気にする様子すら見せず、
「聞いてるぞ。山本と獄寺のことだろ」
憮然とした態度で答えた。
いい加減慣れてきたとはいえ、やっぱり腹立つ。
でも、今はそれを怒ってる場合じゃない。
「……二人とも、仲良いはずなのに、いつもケンカっぽい雰囲気でさ」
「まぁ部下の間を取り持つのもボスの役目だ。つーことで、今回の特別講師だ」
「え?」
リボーンの指差した方向を見遣るよりも早く、
「お久しぶりですボンゴレ!」
六道骸が後ろから抱き付いてきた。
「ぎゃあ!」
いろんな意味で寒気が襲い掛かる。
本気で暴れてその腕から逃れると、ツナは臨戦態勢で骸を睨みつけた。
「む、骸、お前、なんでっ」
「なぜとは他人行儀な。僕と貴方の仲じゃないですか」
「どんな仲だよ! つかリボーン!」
とにかく説明をつけさせようとリボーンの方を向こうとして、
「話は聞きました。貴方の部下をくっつければいいんですねお安い御用です。クフフ、部下が腑抜けになれば貴方を狙いやすく――いえ、僕に任せれば貴方の懸念などすぐに消えるでしょう!」
「今ちらっと不穏なこと言ったよねぇ!?」
と、思わず骸に視線を戻した隙に、
「じゃあがんばれよ」
リボーンはさっさとどこかへ消えてしまった。
「ちょ、リボーン! ちょ、マジで……マジかよぉ……」
「まぁまぁアルコバレーノのことなど気にせず。せっかく二人っきりになれたのですから」
肩に置かれた手からぞくぞくっと悪寒。
「ご、獄寺くんと山本探そう!」
ばしっと手を振り払って、ツナは骸を置いていく勢いで歩き出した。
「……クフフ、じらしプレイも嫌いではないですよ」
違ぇーよ! つか二人きりなんて嫌だ誰か助けて!
あくまで心の中で叫んで、ツナは歩調を速めた。
よく屋上で昼メシを食べてるのを思い出して行ってみると、案の定、二人はフェンスにもたれかかるようにして、並んで座っていた。
二人から見えない位置に隠れて、まずは様子を見ることにする。
「……つか、なんでお前なんだよ」
「おや、僕はこれでも部下の仲をまとめるのは得意なんですよ。犬と千種はとても仲が良いですし」
二人のことを思い出して、それから問う。
「仲、いいの?」
「えぇ。犬は引きこもりがちな千種を散歩に連れ出してくれますし、千種は落ちてる物も食べようとする犬を注意してくれますしね」
それって彼らの素行自体をどうにかした方がいいんじゃあ。
「最近はクロームの世話も二人でしっかりやってくれてますよ」
世話してるっていうか、それもどうか微妙なラインかと思うけど。
でも、骸から伝わってくる温度は、意外にも温かいものだった。
「……信頼、してるんだな」
自然とこぼれた言葉に、骸は目を丸くして、それから口元に手を当てた。
「ヤキモチですか? クフフ、心配なさらずとも僕は貴方だけを」
「うぜぇ!!」
感傷とか全部一瞬で吹き飛んだ!
「まぁ僕のことはさておき、何か話しているようですよ」
見つからないように顔を出して、耳を澄ます。
『――んで、一緒にいるんだよ!』
『いーじゃん気にすんな』
『消えろ!』
見るからに対照的な二人。
「やっぱりケンカしてる……」
「喧嘩するほど仲が良いとも言いますけどね」
「でもやっぱり、俺は……」
ファミリーとか関係なく、友達として、二人に仲良くあってほしいと思う。
「何群れてるの」
凛と通った声。
見上げて、固まる。
「おや」
「咬み殺す」
「ひぎゃ――! ひ、ヒバリさん待ってくださいぃ!!」
迷わず骸に襲い掛かろうとする雲雀の片足に、ツナはしがみついた。
ひとまず、動きが止まる。止まったのだが、
「校内に部外者を入れるのは校則違反だよ。止めるなら君も一緒に咬み殺すよ」
矛先がこっちに変えられただけだった。
「相変わらずですね。暴力は解決になりませんよ?」
「煩いよ」
やばいやばいやばい。
何か何か言い訳とか別の何か気を逸らすとかそうだ!
「ひ、ヒバリさん! そういえば、り、リボーン、が、探してましたよ!」
「……ふぅん」
す、とトンファーが下ろされる。
「まぁ嘘ならどうせわかるしね。あとでまた来るよ」
肉食動物の笑みを残して、雲雀は軽やかに学ランをはためかせて消えていった。
安心と共に息を吐いたとき、
『今、十代目の声が!』
また体が硬直する。
『えー、気のせいじゃね?』
ナイスいい加減山本!
「ちょっと本当なんでこんな疲れてんだろ」
「無能な部下を持つと疲れるだけですよ。だから僕に貴方のすべてを」
「あ、そうだ。ディーノさんなら何かいい案とか」
「呼んだか?」
ちょうどいいタイミングで、ディーノが扉の影から顔を出した。
なんていうか、なんだろう、輝いて見えるのは気のせいだろうか。
「え、でも、どうして」
「色々とひと段落したからな。ちょっくら顔見に来た」
「ディーノさん……!」
しがみつきたくなるのを堪えて、ツナは事情を説明した。
「――というわけで」
「ふぅん。あの二人をねぇ」
影からこっそりと二人を観察する。
『獄寺のタバコって変なニオイだよな』
『洋モクだからな、つかいつまでいるんだよ!』
げしげしと山本が容赦なく蹴られる。
どうしてあんなに邪険にするんだろう。
その理由も合わせてディーノに聞こうとした矢先に、
「クフフ、こんな人に任せずとも」
骸はどこから取り出したのか、小さな鏡を手に立ち上がった。
「何するつもりだよ」
「今にわかりますよ、ボンゴレ」
鏡が反射した光が獄寺の目元に当てられる。
『っ?』
獄寺は一瞬目を細めて、光の元を探すように辺りを見回してから、驚いたように目を見開いた。
そのせいで、視線を真っ直ぐに受け止めてしまう。
叫ぼうとした口は笑みの形に歪み、
『ク、フフ』
独特な笑い声がこぼれ落ちる。
獄寺は口元を歪めたまま、山本を押し倒して、その腹の上に馬乗りになった。
『うわっ獄寺、なんだよ、急に』
『――さぁ、山本武! 僕に欲情しっぐふぁあ!!』
ツナの拳が勢いよく骸のみぞおちに埋まる。
「むくろぉぉ!!!」
「素晴らしいブローですよボンゴレ、くはっ」
「意味わかんないよ! なんで獄寺くん操ってるんだよ!?」
「この方が手っ取り早いかと」
駄目だこの人何が間違ってるのかすら理解してない!
『獄寺? 急にどうしたんだよ大丈夫か?』
馬乗りされたまま、山本は獄寺の頬に触れた。
『う……頭痛ぇ……』
「つか骸お前何のために来たんだよこの役立たず!」
「!!!」
骸は軽く目を見開いて、うつむくように視線を落とした。
なんとなく、罪悪感。
「骸……」
「言葉責めとは、新しいスキルですね、クフ、クフフフフ」
ぞくぞくぞくっと怖気が全身を駆け抜ける。
少しでも同情しそうになった過去を抹消したい。
もうできることなら今日の今までの出来事すべてリセットしてしまいたい。
いや、でも、まだ希望がついえたわけでは――
「ディーノさん! どうすれば、いいと、思いますか!?」
ツナの迫力に多少引き腰になりながらも、ディーノは苦笑いして、
「どうすればって……別にどうもしなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「だってほら」
すっと、長い指が二人を指し示す。
つられるように視線を振ると、山本の上で獄寺が顔を赤く染めているのが見えた。
『な、なんで俺こんな』
『なんか突然押し倒された』
『はああぁあ!?』
『積極的ってのも、俺は好きだぜ』
いつものように笑って、山本は獄寺のシャツの中に手を入れた。
『ちょ、変なトコ触んな!』
その手を掴んで、とにかく降りようとする獄寺と、離そうとしない山本。
「…………え? え、えぇ?」
「ツナが気に病まなくても、あいつら仲良いっつか、それ以上っぽい――」
「どうして貴方までいるの」
凛と通る声、再び。
「っ恭弥!」
ツナとディーノは同じように振り返って、同じように怯えた表情を見せた。
「……校内に部外者を入れるのは校則違反だって言ったよね」
「いや、あの、これはっ」
「咬み殺すよ」
「っぎゃ―――!!」
隠れることも忘れて、ツナはその場から飛び出した。
「え、十代目!?」
「あれ、ツナじゃん」
ガツンとぶつかり合う音。
振り返ると、雲雀のトンファーとディーノの鞭が拮抗を極めていた。
「は、話を聞け恭弥!」
「命令しないでくれる?」
一度離れて、今度は息つく暇も与えない打撃戦が始まる。
「ちょっ待っなんで俺だけ!?」
叫びつつディーノが逃げて、それを追いかけて雲雀も走り去っていってしまった。
獄寺が慌てた様子で、山本は何も気にした様子もなく、ツナに駆け寄った。
「十代目っ一体どうしたんスか!?」
「いや、あの、えっと」
さっきのあの光景を見てしまい、なんとなくまともに見れない。
だって、あんなの、初めて見た。
「いっそ全部話してしまえば良いじゃないですか」
「骸! お前がどうしてここにっ」
条件反射のように現れた爆弾をさらりと無視して、骸はツナの肩を軽く押した。
「ボンゴレからお話があるそうですよ」
「どうしたんだよツナ。なんかあったのか?」
ひょいと覗き込むように、山本が軽く屈む。
「……あ、のさ、」
なんて言おう。なんて言えばいいんだろ。
「山本と獄寺くんさ、いつもケンカばっかしてるからさ、オレ、てっきり、すごく仲悪いんだと、勘違い、してて、その……」
「ツンデレのツンならツンとわかりやすくツンツンしなさいと」
「な、何言っちゃってんの!?」
しかし、ツナのつっこみも気にせず、骸は言葉を続けた。
「ボンゴレは鈍感なんですから、交際してるならはっきりと報告を」
その言葉に、獄寺は再び顔を赤く染めて、
「こっ……交際って……」
「話さなくてもわかるかと思ってたけど、そっか、あぁ」
山本はにっこりと笑って、
「俺たち付き合ってるぜ」
あっさりと告白してくれた。
「何言ってんだよ!」
「改めて言うと照れくさいな、獄寺」
「うっ……」
山本の何事も包み隠さない性格はいいと思うけど、この場合はなんだか獄寺に同情してしまう。
ていうか、ストレート投げすぎ。
「やれやれ」
両手を軽く挙げて、骸は大きなため息をついた。
「とんだツンデレでしたね」
「っ骸テメェ!」
「暴力はいけませんよ。さて、僕はそろそろおいとまさせていただきます」
「逃げんのか!」
再び現れた爆弾もやっぱりさらりと無視して。
「それでは、沢田綱吉」
すいとツナのあごをすくい上げると、唇でその頬に触れた。
「ひっ、な、な、なぁ!?」
あんまりにウブな反応に、骸は自然と笑む口元を押さえた。
笑っているはずなのに。
その瞳が一瞬だけ淋しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
「むく――」
「またお会いしましょう」
最後にウィンクを見舞って、骸は姿を消した。
代わりに、クロームが現れる。
「あ……えっと、あの、」
きょときょとと辺りを見回してから、クロームは勢いよく頭を下げた。
「失礼しますっボス」
それから逃げるように、走っていってしまった。
なんとなく獄寺を見遣ると、怒りのやり場を見失って、山本に八つ当たっていた。
「ホント疲れた……」
全身の力が抜けるのに任せて、その場に座り込む。
「すみません十代目……ボスに心配させるなんて、右腕失格ですっ」
「そんな、オレが勝手に勘違いしてただけだから」
「ごめんなツナ、今度からは全部ちゃんと話すから」
「いや、それはごめん遠慮する」
山本のことだから、本当に最初から最後まで全部話しそうで。
悪い意味じゃないんだけど、たぶん聞くに堪えない。
「でも、二人が嫌い合ってなくて、よかった」
二人の手を取って、えへへ、と笑う。
結局、自分自身じゃ何もできなかったけど。
「うまくいったみたいだな」
「リボーン!」
一体どこから登ったのか、給水タンクの上からリボーンがぴょいと降りてきた。
「骸の扱いもうまくなったし、今日のところは合格だ」
へっと笑う。
「なかなかの、アメとムチの使い分けっぷりだったぞ」
「アメとムチって」
「フラグもたったし、骸の攻略も間近だな」
褒めてんだかけなしてんだかわからない表情。
骸もよくわからなかったが、一番身近にいるこいつが一番ワケわからない。
「つか、攻略ってなんだよ」
「攻略は攻略だ。がんばれよ」
「何を!」
リボーンは少し黙ると、はんっと鼻で笑った。
「なんかムカツク!!」
しかし、どんなに抗議しても答えるつもりはないようで、
「少しは自分で考えろ」
それだけ告げて、リボーンはどこかへ行ってしまった。
どこまで放任の家庭教師だ。
いや、いやいや、家庭教師だとか認めてないけど!
「ま、ツナ、相談ならいつでも乗るから」
「十代目の魅力をもってしてなら、骸なんてイチコロですよ!」
「魅力って……」
ふと、攻略の意味を悟ってしまう。
「え、まさか、」
骸をオトせってこと!?
「攻め方なら教えてやれるんだけどなぁ」
「山本っ十代目に何教える気だ!」
「獄寺にしたあんなことやそんなこととか?」
ばきっといくはずの拳をひょいとさけて、その腰を取る。
「なんなら実演して見せようか」
「てっ」
「冗談だって」
山本は楽しそうに笑って、獄寺の頬に口付けた。
それを見て、骸が最後に触れた場所に手を当てる。
なんとなく、目の前の二人のように、骸とじゃれ合う姿を思い浮かべてしまってから、
「ないないない!」
ツナはがっつり否定しておいた。
その間にも、山本は獄寺の腰を引き寄せようとして、獄寺は山本の頭を掴んで引き離そうとしていた。
今日一日、本当に何悩んでたんだろう。
「……仲、良いね」
「どこがスか!」
間髪入れずの反論に、ツナは笑みをこぼした。
一人で悩むことからすでに、無駄なことだったんだ。
仲間がいるだけで、何もしなくても解決してしまうんだから。
マフィアのボスってのは嫌だけど、この輪の中にいるのは心地いいから。
―――でも、
カミングアウトしたからって、このイチャつきっぷりはどうなんだろう。
「はーなーせー!」
「あはは」
さわやかに笑ってるけど、それ、本気で嫌がってると思うんだけど。
ツナは青空に視線を投げて、長いため息を吐き出した。