40|Cutie Crazy





『 Cutie Crazy 』





 ただパソコンに向かって慣れない報告書作成をしていただけだった。
 なぜ、こんな事態に陥ったのか。
 いくら俺でも理解できない。
 なぜ、どうして――


「まだ終わんねぇのかよ」
 少し鼻にかけた猫撫で声で、甘えるようにもたれかかってくる。
 普段ならあり得ない行動。
 そう、普通なら絶対にしないだろう行動。
 それが動揺を招き、さらに作業を遅らせているわけですが。
「……あの、さ」
 肩に乗っていた頭が、ゆるりと持ち上げられる。
 白い肌にも緑の瞳にも、酔いの色は見受けられない。
 だからこそ不思議でならないのだ。
「……なんで、ずっと……俺の膝の上に、いんのな?」
「別に邪魔してねぇからいいだろ」
 それだけ答え、隼人は再び襟元に顔を埋めた。
 いや、邪魔とかそういう話じゃなくて。
 なんで、こんな、密着体勢なのかを、聞きたかったわけですが。
 詳細に明記すれば。
 椅子に座って作業する俺と対峙するようにあるいは跨ぐように俺の大腿部の上に臀部を乗せて俺の首に腕を回してしがみついている状態。
 簡単に言えば、「抱っこ」なわけであるが。
 こうなったのは、なぜ、なのか。
 ていうか、椅子の上なんていう狭いスペースでひっついてるもんだから、密着度が半端ない。
 ふとすればアレがアソコに当たったり掠ったりするわけで。
 どんどん作業に集中できなくなっているわけですが。
「まだかよ」
 吐息が首筋にかかる。
「っも、少し」
 落ち着け落ち着け。
 深呼吸深呼吸。
 気を引き締め、視線をディスプレイに固定する。
 これぐらい、乗り越えてみせねば。


 静かな部屋でキーボードを叩く音だけが響く。
「……ほうこく、は……いじょうで……あ、る……」
 エンターキー。
 それから上書き保存。
 次はメールソフトを立ち上げて。
「まだ……?」
「あとメール送るだぁっ!?」
 首筋に鋭い気配と柔らかい何か。
 おそらくは犬歯と舌。
 場所を変えて何度も、何度も甘く噛んでは舐められる。
 明らかに誘ってる。
 それはもうわかっている。
 ぶっちゃけこうしてゆっくり触れ合えるのは一週間ぶりだし、お互い溜まってるものだってある。
 しかし、しかしだ。
 俺たちだってもういい大人である。
 優先順位は理解している。
「もーちょい、待ってな」
 後ろ髪を撫で、再びキーボードを叩く。
 メールの文面はほぼコピペで済むので面倒なことはない。
 あと少し。
 これが終われば。
 データを添付して文面を再度チェックして最後に送信ボタンを左クリック一回。
 封筒のアイコンがしばらく回転してから、画面に『送信完了』のメッセージ。
「っしゃ終わったぁー」
 椅子にもたれて背を伸ばしながら、ここぞとばかりに両腕できつく抱きしめる。
「隼人、終わったのなー」
 久々に堪能する感触。
 布団とかよりも落ち着く。
 匂いも、温もりも、存在すべてが溜まった疲労を解消してくれる。
「……隼人?」
 もういいよと背を叩くが、反応がない。
 代わりに、規則正しい呼吸音が聞こえてくるだけ。
 朝、恋人より早く起きてしまった時に聞こえる音に似ている。
 ていうか、同じ。
「……えっと……まさか?」
 おそるおそる肩に手をやり、そっと体を離す。
 抵抗がない。
 ついでに力もない。
 そこにあるのはただ、至極穏やかな――寝顔、だけ。
「え、ええぇぇえぇえ!?」
 少し待たせてただけじゃん!
 いや、疲れてたのはわかるけど。
 あんだけ誘っといて。
 我慢したのに。
 ここまできて。
 本当に予想外すぎて、口から出る言葉はもう、
「ええぇえぇえ?」
 しかない。
 だって、これしか言いようがない。
 他に何が言える。
「えええぇ……」
 俺、頑張ったのに……
 勃ちそうになるの我慢して、頑張ったのに……
「はやとぉー……」
 甘い匂いのする髪に鼻先を埋めて、なんていうか、少し、泣きそうな気分を味わう。
 これじゃあ完璧、生殺しってヤツじゃないですか。
「うー……」
 しかしくやしいかな。
 こんな仕打ちをされてもなお、心を占めるのは。
「可愛いなぁもぉ隼人大好きー」
 押さえきれず溢れる感情と共に抱きしめる。
 大の男に向かって「可愛い」はないと知りつつも、やっぱり可愛いので仕方ない。
 こんな寝顔を見れるのは恋人だけの特権だし。
 そう、可愛いのは仕方ない。
 仕方なくないのは――
「どうすっかなぁ……」
 うっかり元気になってきた俺自身なわけで。
 耳元に聞こえるのは、ただただ穏やかな呼吸で。
「はぁ……」
 寂しいため息は誰に聞かれるでもなく。
 そっと深夜の空気に溶けて消えてしまった。






× × ×

ドンマイ!