待ち合わせ場所は駅前。
「寒ィんだから待たせんなっつの」
きっかけは昨日の話。
夕陽も消えた暗い帰り道。
知らない家々を彩る、赤や緑のイルミネーション。
すげぇな、と思わず口にしたら。
じゃあ、もっとすげぇの見に行こう、と言われた。
子どもみたいに、無邪気に語るもんだから。
つい、頷いてしまった。
午後四時。
そろそろに暗くなる時間帯。
「ごめん!」
言い訳はない代わりに、缶コーヒーを手渡される。
「カイロ持ってくりゃよかったなぁ」
「別に、――っくしゅ!」
「あーあー、またそんな薄着で」
「ウッセェ」
缶コーヒーを両手で包んで、痛む指先を温める。
「手袋は?」
「いらね」
「マフラーは?」
「忘れた」
「……はぁ」
山本は自分のマフラーを取ると、それを俺の首に巻きつけた。
「なっ」
後ろで結ぶ気配。
「ばっ、いらねぇよ!」
「獄寺の首って細いし白いし、なんか余計寒そうに見えるのなー」
何やらカタチまで整えている。
まさかリボン結びにしてないだろうな。
「よし」
「何が良しだ」
「んで、巻きながら思い出したんだけど」
「何だよ」
「ちょっと便所行ってくる」
「さっさと行けアホが!」
振り向きざまの下段蹴りを難なくよけ、山本はすぐ近くのコンビニへと入っていった。
幅の広い毛糸のマフラー。
アイツには珍しく、深い赤色。
「いらねぇってのに……」
少しずらすと、鼻から下が全部包まれた。
家の匂いがする。
あと、アイツの匂い。
「――って」
何してんだよ俺は!
マフラーをずり下げ、缶コーヒーをあおる。
「ねぇ、ひとり?」
これカフェオレじゃねぇか。
いつもノンシュガーがいいっつってんのに。
「誰か待ってんの?」
「よかったら遊ばない?」
カフェオレじゃ甘すぎるっつの。
「その髪キレイだね、ホンモノ?」
伸びてきた手を払い、無言で睨みつける。
「へぇ、その目、外人?」
「ニホンゴわかりますかぁ?」
人が親切にも無視きめこんでやってたのに、なんだよこつらウゼェ。
「缶なんかよりサ店行こうぜ?」
「サ店よりオケ屋だろ」
野郎が三人。
高校生か、もしかすると大学生ぐらいか。
ちゃらけた風体に軽そうな頭。
鍛えてる感じもしない。
……これなら、一人でも余裕か。
「ねぇ、一緒に行こうよ」
すっ、と上着の内に手を忍ばせた、次の瞬間。
「おまたせー」
気配もさせずに、後ろから、抱きしめられた。
「だっ」
誰かと問う間もなく。
「何これ、ナンパ?」
耳元に呑気な声音。
なのに、何だこの寒気は。
なんでコイツ――
「声かけたくなる気持ちはわかるんだけどさ、」
すぅ、と目が鋭くなる。
「今すぐ目の前から消えてくんね?」
こんな、静かに、キレてんだよ。
「な、ンだよ、男付きかよ」
「つまんね、行こうぜ」
気圧されたのか、野郎どもは案外あっけなく、人混みへと消えていってしまった。
しばらくそれを見送っていると、今度は長いため息が聞こえてきた。
「ああ焦ったぁぁ」
「はぁ?」
「獄寺、またあの花火出す気だったろー」
「花火じゃねぇよ!」
「出そうと、してたろ」
「う……」
言い訳しようにも、隠れた右手は確かにボムを握っていて。
山本が抱きつかなければ、ためらいなく吹っ飛ばしていた。
「――って、だから、腕動けないようにしたのかよ!」
「まぁそれもあるけど」
ぎゅう、と苦しいぐらいに。
「ヤキモチも、ある」
「なっ」
一気に顔が熱くなる。
手で冷やそうにも、腕を上げることすら叶わない。
ナンパされる状況にしたのはお前だろ、とか。
完無視してたの知ってるだろ、とか。
そもそもアイツら勘違いしてただろ、とか。
もう一度ちゃんと俺の性別を思い出せ、とか。
色々文句も浮かんだが。
困惑と長考の末。
俺はマフラーに埋まりながら。
たぶん、一番ほしがってるだろう言葉を。
こぼした。
「……俺には、お前だけだっつの」
消えそうなほど小さな呟き。
それでも届いてしまったようで。
山本はパッと手を離した。
その隙に、ギリギリ手の届かない距離と取り、振り返る。
嬉しさと驚きと戸惑いとが混ざったような、変な表情。
うっかり笑いかけたじゃねぇか。
「早く、連れてけよ」
「え、ちょ、今の」
「すげぇの、見せてくれんだろ?」
不器用にも仏頂面で。
何もなかったフリをして、反応を待つ。
たっぷり一分過ぎてから。
山本はあからさまに表情を崩した。
「やっぱ獄寺には敵わないのなー」
飲み干した缶を、手元からさらって放り投げる。
空き缶は見事な弧を描き、ゴミ箱に吸い込まれた。
「行こうぜ」
「ん」
手は繋がない代わりに、隣に並んで歩く。
付かず離れずの距離。
「そのマフラー、獄寺にやる」
「いいのかよ」
「俺よか似合ってるし、ほら、俺は獄寺いただくから」
「はぁ? 何言っ――」
バッと両手を後ろに回して確認する。
整えられた輪がふたつ、結び目を中心にして、大きく開いていた。
これはまさしく。
「リボンにすんな!」
「今さら」
「結び直す!」
端を掴んで引く。が、しかし。
「なんっで、ほどけねぇんだよ!?」
「あはは固結びー」
「テメ、このっ」
きつく結んで、結び繋げて。
どこにも行かないように、行けないように。
赤い糸で、ぐるぐる巻きに。
「獄寺かわいー」
「果てろ!!」
運命そのもので、ぐるぐる繋いだら。
その端っこは離さないように。