酒の勢いに任せれば何だってできる。
あれは嘘だ。大嘘だ。
だって、今こんなに、どうすればいいかわからなくなってる。
ソファーに押し倒して、その上にまたがったまではいい。
いや、よくはないけど。
ここから先、どうすればいいんだ。
「……えーっと、これはどういう状況?」
困惑した笑みを浮かべながら、山本はとりあえず問うてきた。
当然の質問だ。
それは俺が知りたいぐらいだ。
さかのぼること二時間前。
いつもと同じ些細なことだった。
「だから俺はお前のそういうところが大っ嫌いなんだよ!!」
「じゃあ言わせてもらうけど、俺も獄寺のそういうところ、好きじゃないな」
原因は本当に些細すぎて、もう思い出せない。
どうして喧嘩してしまったんだろうと、冷静になれば馬鹿らしくなる程度の。
なのに、少し、タイミングが悪かった。
小さなミスと苛立ちとジレンマと疲労が重なっていて。
いつもなら見逃す程度のこと。
単純な、八つ当たりだ。わかってる。
でもどうしようもなく、止められなくて。
「出てけ! 二度とその面見せんな!!」
「……わかったよ」
最後に、閉められた扉に当たったクッションが羽毛を派手に巻き散らかした。
床に直接座り込んで、自己嫌悪から鬱になる。
泣きたいのに、ギリギリのところでプライドがそれを許さない。
さっきの暴言だってそうだ。
言いたいことはもっと違うことなのに、素直になれない自分が憎い。
こんなんじゃ、愛想尽かされても文句も言えない。
もっと、もっと他に、なんだってこんなに不器用なんだ。
全部単純な一言で解決する問題なのに。
言葉が喉を通るときに真逆の言葉にすり替わる。
「くそっ」
握り締めた拳で床を殴りつける。
こんな痛みにすら、涙は出ようとしない。
――電話で、謝ろう。
それぐらいなら、プライドも許すはず。
悪いのは自分だとわかりきっているのだから。
ケータイを取り出して番号を呼び出しながら、棚に置かれた琥珀の瓶が目に入った。
前に、山本が飲まないからと置いていったブランデーだ。
……飲んだら、ちょっとは変わるだろうか。
飲酒の勢いで、いつもは言えない言葉が言えるようになるかもしれない。
こんなものに頼ろうとするなんて、本当にどうかしてる。
本当に、あぁ、どうかしてた。
一気にストレートで三杯あおって、電話をかけて、もう何を言ったかも覚えていない。
気がついたら山本が部屋にいて、気がついたらソファーに押し倒していた。
「とりあえず、俺的には嬉しい体勢だけど、えっと、酔ってる?」
『酔ってねぇ!』
「え?」
たぶん酒臭いのはわかってる。
でも断じて言える。酔ってはいない。
「えっと、獄寺?」
『俺は、別に、酔いたくて飲んだんじゃねぇ』
「うん?」
『でも、飲んだら言える気がして、だから、その……』
鼓動が速い。
言ってしまえ。
プライドなんか、そんなの、失ってしまうことを考えたら、些細な問題だろ。
言え。
覚悟を決めて息を吸うと、少しだけ引きつった。
『本当は、本当は……』
ぼろりと、視界が滲んで溶けた。
『もっと、甘えたいし、抱きしめたいし、キスしたいし』
カッコ悪い。人前で泣いてる。
でも山本のシャツを握り締めている手を離したら、消えてしまう気がして。
拭わずに、ただ落ちるがままに。
「え、えぇ?」
動揺してる姿も見えない。
すすった鼻が痛い。
喉も痛いし頭もガンガンするけど、でも、今なら伝えられる気がする。
『もっと、ずっと、俺のほうが……』
いつも言えない言葉。
ホントウのココロ。
『愛してるんだからな!!』
間抜けだ。
どうしたって、こんなに愚かしい。
止められない涙に嗚咽していると、冷たい手が頬に触れた。
気持ちよくて、無意識に擦り寄る。
「んーっと、言いたいことはなんとなくわかったと思うんだけど、」
『何だよ……』
「ごめん、俺、イタリア語まだよくわかんねーのな」
『は? 何言って……』
ふと口に手を当てて考える。
今、何語喋ってる?
イタリア語?
『いつから、』
違う、これはイタリア語だ。日本語で喋らないと。
「……いつから、変わってた?」
「えっと、電話のときから?」
……マジかよ。
たぶん一世一代の告白だ。
それが、言葉からして、伝わってないとか。
「ありえなさすぎ……」
呟いたら、途端に気が抜けた。
うなだれるように、山本の上に倒れこむ。
いつものように、自然な流れで両腕に抱きとめられて。
「まぁ、獄寺らしいとは思うよ」
「何がだよ」
「まっすぐ止まらず突き進んじゃうところ」
「カッコ悪ィ……」
「そっか? 俺はすげぇカッコいいと思うぜ?」
緩やかに髪をすく手。
「あと、どうしようもなく愛おしくなる」
「ばっ」
違う。
返す言葉はそれじゃない。
まだ、酒は残ってるんだろ?
「……俺だって、」
腕から逃れるように背伸びして、唇を重ねたら。
目を見れないのは、仕方ないだろ。
「お前の、そうやって、許してくれるとことか、その、」
「うん?」
『ちゃんと、好きだからな』
「うん、ん?」
予想通り、困った顔。
もう一度キスして、俺は言ってやった。
「知りたかったら、ちゃんとイタリア語覚えるこったな」
「えぇぇ!?」
これぐらいしてやらないと、やっぱりプライドが許さない。
ていうか恥ずかしくて死んでしまうきっと。
だから、これぐらいの悪あがきは許されるだろ?
「うー、じゃあ、一個だけ質問」
「何だよ」
「ラモってどういう意味? 聞いたことないんだけど」
「っ自分で調べろ!」
「せめて綴りだけでも書いて」
「絶対イヤだ!!」
そんなことしたら、ラブレターじゃねぇか!
翌日、色んな意味で気分が最悪だったのは、言うまでもなく。