37 | 君が鍵を壊した夜に





『 君が鍵を壊した夜に 』





 たまに見せる、悲しげな色。
 若葉色に似たキレイな瞳。
 本人はオリーブ色とか言ってたけど、あんまりピンとこなかった。
 それが、落ちかかる夕陽に向けられるとき、いつも感情の読めない顔をする。
 朱色と混ざって。
 何を思っているのか。
 何を思い出しているのか。
 どうして。
 泣きそうに、しているのか。
 俺にはわからない。
 わかりたいけれど、踏み込めない領域。
 ――家族。
 それは、彼がボンゴレファミリーに見出したもの。
 見出すまえに一度、失ったもの。
 ――本当の家族。
 容易に触れられない、心の奥底に閉じ込めた記憶。
 安易に触れてはいけない、鍵をかけた感情。
 だから。
 待つしかできない自分を歯痒く思いながらも。
 ただ彼が打ち明けるのを、ただ待ち続ける。
 せめて、その時に、受け止められるように。




 その日。
 俺はツナの護衛として車に同乗していて。
 外から狙撃され、ツナを庇った。
 回転する感覚と衝撃と痛み。
 赤い闇。
 記憶はそこで途切れて。



 気がつくと、ベッドの上で寝ていた。
「……たけし?」
 頬に、ひやりと冷たい感覚。
 視線を動かすと、すぐに白い手が視界に入った。
 その先に、泣きそうな顔。
「……どうしたんだ?」
「どうしたじゃ、ねぇよ……」
 細い指が頭に触れ、鈍い痛みを覚える。
 思わず顔をしかめると、怯えるように指が逃げた。
「……痛むか?」
「頭だけ少し。何? 思ったより重傷なわけ?」
 隼人はふるふると頭を振った。
「検査では、どこにも異常なかった」
「そか」
 それなら、と上体を起こす。
 ズキリ、と頭が痛くなったが、それもすぐに治まる。
 手や足を軽く動かし、他にはどこにも痛みや違和感がないのを確認する。
 打ったのは頭だけで、単に気を失っていただけか。
 情けない話だ。
 ――そうだ、情けないといつもなら怒鳴られるはずなのに。
「隼人?」
 なぜこんなに、泣きそうな目をしているのか。
 まるで夕陽を見ているときと同じ。
「……何、考えてんだ?」
 びく、と肩が震える。
 オリーブ色の瞳は、確かにこちらを向いているのに。
 俺を通して、何か別のものを。
 過去のひとつを。
 俺の知らない何かを見ているようで。
 不安が満ちて、言葉になって、ただこぼれ落ちる。
「何を、思い出して――」
 伸ばした指先に、小さな、雫が落ちた。
 一瞬、言葉を失う。
 雫はオリーブ色の瞳から、溢れていた。
 ――何、やってんだよ。
 涙に濡れた手を握りしめ、そのまま自分の膝にぶつける。
「隼人」
 俺は銀色の頭を抱き寄せ、目元に唇を押しつけた。
「ごめん」
「――っ」
 息を詰める気配。
 舌先に辛いものを感じて、後悔がさらに強くなる。
「ごめんな」
 本当に馬鹿だ。
 今なら何か、聞き出せるんじゃないかとか。
 期待したのがそもそも間違ってる。
 待つと決めたのは、聞き出すことと同義じゃない。
 むしろ正反対に位置するものだ。
 泣かせたくないからと、泣かせてどうする。
「ごめん」
「……ぁやまんじゃ、ねぇよ」
「でも」
「……俺が情けなくなる」
 なんで、と問いかけた口が塞がれる。
 強引に言葉を奪い、そして、
「つまんねぇ、辛気臭ぇ話、だからな」
 そう前置きして、隼人はぽつりぽつりと話し始めた。



 夕陽とピアノと、母親の記憶。
 訪れなかった車の理由。
 無知の過去。



 気がつくと、面会時間はとうに過ぎていて。
 それでも誰も来なかったのは、ツナか誰かが手配してくれていたからなのだろう。
 ふたりきりの空間で、やがて隼人は泣き疲れた子どものように、寝入ってしまった。
「ここ、俺のベッドなんだけどなぁ……」
 硬質な髪を指先で遊ぶ。
 静寂。
 ――何も言えなかった。
 心の深い、深い場所に刻まれた傷。
 それは車に感じる死の恐怖。
 それは夕陽に感じる別れの孤独。
 それは、触れるには脆すぎて、癒すには膿みすぎて。
 時折こぼす自虐的な、渇いた笑みも、どうしようもなく胸を締めつけるだけで。
 歯がゆい。
 届かない。
 こんなに近くにいるのに。
 伝えたいことは、はっきりしているのに。
 指を絡め、握りしめた手はまだ冷たい。
「……隼人」
 本当に。
 本当に伝えたいのは。
「俺は、」
 ただ、
「ずっと、ずっと隼人と一緒にいるから」
 孤独を満たす愛情を。
 傷を癒す時間を。
「だから、」
 少しでも伝わるように。
 君に伝えられるように。
「もう、心配しなくてもいいからな?」
 涙の痕に口づける。
 それから。
 鍵の壊れた扉から溢れる悲しみに、君が流されないように。
 今夜はしっかり抱きしめて眠ろう。
「おやすみ、隼人」
 悲しい夢は、明日には覚めるから。






× × ×

14獄寺なら、激情に任せて当たり散らしそうだけど、
24獄寺はどこか諦めてて、淡々と語りそうだな、と思い。
どちらにせよ、山本は受け留めてくれるよ、大丈夫。