昼下がりの保健室。
開け放した窓からは少し冷たい秋風。
そろそろ閉めようかと思ったとき、隼人が口を開いた。
「なんでキスって、あんな、苦しいんだ?」
目の前が真っ暗になるっつーのを、久々に体感した。
『山本武! 今すぐ体育館裏に来い!!』
掃除を始めようとした頃合い。
「今の、シャマルか?」
「なんで俺が?」
当番であるツナを手伝おうとしていた二人は、同時にスピーカーを見遣った。
しかし、もう音は流れてこない。
「……山本、何かしたの?」
「ありゃあ相当怒ってる感じだぜ」
うーんと唸って考えてみるが、怒らせたような記憶はさっぱりない。
「ま、掃除終わってからでいっか」
「今すぐって言ってたよね!?」
「さっさと終わらせようぜー」
「ちょ、山本!」
ツナのツッコミの甲斐なく、結局掃除が終わってから体育館裏に行くことになった。
当然、
「この俺を待たせるとは、いーい度胸だなぁ!?」
落雷。
「掃除当番だったんで(ツナが)」
「当番でも何でも、俺が今すぐ来いっつったらすぐ来やがれ! つぅか一人で来いよこういうときは!」
言って、びしびしっと隼人と沢田を指差す。
「しゃーねぇだろ、十代目が心配だからついて行こうって言われたんだからよ」
う、と言葉を飲み込む。
いや、ここで大人がびしっと言ってやらんと。
つかなんで隼人はこんなときでも反抗期なんだ。
「じゃあ沢田に訊くが、こいつと隼人はマジで付き合ってんのか? ボスとして、それ認めてんのか?」
「すっごい流れ弾キタ!」
「おま、シャマル! 十代目になんてことを!」
顔を赤くして吠える隼人をひとまず抑えて、沢田はやや視線を逸らしながらも、答えた。
「まぁ、うん、なんとなく。認めるとかそんなんじゃないけど、えと、二人が仲いいのはいいと思うし」
「仲いいっつーレベルじゃないだろ! おい山本!」
がしっと襟首わし掴む。
「お前、隼人にどこまでした」
「軽いCまで」
さらりと。
「獄寺くん、Cって?」
「さぁ、俺にもわかりません」
とかなんとか横でにゃんにゃん言ってるのは放っておいて。
「お前の頭に『清い交際』っつー言葉はないのか!?」
「思春期だしなー」
「んな思春期あるかぁ!!」
襟首を掴んでいた手を、突き飛ばすようにして離す。
「ここはひとつ、教育的指導が必要なようだな」
これはできれば使いたくなかったんだが、まさかここまでとは――許しがたし。
俺は取り出したカプセルを親指で弾き飛ばした。
中から現れたのは、病原菌を保有するモスキート。
「なに、普通のインフルエンザさ」
「普通とか関係ねぇー!」
「やっちまいな!」
一声、モスキートは山本に向かって針を―――
「よっと」
突き刺す間もなく、バットで一閃、瞬殺された。
―――間。
って、こうしてる場合じゃなく。
「まだだっ」
今度は一匹だけではなく、ケースに残していた他のモスキートをまとめて同時に解放した。
一斉に襲いかか―――
ぶん。ぷち。
ぶんぶん。ぷちぷち。
ぶんぶんぶん。
「……教室にカバン取ってきます」
「あ、俺もっ」
隼人と沢田の後ろ姿が消える頃には、モスキートは一匹も飛んでいなかった。
「もう終わりっすか?」
爽やかな笑顔。
いや、違う。爽やかじゃねえ。
「……お前、何考えてやがる」
「何っていうか」
笑顔のまま、目の色だけ変わる。
「おっさんさえクリアすりゃ、獄寺が俺のもんになるんだなぁって」
言い終わると同時に深く踏み込み、次の瞬間には、
「んなっ!?」
とっさに出した左腕と、山本の刀の峰が紙一重の位置に止まっていた。
こ、ここに来て寸止めって、どんだけ肝が据わってんだコイツは……!
間近に鋭い瞳。
「本気で、獄寺もらうぜ」
「だ……誰がやるか! 絶対渡さん」
腹めがけて放った拳は、やすやすとかわされてしまった。
とんとん、と軽いステップで元の場所に戻って、へらりと笑う。
「ま、最終的に決めるのは俺らじゃないしな」
「そりゃどういう――」
「まだやってんのか?」
面倒くさそうな声。
見ると、隼人がカバンをふたつ持って戻って来ていた。
ふたつ。
わざわざ山本の分まで。
「おら、もう帰るぞ」
無造作にカバンを投げて渡す。
「おう、サンキュー」
山本はそれをキャッチすると、律儀に待っている隼人に駆け寄った。
目の前で繰り広げられる青春の一ページ。
じゃなくて。
「ま、隼人!」
呼び止めて振り向いた顔には、完全に不機嫌な表情。
「十代目を待たせてんだよ」
長年の付き合いから、これは本気で怒ってるんだとわかる。
わかるがしかし、ここで引いては隼人の貞操が守れん……!
「こ、コイツとなんて、んなの認めねぇぞ」
「はぁ? 何言ってやがる」
「父親として、コイツだけは認められん!」
少しの、間。
それから、隼人は小さく息を吐き出した。
「つかお前、父親じゃねぇし」
ぐっさり決定的致命傷攻撃。
俺はがっくりとその場に膝をつくと、深くうなだれた。
それでも反抗期の隼人は冷たく、
「じゃあな」
それだけ言って、きびすを返した。
「そういや、ツナは?」
「笹川兄妹と門の所で待ってる」
「そっか」
くそ、楽しそうな会話しやがって。
昔はもっと、素直……ではなかったが、それなりに可愛げがあったってのに。
それもこれも!
せめて睨みつけてやろうと、顔を上げた瞬間見たものは、
笑ってない笑みを浮かべた
山本の顔だった。
寒気つか悪寒。
「――っ隼人! そいつは、本気でやめとけ! やめるべきだ!!」
悲鳴に近い訴えは、しかしただ響くだけで、隼人には届きもしなかった。
第一ラウンド結果
○ 山本 − シャマル ×
「俺は絶対に絶対認めないからな―――!!」