30 | 水際にて





『 水際にて 』





「ごめんな、急に」
「ん? 別に構わねぇのな」
 麦茶の入ったグラスを受け取る。
 ツナはそのまま俺の隣、縁側に腰掛けた。
「俺一人じゃ面倒見きれなくてさ」
「あはは、やんちゃばっかだもんなぁ」
 視線の先には、庭を陣取るビニールプール。
 その中でランボたちが高い声を上げながら遊んでいる。
「獄寺は?」
「もうすぐ――あ、来た来た」
 垣根越しに見えた姿に、ツナは立ち上がって直接、門扉まで駆けて行った。
 少しして、二人一緒に戻ってくる。
 こうして並ぶと、女子みたいに見えなくもないよなぁ。
 どっちも私服かわいいし。
「……何見てんだよ」
「獄寺今日も美人なのなー」
「果てろ!」
 いつものように怒鳴り、獄寺は持っていたビニール袋から何かを取り出して投げつけてきた。
「うわっ」
 いつもの花火か。
 慌てて受け止めたそれは、
「ん?」
 予想外に冷たかった。
 改めて確認する。
「……アイス?」
「ンだよ、チョコがよかったか?」
「いや、うん、サンキュ」
「十代目はどっちがいいっスか?」
「あ、じゃあバニラ」
 どうやらただの差し入れだったらしい。
 律儀というか何というか。
 ツナに渡してから、獄寺はプールの方にも配りに行った。
 喜ぶ声。
 つられるように、笑ってしまう。
「どうしたの?」
「獄寺、子どもキライとか言うクセになーと思って」
「あぁ、そうだよね」
 ペリペリと氷のついた袋を破く。
 熱い外気に触れた途端、アイスは白いしずくをしたたらせ始めた。
 たまに思うけど、エロいよなぁ。
 同じくバニラを選択したツナを見遣り、やっぱりなぁと思う。
 形もあるんだろうけど、人にもよるんだろうなぁ。
「やーだー!」
 ふと、獄寺とランボのいい争う声が聞こえてきた。
「ランボさんもバニラがいーいー!」
「もうねぇっつってんだろが!」
「ランボ、僕のと半分こしよ?」
「ヤダ! バニラぜんぶがいーいー!」
「わがまま言うな!」
「うっさいバカー!!」
「うわぶっ」
 ランボは小さなバケツにすくった水を、思いっきり獄寺にぶつけた。
 地面が黒く濡れる。
 水音。
「て、めぇ……」
 フゥ太がイーピンを抱えてプールから脱出する。
 それを見ながら、よいこらせと立ち上がる。
 まぁ、こういう事態も考えて俺が呼ばれたんだろうさ。
「今日こそブチのめしてやるアホ牛があぁ!」
 高く上げられた腕を、振り下ろされる前に捕まえる。
 本気ではないのだろう、それほど強く握らずとも止めることができた。
「まぁまぁ、相手は子どもなんだし」
「てめっ、山本!」
「ぅぴゃあああぁぁっ!」
「こらランボ、獄寺くん困らせるなよ」
 その間に、ツナは泣いているランボを抱きかかえた。
 よしよしとなだめながら、ひとまず獄寺から離す。
「ほら、冷凍庫に、この前買ったアイスあるから、それで我慢しろよ、な?」
「バニラ、ある?」
「あったと思うよ。ほら、見に行こう、な?」
「うー」
「ツナ兄ぃ、僕お茶ほしいー」
「温茶!」
 まるでハーメルンのように、ツナは子どもたちを引き連れ、家の中へと入っていった。
 やり場を失った怒りは当然――
「果てろ!」
「いてっ」
 こちらに向くわけで。
 獄寺は俺の脚に回し蹴りを食らわすと、ため息ひとつ、さっさと縁側まで歩いていった。
「あーくそ腹立つ」
 どっかりと座り、残ったアイスを取り出してくわえる。
 やっぱなんかどっかエロい。
 けど、それよりも。
 なんで今日に限って白い服なんか着てんだろうなぁ。
 濡れ髪でさえ、ちょっとヤバいのに。
 うっすらと肌が、透けて見えるとか。
「なぁ、獄寺」
「ンだよ」
「ちゅーしてい?」
「死ねっ」
 反応はアイスより冷たく。
 しかたなく、俺は口端についたアイスをさっと舐め取ってから、プールに水を足すことにした。
「て、て、てっ」
 舌に残るチョコ味。
「果てやがれぇ!」
 服が乾くまでは、どうも直視できなさそうだ。






× × ×

中学生の思考回路なんて所詮こんなもの。