料理。
「今日は魚煮たけど、食う?」
「……食う」
裁縫、洗濯。
「あ、これボタンつけといたから」
「……ん」
掃除から整理整頓。
「隼人、瓜つかまえて!」
「お、おうっ」
その他諸々家事全般。
「このままじゃヤパい……」
同棲を始めてから次々と明らかになる真実。
ここまで何も出来ないとか。
一応、学生時代に独り暮らしを経験している。
……途中から家政夫が入り浸るようになったが。
「せめて料理ぐらい……」
確か今日は遅くなると言っていた。
これはチャンスだ。
俺だって料理ぐらい余裕でできるようになったんだと、わからせてやる。
よし、そうと決まればまずは――
「……できた」
見た目は料理本の写真に近い。
味は……たぶんイケる。食べてないが。
レシピ通りの分量で作ったんだ。
レシピ通りの味にならないわけがない。
適量とかよくわからんのもあったが。
「よし、あとは片付けて――」
「ただいまー」
帰宅の声。
言っていた時間より早い。
「ちょ、待っ、来るな!」
「は? 何、どうした?」
廊下から足音が近づく。
まだ片付いてないのに。
キッチンの惨状もあるが、何より俺が見られたくないのは――
「何だよこれ隼人どっか怪我したのか!?」
リビングに散乱する消毒薬や絆創膏の袋に、武が慌てて駆け寄ってきた。
「別に、どこもっ」
折り上げていた袖を引き下げ、傷を隠そうとしてみたものの、武はすぐに俺の利き手を掴み、強引に袖をめくり上げた。
「怪我してる」
「……空気読めよ」
「無理」
後ろに料理があって、手に怪我してるなら、無視するだろ普通。
完成品だけ見せて、あとは全部隠すつもりだったのに。
「これだけ? 大きな怪我、隠してたりしねぇな?」
「……ねぇよ」
「そっか」
沈黙。
それから、力が抜けたように抱きついてきた。
「よかったあぁぁー」
「毎回心配しすぎなんだよテメェは!」
「だって隼人、この前とか割った皿でざっくり指切ったりしたじゃんー」
「ああああれは忘れろ!」
大きな体を振り払うこともできず、なんとか視線だけはずして目が合うのを避ける。
そう、別に見つかった所で子どものように怒られるわけじゃない。
ただどうしようもなく――
「隼人、指細長くてキレーなんだから怪我とかさ、肌も白いから痕が目立つっていうかうわこれ油の火傷って残るんだぜ、あれ、アロエのクリーム塗るから、ほら早くこっち」
「ウゼェ」
どんだけ過保護なんだよ。
もうお互い、いい大人だってのに。
しかし、俺のことを想ってくれているからだというのがわかってるから、どうしても従ってしまう。
「ひやってするからなー」
「んっ」
「あ、今の声エロい」
「果てろ」
不器用な絆創膏も、ちゃんときれいに貼り直される。
最後に、そっと唇を指先に当てて。
「……何だよ」
「早く治るように」
「……」
おまじないのつもりかよ。
けれど、なぜか、悪い気はしない。
……おまじない、か。
俺は絆創膏まみれの両手で武の顔を捕らえ、引き寄せると、一方的に唇を重ねた。
歯列を割って、舌を絡ませる。
そっと想いを混ぜて。
「ん、な、何?」
「別にっ」
突き飛ばすように両手を離して、立ち上がる。
「おら、飯にすんぞ!」
「え、えぇっ?」
訳がわからず間抜けな顔を見せる武。
こんなののために一生懸命になって、怪我してまで料理作って。
本当にバカな行為だ。
けれど、どんなに悪くたって、失敗してたって。
「あ、俺の好きなやつだ」
何でもできる恋人はいつだって、
「ありがとなー」
嬉しそうに笑って、言ってくれるから。
「……おう」
何もできない俺は、それが聞きたくて何度でも繰り返す。
一番バカなのはきっと――
どうしようもなく好きで、好きでしょうがないこの感情だろう。