「たまには普通のセックスするのもいいと思う」
読書に没頭していたせいで、一瞬反応が遅れた。
とりあえず突っ込むべき点は、
「誰がいつ普通じゃないセ……ックスを、した!?」
「縄とかは痕が残るし、複雑な体位は大変だしさ」
「無視すんな、つか一回はやったことあるみたいに話すな!」
つい手元の本を投げつけてしまうが、残念なことに、角には当たらなかった。
「……俺はさ、ただ」
山本はベッドに腰掛けていた獄寺の足元にちょこんと座り、大型犬を連想させるような瞳で見上げながら――
「獄寺が欲求不満にならないか心配なだけなんだよ」
「俺はお前の頭が腐ってないか心配だ」
すぐさに冷静さが復活した。
ていうか、くそ、いつもと同じテをくらいかけてどうする。
「とりあえず今日の予定としては、相互で一回、中出し一回、ぶっかけ一回の合計三か――」
「果てろ今すぐ死んでしまえ!」
仕込んでいたボムを鈍器に代えて、思いっきりその頭を殴りつけた。
「いっ、ちょ、マジで痛い」
部屋を焦がしたくないゆえの折衷案が意外と効いたらしい。
「自業自得だ!」
そのボムをさらに投げつけて、獄寺は大きなため息を吐き出した。
発情期かこの大型犬は。
バカなのは年中だが。
セッ……クスは、だっていつも、こう、自然な流れで、って何考えてんだよ!
「とにかく! 今日はしねぇ絶対し――」
「まぁ、たまには、な?」
声が耳を掠めたかと思うと、瞳は味気ない天井を映していた。
シーツの、石鹸の匂い。
それと重なるように――山本の。
「や、めっ」
首筋をたどる柔らかい熱。
「ここ、弱いのな」
笑う声。
ぞくりと。
脳髄に直接覚え込まされた、快感。
「あと、ここと……ここも」
武骨な指が布の上から、胸の先と足の付け根を軽く触れて、過ぎる。
「んっ」
律儀にこぼれる声が憎らしい。
それ以上に、山本の表情が、
「お前の、せいだろが……」
憎らしいほど甘いから。
獄寺は腕を伸ばすと、ぎゅっと山本の頭を抱きしめた。
胸の中で、笑う気配。
「責任は取るよ」
「ったりめぇだ」
どうしようもなく好きなのは、お互い様で。
キスを絡めて、鼓動を重ねる。
「……はっ、あ」
熱は触れた場所から神経へ伝い、脊椎から全身を冒して。
――怖い。
その感情は何度交わろうと変わらない。
「獄寺、舐めて」
言われて、おずおずと舌を伸ばす。
初めてじゃないのに、うぶな反応しか返せないのを、山本はむしろ楽しんでいるようで。
山本は獄寺と同じように、それ以上に慣れた感じで舌を這わせた。
快楽を、与え合う。
「んっ……ふ、あ!」
敏感な場所に細い侵入物。
「きゅ、にすんな! 噛むぞ!」
「怖いこと言うなよー」
「てめぇが悪、ひぁっ」
器用に動く指は前立腺を、いとも簡単に探り当てた。
性急な刺激が。
「や、ぅあ、……んっ!」
「いっ」
短いうめき声。
どうやら、果てる瞬間にうっかり山本自身を握りしめてしまったらしい。
「あー…………」
常なら男として共感できる痛みだが、今の獄寺にその余裕はない。
獄寺は鼓動がおさまるのを待ちながら身を起こした。
シーツに顔を埋めている山本を見遣って、どうしたものか考える。
痛む場所を撫でてやる、という治癒方法も、こんな場合はどうだろうか。
とりあえず、
「………………………すまねぇ」
謝っておいた。
勃たなくなったらなったで、あぁ、別にいいか楽で。
「今、不穏なこと考えたろー」
「別に」
「ひでー」
獄寺は、山本と同じ向きに寝転がると、少し逡巡しながらも、そのうなじにそっと唇を押しつけた。
驚いたように起き上がった頭を捕まえて、今度は絡め合うキス。
細く、糸。
「……治ったかよ」
「治った。元気なった。なったから」
獄寺の上に覆いかぶさって、
「続き、な?」
山本はついばむようにキスを落とした。
何度も。場所を変えて。
時折赤い痕を残してゆく。
「入れてい?」
「……聞くな馬鹿」
「うん」
さっきの比じゃない、圧迫感。
あきらかに異物なのに。
「んっ……ぅん……」
「息詰めないで、吐いて、ほら」
「あ、はぁっ……あっ」
早く、早くと気持ちだけが急いて。
ひとつに。
なれそうな気がするんだ。
「いっ……あ、んん……」
舌先に濡れた音。
胸の早鐘の、そのリズムと似た律動。
「な、隼人、キモチいい?」
「っき、くな、あっ」
体に満ちていく。
怖いと、それだけが。
溢れそう。
「も……や、ぃあっ」
山本は空を切る腕を背中に導いてやると、獄寺の耳元に囁いた。
「イキたい?」
「ん、むり、も、やまもとぉ!」
ぎゅうとしがみつく。
「一緒に、イこうな?」
動きが徐々に速くなり、最後に深く、奥まで貫かれた瞬間――
「ひあぁんっ!」
熱い、電流に似た感覚が走り抜け、目の前が真っ白になった。
止めていた息を吐き出し、強張った体から力が抜けるのに任せて、シーツの上に腕を落とす。
「はぁ……」
「疲れた?」
「ちょい……」
「もっかいいけそう?」
「…………………は?」
ふと、脳裏をよぎる過去のセリフ。
――相互で一回、中出し一回、ぶっかけ……
「い――っ!」
拒否の言葉を口にする前に、すでに山本は動き出していた。
「やめ、や、あぁっ」
「イった後って感度いいのなー」
「ばっ、あ、やあっ」
暴れようにも、快楽に支配された体はただ反応を返すことしかできず。
声が、抑えられない。
「あ、やっ、あぁ、んっ」
途切れ途切れに、絶え間なく。
額に、首に、胸に、落ちるキスも敏感にするだけで、一切に猶予を与えてはくれない。
呼吸が浅くなって、頭がくらくらする。
「むり、んっ、たけ、しぃ!」
「あ、やっと名前で、呼んでくれた」
「よゆ、ぶんな、あっ」
「そ、かな?」
深く深く舌を絡めて、山本は苦笑いに表情を歪めた。
「結構ギリギリ、なんだぜ?」
「んっ、ぬ、かせ、はぁっ」
「ホントだって。いつも……」
「も、だめ、早く、武、はやくっ」
「うん、俺も」
狂ってしまいそう。
もう壊れているのかも。
だって怖い。
このまま、ひとつにはなれないことが――
「や、あぁっ!」
「くっ」
充足感と喪失感。
ぱたぱたと白濁が降りかかる音。
山本は指先で落ちかかるそれをすくい取ると、荒い呼吸を繰り返す獄寺の唇と舌に塗りつけた。
ゆっくりと嚥下して、息ひとつ。
「……に、がい」
でもなぜか甘ったるい感じ。
「お気に召さない?」
「……別に」
結局味なんて関係ない。
喉に引っかかるような気持ち悪さも。
それが、たぶんこのどうしようもない気持ちの正体で。
ベッドが少し揺れて、真横に気配が移動する。
「あ、そういや、今日はまだ言ってなかったけ」
「何を」
あまり動く気もおきなかったので、視線だけ動かして山本を見遣る。
山本は満足そうに微笑んでいた。
「大好き」
「っ!?」
一瞬で顔が熱くなる。
触れ合っているときとはまた違う。
獄寺は浮かぶ言葉が全部喉で萎えていくのを感じながら、
「……果てろ」
たったひとつ小さな呟きをこぼして、キスを受け入れた。
この恋愛が普通か普通じゃないかの判断はつかないけれど。
幸せなら。
それを感じることができるなら。
普通じゃない恋愛でも、いいかもしれない。
「――で、結局、普通のセックスはどうだった?」
「三回連続のどこが普通だ馬鹿野郎!」
……たまに、不安に感じることはあっても。