32 | because of





『 because of 』





 仕方ない。
 繰り返しても下がらない溜飲に苛立つ。
 ――悪ィ、その日は試合あっから。
 部活なら仕方ない。
 それでも苛立つのは、苛立つ理由がわからないから。
 舌打ちひとつ。
 ポケットに財布だけ突っ込んで、家を出る。



 眩しい。
 見慣れたグラウンドを走り回る影。
 その内にひとつ。
 応援に駆けつけた生徒に紛れ、隠れるように木陰に座る。
 ボードを見ると、試合は7回裏1アウト、走者1・3塁の危機。
 投げる。打つ。捕る。2塁がアウトに。1塁へ送球。まさかの暴投。
「あっ」
 さざめきに似た短い悲鳴の連鎖。
 走者は1塁を蹴って2塁へ。その間に3塁にいた走者がホームベースを踏む。
 得点は6から7へ。点差は3から4へ。
 防止の下に苦々しい顔。
 秋になったとはいえ、グラウンドの中は暑いのだろう。
 それでもアイツは笑って、声を出した。
「あとワンナウト! きばってこーぜぇ!」
 複数の掛け声が続く。
「よくやるぜ……」
 苛立ちはまだ消えない。
 理由もわからず、いっそう胸に溜まる。
 打ち上げられた球は投手のグローブに落ちた。


 8回の表で点差を2点に縮め、裏で再び1点離され、9回表2アウト満塁の展開。
 バッターボックスに立つ姿に、知らず、拳を握る。
 ぐるぐると胸の内を回る何か。
 なんとか正体を見極めようとしつつ、遠く、見つめる。
 初球、ボール。打つもファール。ボール。ボール。内角ギリギリのストライク。
 あっという間にフルカウント。
 次がストライクなら、負けが決まる。
 プレッシャーがあるはずだ。プレッシャーを感じてるはずだ。
 それなのに、バットを構え直した姿に、表情に、迷いはなかった。
 いつも見せる、飄々としていて、ムカつくほど不敵な。
 俺は立ち上がると、木陰から出た。
 ゆっくりと、グラウンドから離れる。
 投手が振りかぶる。
 応援席が息を呑む。

 高く、音が、響く。

 それは青空に弧を描き、そして、天に伸ばした手の中に、収まった。
 一瞬の間、それから歓声。
 傷だらけの白球。
 視線を降ろすと、驚きを隠せない目をかち合った。
 手の中の球を見せつつ、もう片方の手の親指を立てたまま、振り下ろしてみせる。
 崩れるように笑う。
 たぶん声を出して笑っているのだろう。
 けれど、周りの声にかき消されて、耳には届いてこなかった。


 流れは最終回裏になっても変わらず、相手に1点も返させないままゲームセットの声。
 再び木陰に戻り、チーム全体で喜ぶ様子を遠目に眺める。
 苛立ちはまだ残るが、少しだけ晴れた。
 理由はまだわからない。
「ごくでらっ!」
 応援席の端から回って。
「獄寺っ、来てくれたんだっ」
 山本が小走りに駆け寄ってきた。
 犬みたいに嬉しそうに。
「……邪魔したか」
「全然!」
 即答かよ。
「むしろ、すげぇ、勝利の女神って感じなのな!」
「性別が違ぇ」
 なんだよ女神って。
「つか、勝ったのは、お前がホームラン打ったから、だろ」
「獄寺がいたから打てたんだよ」
「打った後で気づいただろ」
「落ちた先に獄寺いて超ビビった」
 ふわり。
 抱きしめられる。
「すげぇ嬉しくなった」
「ばっ」
 暴れてもがっちりホールドされてて、少しも離れられない。
 試合のあとで疲れてるんじゃないのかよ。
 どうして、俺の方が、力が入らない。
「ありがとなー」
「別に、何もしてねぇよ」
 仕方ない。
 抵抗をあきらめ、ため息と共に視線を落とす。
 その先に。
「……なぁ」
「ん?」
「このボール、もらってもいいか?」
「ボール?」
 傷だらけで、薄汚れてて、キャッチボールぐらいしか用途のない白い球。
 空から落ちてきた、勝利の決め手。
 山本は深く考えた様子もなく、単純に、簡単に頷いた。
「あぁ、うん、たぶん、問題ないと思う」
「そうか」
「って、あ、ごめんっ」
 慌てて両肩を掴み、体を離す。
「服、汚れたままだった! すぐ着替えてくっからっ」
 素早くきびすを返して走り出す。
「ちょっ、待っ」
 伸ばした手は届かず。
 番号の書かれた背中が。
 苛立ち。
 仕方ないとあきらめたもの。
 わからない何か。
 ふと、山本が振り返った。
「なぁ、今日、俺ん家来るよな?」
「なんでだよ」
「ごちそう用意してっからさ」
「なんでだよ」
「だってほら、今日は――」
 鼓動が跳ねたせいで、耳が遠くなる。
 楽しそうに笑いやがって、ムカつく。


「誕生日、おめでとう!」


 走り去っていく姿を見送りながら。
 苛立ちの理由。
 木陰に座り込んで。
 単純にも明快な原因。
 服に残る泥と、少しの汗の匂い。
 幼稚なわがまま。
 認識すると苛立ちがいっそう増した。
 違う、これは苛立ちじゃなく。
 白球を握りしめ。
 聞く相手もいないのに、文句は勝手に口からこぼれた。

「もっとちゃんと祝いやがれ……!」


 この胸にあったもの。
 それは、単なる独占欲。






× × ×

お誕生日おめでとう、ごっくん!

という割にあまり誕生日色のない話になってしまいましたが。
隼人は野球にヤキモチ妬けばいいと思う。
仕方ないと思いつつも、たまには優先してほしかったり。
でも優先されたら、それはそれで怒ったりするんでしょうねww
とにもかくにも、はっぴーばーすでーごっくん!

最後にネタ提供o崎氏感謝!