たまに見せる、悲しげな色。
若葉色に似たキレイな瞳。
本人はオリーブ色とか言ってたけど、あんまりピンとこなかった。
それが、落ちかかる夕陽に向けられるとき、いつも感情の読めない顔をする。
朱色と混ざって。
何を思っているのか。
何を思い出しているのか。
どうして。
泣きそうに、しているのか。
俺にはわからない。
わかりたいけれど、踏み込めない領域。
――家族。
それは、彼がボンゴレファミリーに見出したもの。
見出すまえに一度、失ったもの。
――本当の家族。
容易に触れられない、心の奥底に閉じ込めた記憶。
安易に触れてはいけない、鍵をかけた感情。
だから。
待つしかできない自分を歯痒く思いながらも。
ただ彼が打ち明けるのを、ただ待ち続ける。
せめて、その時に、受け止められるように。
その日。
俺はツナの護衛として車に同乗していて。
外から狙撃され、ツナを庇った。
回転する感覚と衝撃と痛み。
赤い闇。
記憶はそこで途切れて。
気がつくと、ベッドの上で寝ていた。
「……たけし?」
頬に、ひやりと冷たい感覚。
視線を動かすと、すぐに白い手が視界に入った。
その先に、泣きそうな顔。
「……どうしたんだ?」
「どうしたじゃ、ねぇよ……」
細い指が頭に触れ、鈍い痛みを覚える。
思わず顔をしかめると、怯えるように指が逃げた。
「……痛むか?」
「頭だけ少し。何? 思ったより重傷なわけ?」
隼人はふるふると頭を振った。
「検査では、どこにも異常なかった」
「そか」
それなら、と上体を起こす。
ズキリ、と頭が痛くなったが、それもすぐに治まる。
手や足を軽く動かし、他にはどこにも痛みや違和感がないのを確認する。
打ったのは頭だけで、単に気を失っていただけか。
情けない話だ。
――そうだ、情けないといつもなら怒鳴られるはずなのに。
「隼人?」
なぜこんなに、泣きそうな目をしているのか。
まるで夕陽を見ているときと同じ。
「……何、考えてんだ?」
びく、と肩が震える。
オリーブ色の瞳は、確かにこちらを向いているのに。
俺を通して、何か別のものを。
過去のひとつを。
俺の知らない何かを見ているようで。
不安が満ちて、言葉になって、ただこぼれ落ちる。
「何を、思い出して――」
伸ばした指先に、小さな、雫が落ちた。
一瞬、言葉を失う。
雫はオリーブ色の瞳から、溢れていた。
――何、やってんだよ。
涙に濡れた手を握りしめ、そのまま自分の膝にぶつける。
「隼人」
俺は銀色の頭を抱き寄せ、目元に唇を押しつけた。
「ごめん」
「――っ」
息を詰める気配。
舌先に辛いものを感じて、後悔がさらに強くなる。
「ごめんな」
本当に馬鹿だ。
今なら何か、聞き出せるんじゃないかとか。
期待したのがそもそも間違ってる。
待つと決めたのは、聞き出すことと同義じゃない。
むしろ正反対に位置するものだ。
泣かせたくないからと、泣かせてどうする。
「ごめん」
「……ぁやまんじゃ、ねぇよ」
「でも」
「……俺が情けなくなる」
なんで、と問いかけた口が塞がれる。
強引に言葉を奪い、そして、
「つまんねぇ、辛気臭ぇ話、だからな」
そう前置きして、隼人はぽつりぽつりと話し始めた。
夕陽とピアノと、母親の記憶。
訪れなかった車の理由。
無知の過去。
気がつくと、面会時間はとうに過ぎていて。
それでも誰も来なかったのは、ツナか誰かが手配してくれていたからなのだろう。
ふたりきりの空間で、やがて隼人は泣き疲れた子どものように、寝入ってしまった。
「ここ、俺のベッドなんだけどなぁ……」
硬質な髪を指先で遊ぶ。
静寂。
――何も言えなかった。
心の深い、深い場所に刻まれた傷。
それは車に感じる死の恐怖。
それは夕陽に感じる別れの孤独。
それは、触れるには脆すぎて、癒すには膿みすぎて。
時折こぼす自虐的な、渇いた笑みも、どうしようもなく胸を締めつけるだけで。
歯がゆい。
届かない。
こんなに近くにいるのに。
伝えたいことは、はっきりしているのに。
指を絡め、握りしめた手はまだ冷たい。
「……隼人」
本当に。
本当に伝えたいのは。
「俺は、」
ただ、
「ずっと、ずっと隼人と一緒にいるから」
孤独を満たす愛情を。
傷を癒す時間を。
「だから、」
少しでも伝わるように。
君に伝えられるように。
「もう、心配しなくてもいいからな?」
涙の痕に口づける。
それから。
鍵の壊れた扉から溢れる悲しみに、君が流されないように。
今夜はしっかり抱きしめて眠ろう。
「おやすみ、隼人」
悲しい夢は、明日には覚めるから。