「獄寺くん、帰らないの?」
はっとして顔を上げると、そこには不思議そうな顔をした十代目が立っていた。
しかし、いつも一緒にいるムカつく姿がない。
無意識に視線を巡らせると、さらりと告げられた。
「山本ならゴミ捨てに行ったよ?」
「えっ」
「あれ? 違った?」
「い、いえっ」
不意をつかれた。
いや、部下の内心を察する素晴らしいボスだと再確認できたけれど、すぐにわかるぐらい顔に出ていたのかと不安にもなる。
「もうすぐ戻ってくるだろうから、そしたら一緒に帰ろっか」
「……そうっスね」
机の中のものを適当に鞄に突っ込んでいく。
途中、小さな袋を見つけた。
中身は自分で入れたのだから、わかっている。
このまま鞄の奥底にしまってもいいが。
「それ、山本に?」
「ち、違います!」
思いのほか大きな声が出た。
「わ、ご、ごめん!」
十代目は慌てて手を合わせた。
違うわけないのに。
正しいのに、ボスに謝らせてしまうなんて、右腕失格だ。
俺は深く頭を下げた。
「すんません……十代目の、仰る通りです」
「えと、やっぱり、それ?」
「はい……」
十代目は今朝のうちに渡していた。
あのとき一緒に渡していれば。
タイミングはどんどんズレていく。
十代目は少し腰を屈めると、座っている俺に顔を近づけた。
「帰り道に、渡そうよ」
「で、ですが」
「大丈夫、渡せるって!」
明るい笑顔。
漠然とだが、できる気がしてきた。
さすがボスの器を持つ方だ。
「あ、山本戻ってきた」
慌てて袋を鞄の中に押し込む。
山本が笑いながら寄ってきた。
「ツナ、獄寺、帰ろうぜー」
「馴れ馴れしくすんな!」
言ってしまってから後悔する。
前途は多難だ。
どのタイミングで渡せばいい。
十代目は山本と話しに花を咲かせている。
それを遮るわけにはいかないし。
「あ、そうだ!」
突然、十代目が声を上げた。
明後日の方向に目をやりながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「俺、その、寄るトコあるから、あっち行かなきゃなんだ!」
そう言って指した方向は、家とは逆の方角だ。
急用なら何か手伝うこともあるかもしれない。
「俺も付き合いますよ」
「ちがっ」
言いかけた言葉をかき消すように、首を左右に振る。
「ううん、大丈夫だから!」
そして半歩後ろに下がって、
「じゃあね!」
十代目は逃げるように走り去ってしまった。
上げかけた手をむなしく下げる。
一体どうしたっていうのか。
まるで強引にでも俺たちから離れようとしたような――
俺は思わず片手で顔を覆い隠した。
気を遣わせてしまうなんて。
「ツナも忙しそうだなー」
「テメェは気楽でいいもんだな」
他人がいれば渡しづらい。
それは正解だ。
しかし二人きりにされると、それはそれでタイミングがわからない。
わからないから、どうしようもない。
「そういやさぁ」
話しながら山本が歩き出したので、仕方なく俺も歩調を合わせて斜め後ろを歩く。
「ツナがプレゼントくれたんだ」
「そうかよ。俺もその場にいたっつの」
「他にも、結構色々もらったんだけど」
「よかったな」
「別の要求するわけじゃないけどさ」
視線だけ振り向いて、笑う。
「やっぱ獄寺からもらうのが一番嬉しいなって思うのな?」
「……」
無邪気に。
他意なく。
自然に言うものだから、妙に腹が立った。
俺は舌打ちしながら、鞄から小さな袋を取り出した。
「ほらよ」
投げずに、その手に直接乗せてやる。
コイツに物を投げて寄越すのが危険だということは、とっくの昔に学習している。
「開けていい?」
「知るか」
リボンなどついていない。
簡素な紙の袋に、セロハンテープで封をしただけの代物だ。
それを開けて、山本は中身を取り出した。
「これ」
手の平に収まる小ささ。
剣を十字架に見立てたモチーフの、銀の指輪。
「前に獄寺がつけてた」
「……なんで覚えてんだよ」
「なんで?」
「……別に、なんとなくだよ」
何がいいだろうと考えたとき、この指輪が目に入った。
似てると思った。
両刃の剣だし、日本刀とは違う。
鋭いイメージが、重なった。
けれどそんなことは口が裂けても言わない。
「気に入らねぇなら返しても」
「すっげ嬉しい」
山本は中指にはめようとしたが、入らなかったのか、薬指に通した。
「ちょうどだ」
「ムカつく」
俺には中指でも少し余裕があったというのに。
「ありがとな」
わずかに頬を染めて、目を細める。
なぜかこちらまで嬉しくなるような。
それをごまかすように、俺は舌打ちして再び歩き出した。
山本のわきを通り過ぎる。
「帰るぞ」
「ん」
並んでは歩かない。
斜めの距離。
掴めないタイミングを探る距離。
「なぁなぁ」
「何だよ」
「薬指って結婚指輪だよな」
「――っ果てろ!」
後ろから手を引かれたと思った瞬間、
タイミングは