39|ぐる ぐる 繋ぐる





『 ぐる ぐる 繋ぐる 』





 待ち合わせ場所は駅前。
「寒ィんだから待たせんなっつの」
 きっかけは昨日の話。


 夕陽も消えた暗い帰り道。
 知らない家々を彩る、赤や緑のイルミネーション。
 すげぇな、と思わず口にしたら。
 じゃあ、もっとすげぇの見に行こう、と言われた。
 子どもみたいに、無邪気に語るもんだから。
 つい、頷いてしまった。


 午後四時。
 そろそろに暗くなる時間帯。
「ごめん!」
 言い訳はない代わりに、缶コーヒーを手渡される。
「カイロ持ってくりゃよかったなぁ」
「別に、――っくしゅ!」
「あーあー、またそんな薄着で」
「ウッセェ」
 缶コーヒーを両手で包んで、痛む指先を温める。

「手袋は?」
「いらね」
「マフラーは?」
「忘れた」
「……はぁ」

 山本は自分のマフラーを取ると、それを俺の首に巻きつけた。
「なっ」
 後ろで結ぶ気配。
「ばっ、いらねぇよ!」
「獄寺の首って細いし白いし、なんか余計寒そうに見えるのなー」
 何やらカタチまで整えている。
 まさかリボン結びにしてないだろうな。

「よし」
「何が良しだ」
「んで、巻きながら思い出したんだけど」
「何だよ」
「ちょっと便所行ってくる」
「さっさと行けアホが!」
 振り向きざまの下段蹴りを難なくよけ、山本はすぐ近くのコンビニへと入っていった。


 幅の広い毛糸のマフラー。
 アイツには珍しく、深い赤色。
「いらねぇってのに……」
 少しずらすと、鼻から下が全部包まれた。
 家の匂いがする。
 あと、アイツの匂い。
「――って」
 何してんだよ俺は!
 マフラーをずり下げ、缶コーヒーをあおる。

「ねぇ、ひとり?」

 これカフェオレじゃねぇか。
 いつもノンシュガーがいいっつってんのに。

「誰か待ってんの?」
「よかったら遊ばない?」

 カフェオレじゃ甘すぎるっつの。

「その髪キレイだね、ホンモノ?」

 伸びてきた手を払い、無言で睨みつける。
「へぇ、その目、外人?」
「ニホンゴわかりますかぁ?」
 人が親切にも無視きめこんでやってたのに、なんだよこつらウゼェ。
「缶なんかよりサ店行こうぜ?」
「サ店よりオケ屋だろ」
 野郎が三人。
 高校生か、もしかすると大学生ぐらいか。
 ちゃらけた風体に軽そうな頭。
 鍛えてる感じもしない。
 ……これなら、一人でも余裕か。
「ねぇ、一緒に行こうよ」

 すっ、と上着の内に手を忍ばせた、次の瞬間。

「おまたせー」
 気配もさせずに、後ろから、抱きしめられた。
「だっ」
 誰かと問う間もなく。
「何これ、ナンパ?」
 耳元に呑気な声音。
 なのに、何だこの寒気は。
 なんでコイツ――

「声かけたくなる気持ちはわかるんだけどさ、」
 すぅ、と目が鋭くなる。
「今すぐ目の前から消えてくんね?」

 こんな、静かに、キレてんだよ。

「な、ンだよ、男付きかよ」
「つまんね、行こうぜ」
 気圧されたのか、野郎どもは案外あっけなく、人混みへと消えていってしまった。


 しばらくそれを見送っていると、今度は長いため息が聞こえてきた。
「ああ焦ったぁぁ」
「はぁ?」
「獄寺、またあの花火出す気だったろー」
「花火じゃねぇよ!」
「出そうと、してたろ」
「う……」
 言い訳しようにも、隠れた右手は確かにボムを握っていて。
 山本が抱きつかなければ、ためらいなく吹っ飛ばしていた。

「――って、だから、腕動けないようにしたのかよ!」
「まぁそれもあるけど」
 ぎゅう、と苦しいぐらいに。
「ヤキモチも、ある」
「なっ」

 一気に顔が熱くなる。
 手で冷やそうにも、腕を上げることすら叶わない。
 ナンパされる状況にしたのはお前だろ、とか。
 完無視してたの知ってるだろ、とか。
 そもそもアイツら勘違いしてただろ、とか。
 もう一度ちゃんと俺の性別を思い出せ、とか。
 色々文句も浮かんだが。

 困惑と長考の末。
 俺はマフラーに埋まりながら。
 たぶん、一番ほしがってるだろう言葉を。
 こぼした。

「……俺には、お前だけだっつの」

 消えそうなほど小さな呟き。
 それでも届いてしまったようで。
 山本はパッと手を離した。

 その隙に、ギリギリ手の届かない距離と取り、振り返る。
 嬉しさと驚きと戸惑いとが混ざったような、変な表情。

 うっかり笑いかけたじゃねぇか。

「早く、連れてけよ」
「え、ちょ、今の」
「すげぇの、見せてくれんだろ?」

 不器用にも仏頂面で。
 何もなかったフリをして、反応を待つ。

 たっぷり一分過ぎてから。
 山本はあからさまに表情を崩した。
「やっぱ獄寺には敵わないのなー」
 飲み干した缶を、手元からさらって放り投げる。
 空き缶は見事な弧を描き、ゴミ箱に吸い込まれた。

「行こうぜ」
「ん」


 手は繋がない代わりに、隣に並んで歩く。
 付かず離れずの距離。

「そのマフラー、獄寺にやる」
「いいのかよ」
「俺よか似合ってるし、ほら、俺は獄寺いただくから」
「はぁ? 何言っ――」

 バッと両手を後ろに回して確認する。
 整えられた輪がふたつ、結び目を中心にして、大きく開いていた。
 これはまさしく。

「リボンにすんな!」
「今さら」
「結び直す!」
 端を掴んで引く。が、しかし。
「なんっで、ほどけねぇんだよ!?」
「あはは固結びー」
「テメ、このっ」

 きつく結んで、結び繋げて。
 どこにも行かないように、行けないように。
 赤い糸で、ぐるぐる巻きに。

「獄寺かわいー」
「果てろ!!」

 運命そのもので、ぐるぐる繋いだら。
 その端っこは離さないように。






× × ×

オチつかない!

マフラーは明月閣下よりありがたく頂戴してきたネタです!
(自分的には)かわいく仕上がって満足です。