04 | お父さんは基本的に一人娘の彼氏が嫌い。



『 お父さんは基本的に一人娘の彼氏が嫌い。 』






 昼下がりの保健室。
 開け放した窓からは少し冷たい秋風。
 そろそろ閉めようかと思ったとき、隼人が口を開いた。
「なんでキスって、あんな、苦しいんだ?」
 目の前が真っ暗になるっつーのを、久々に体感した。



『山本武! 今すぐ体育館裏に来い!!』

 掃除を始めようとした頃合い。
「今の、シャマルか?」
「なんで俺が?」
 当番であるツナを手伝おうとしていた二人は、同時にスピーカーを見遣った。
 しかし、もう音は流れてこない。
「……山本、何かしたの?」
「ありゃあ相当怒ってる感じだぜ」
 うーんと唸って考えてみるが、怒らせたような記憶はさっぱりない。
「ま、掃除終わってからでいっか」
「今すぐって言ってたよね!?」
「さっさと終わらせようぜー」
「ちょ、山本!」
 ツナのツッコミの甲斐なく、結局掃除が終わってから体育館裏に行くことになった。



 当然、
「この俺を待たせるとは、いーい度胸だなぁ!?」
 落雷。
「掃除当番だったんで(ツナが)」
「当番でも何でも、俺が今すぐ来いっつったらすぐ来やがれ! つぅか一人で来いよこういうときは!」
 言って、びしびしっと隼人と沢田を指差す。
「しゃーねぇだろ、十代目が心配だからついて行こうって言われたんだからよ」
 う、と言葉を飲み込む。
 いや、ここで大人がびしっと言ってやらんと。
 つかなんで隼人はこんなときでも反抗期なんだ。
「じゃあ沢田に訊くが、こいつと隼人はマジで付き合ってんのか? ボスとして、それ認めてんのか?」
「すっごい流れ弾キタ!」
「おま、シャマル! 十代目になんてことを!」
 顔を赤くして吠える隼人をひとまず抑えて、沢田はやや視線を逸らしながらも、答えた。
「まぁ、うん、なんとなく。認めるとかそんなんじゃないけど、えと、二人が仲いいのはいいと思うし」
「仲いいっつーレベルじゃないだろ! おい山本!」
 がしっと襟首わし掴む。
「お前、隼人にどこまでした」
「軽いCまで」
 さらりと。
「獄寺くん、Cって?」
「さぁ、俺にもわかりません」
 とかなんとか横でにゃんにゃん言ってるのは放っておいて。
「お前の頭に『清い交際』っつー言葉はないのか!?」
「思春期だしなー」
「んな思春期あるかぁ!!」
 襟首を掴んでいた手を、突き飛ばすようにして離す。
「ここはひとつ、教育的指導が必要なようだな」
 これはできれば使いたくなかったんだが、まさかここまでとは――許しがたし。
 俺は取り出したカプセルを親指で弾き飛ばした。
 中から現れたのは、病原菌を保有するモスキート。
「なに、普通のインフルエンザさ」
「普通とか関係ねぇー!」
「やっちまいな!」
 一声、モスキートは山本に向かって針を―――
「よっと」
 突き刺す間もなく、バットで一閃、瞬殺された。
 ―――間。
 って、こうしてる場合じゃなく。
「まだだっ」
 今度は一匹だけではなく、ケースに残していた他のモスキートをまとめて同時に解放した。
 一斉に襲いかか―――
 ぶん。ぷち。
 ぶんぶん。ぷちぷち。
 ぶんぶんぶん。
「……教室にカバン取ってきます」
「あ、俺もっ」
 隼人と沢田の後ろ姿が消える頃には、モスキートは一匹も飛んでいなかった。
「もう終わりっすか?」
 爽やかな笑顔。
 いや、違う。爽やかじゃねえ。
「……お前、何考えてやがる」
「何っていうか」
 笑顔のまま、目の色だけ変わる。
「おっさんさえクリアすりゃ、獄寺が俺のもんになるんだなぁって」
 言い終わると同時に深く踏み込み、次の瞬間には、
「んなっ!?」
 とっさに出した左腕と、山本の刀の峰が紙一重の位置に止まっていた。
 こ、ここに来て寸止めって、どんだけ肝が据わってんだコイツは……!
 間近に鋭い瞳。
「本気で、獄寺もらうぜ」
「だ……誰がやるか! 絶対渡さん」
 腹めがけて放った拳は、やすやすとかわされてしまった。
 とんとん、と軽いステップで元の場所に戻って、へらりと笑う。
「ま、最終的に決めるのは俺らじゃないしな」
「そりゃどういう――」
「まだやってんのか?」
 面倒くさそうな声。
 見ると、隼人がカバンをふたつ持って戻って来ていた。
 ふたつ。
 わざわざ山本の分まで。
「おら、もう帰るぞ」
 無造作にカバンを投げて渡す。
「おう、サンキュー」
 山本はそれをキャッチすると、律儀に待っている隼人に駆け寄った。
 目の前で繰り広げられる青春の一ページ。
 じゃなくて。
「ま、隼人!」
 呼び止めて振り向いた顔には、完全に不機嫌な表情。
「十代目を待たせてんだよ」
 長年の付き合いから、これは本気で怒ってるんだとわかる。
 わかるがしかし、ここで引いては隼人の貞操が守れん……!
「こ、コイツとなんて、んなの認めねぇぞ」
「はぁ? 何言ってやがる」
「父親として、コイツだけは認められん!」
 少しの、間。
 それから、隼人は小さく息を吐き出した。
「つかお前、父親じゃねぇし」
 ぐっさり決定的致命傷攻撃。
 俺はがっくりとその場に膝をつくと、深くうなだれた。
 それでも反抗期の隼人は冷たく、
「じゃあな」
 それだけ言って、きびすを返した。
「そういや、ツナは?」
「笹川兄妹と門の所で待ってる」
「そっか」
 くそ、楽しそうな会話しやがって。
 昔はもっと、素直……ではなかったが、それなりに可愛げがあったってのに。
 それもこれも!
 せめて睨みつけてやろうと、顔を上げた瞬間見たものは、


 笑ってない笑みを浮かべた


 山本の顔だった。
 寒気つか悪寒。
「――っ隼人! そいつは、本気でやめとけ! やめるべきだ!!」
 悲鳴に近い訴えは、しかしただ響くだけで、隼人には届きもしなかった。



 第一ラウンド結果
  ○ 山本 − シャマル ×



「俺は絶対に絶対認めないからな―――!!」





× × ×

がんばれお父さん、みたいな。
ウチのシャマルはどこまでもお父さん設定にこだわります。