○ 『 黒犬 と 獄寺 』 & 『 山本 と 銀猫 』 ○
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山本が犬になってしまった。
『 黒犬 と 獄寺 』
――ような、犬を見つけた。
大型と中型の間ぐらいの大きさで、細くはないが太ってもいない。
短い黒の毛並みは艶があって、立派な尻尾が絶えず揺れている。
首輪にはリードが付いたまま。
「飼い主まいてきたのか?」
道にしゃがんで撫でてやると、黒犬もお座りしてクゥと小さく鳴いた。
たぶん人懐っこい目が一番似てる気がする。
嫌がらないようなので、さらに両手でわしわしと撫でてやる。
「家は? 帰れんのか、お前」
道の先にも後ろにも、飼い主らしき姿は見えない。
というか、通行人が一人もいない。
……少しぐらい、いいよな。
「うお、お前ふかふかだな」
軽く抱きしめると、嬉しそうに首を伸ばした。
尻尾も勢いよく地面を掃除している。
それにしても柔らかいな。
もふ。
もふもふ。
「……ごくでらー?」
「うぉあ!?」
慌てて振り向けば、山本が覗き込むように腰を折っていた。
「おま、な、なんでっ」
「獄寺が遅いから迎えに来たんだけど」
俺の反応から山本を敵と見たのか、黒犬は邪魔するように山本の前に立ちはだかった。
「えー、と?」
「たぶん迷い犬。こういうのってどうすりゃいい――」
近く、誰かを呼ぶ声に黒犬が反応した。
少し泣きそうな子どもの声。
なるほど、子どもが散歩させるには大きすぎたわけか。
「……帰るか?」
ワウと返事。
つくづく賢い犬だ。
情がわいたわけじゃないが、少し寂しい気もする、かもしれない。
最後にひと撫でだけ――
「う、ぷ」
「あっ!」
伸ばした手をすり抜けて、黒犬は俺の口元を舐めると、オンとひと鳴きしてから声のする方に走り去っていった。
「あ、あの犬、獄寺にキスした!」
「ばっ…………まぁ、確かにそうなるか」
「ずりぃ! 俺も!!」
「やめ、この、離れろ!」
山本をけん制しながら振り向いても、黒犬の姿はもう見えなかった。
「果てろっこの馬鹿犬!」
「ひっで!」
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獄寺が猫になってしまった。
『 山本 と 銀猫 』
――なんてまさかそんな。
飲み物を取りに部屋を出て、戻ってくると獄寺の姿はなく、かわりに銀猫がいた。
細くしなやかな体に、少し長い銀色の毛並み。
つり上がった瞳は緑色で、真っ直ぐにこっちを見ている。
横たわっている座布団はさっきまで獄寺が座っていた場所。
「外から、入ってきた、とか?」
獄寺がタバコ吸うからって窓を開けていたから、きっとそこが侵入経路で、だからこの猫が獄寺なんてことはない、はず、たぶん。
「お前、どっかの家猫か?」
首にはシルバーの鎖と、鈴の代わりなのか小さなクロスの飾りがついていた。
獄寺もこういうアクセ好きだよな。
喉を撫でようとすると、ふいとそっぽ向いてしまった。
……つれないところもそっくりだ。
ならばと抱き上げて、膝の上に乗せてみる。
銀猫はしばらく毛を逆立てていたが、その内あきらめたように丸くなった。
もう背を撫でても抵抗はない。
「名前は? ハヤト?」
ぴくりと片方の耳だけ器用に反応した。
顔を上げて、じっと見つめてくる。
「まさか、え、マジで獄寺だったりする?」
ナァと細く短い鳴き声。
「え、ええぇ?」
ゆらゆらと揺れる銀色の尻尾とは反対に、緑色の瞳は真っ直ぐにこっちを見ている。
似てるとは思ったけど、そんなファンタジーな展開はまさかないだろ、ないはず、ないよな……?
動揺しながらも考えていると、銀猫は少し控えめな感じで、胸から肩へとよじ登り始めた。
「え、何? だっこ?」
そのまま手を添える形で抱えてやると、落ち着いたように喉を鳴らした。
甘えて、る?
つか、かなり柔らかいんですけど。
猫ってこんな、壊れそうな生き物だっただろうか。
それとも、やっぱり――
「獄寺……?」
「何だよ」
「わぁっ!」
突然の大声に驚いて、銀猫は支えていた腕を蹴ったかと思うと、身をねじらせながら最初にいた座布団の上に着地した。
「な、どこ、行って?」
「トイレ」
「そか、そうだよな、そりゃそうだよなぁ」
あと少しで信じかけた。
「その猫は?」
「たぶん窓から入ったんだと、思う」
「ふぅん」
獄寺が細い指で頭を撫でると、銀猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
俺にはそっぽ向いたくせに。
なんとなく、すねた気分になる。
その感情が伝わったのか、銀猫が獄寺の手をすり抜けて、こっちに寄ってきた。
胡坐をかいてた膝に小さな頭を擦りつける。
しばらくすると満足したのか、窓の下まで歩いてから首だけ振り向いた。
「……帰れるか?」
短くウナァとひと鳴き。
そして窓の外へと出て行ってしまった。
よその猫だとわかっていても、少し寂しくなる。
「山本?」
「ん、なに?」
「……別に」
言いながら、獄寺は座布団を引っ張って、すぐ隣に腰を下ろした。
妬いてくれたとか、そんなのだったらいいのに。
そういえば。
「結局キスしてねぇ!」
「ばっ」
「するぐらいはいいじゃん!」
「やめ、この――『待て』!」
「うっ」
なぜか反射的に動きを止めてしまう。
それに、獄寺は小さく笑った。
「ちゃんとしてりゃ、いいんだよ」
ふにと柔らかい。
触れるだけのキス。
「獄寺……」
してもらった。獄寺からしてもらった。
じわじわと熱が増していく。
「獄寺、好きだぜ!」
「うわ、のっかかんな!」
「でももう止まんない」
「やめ、この、――っ馬鹿犬が!」
「ひっでぇ!」