ひらひらと前を行く。
「今日の服は、アレだよな」
いつものはパンク系とか、確かそんな名前の。
それとは違う。
「なんだっけアレ、アレっぽい」
鎖がついてるのは変わらない。
服が破けてるのも同じ。
ただ何か、そう、ひらひらしている。
「ボケ老人か」
獄寺は振り向くと、呆れた顔をした。
その襟元には、黒いネクタイがリボンのように結ばれている。
レースとまではいかないが、裾がほつれたり、ほどけている様がひらひらとカワイイ。
「あ、アレ、クロームがたまに着てるやつ」
「……ゴスロリって言いてぇのか?」
頷いたら握りこぶしで殴られた。
ひらひらと前を行く。
その格好が珍しくて、つい見つめてしまう。
獄寺は何着ても似合うしカワイイ。
ゴスロリでもパンクでも、もちろんシンプルなスーツでも。
けど、たまに肩出した服着てると、上着をかけたくなることがある。
なんていうか、他人には見られたくないって、あるじゃん。
「何見てんだよ」
いつの間にか振り向いて、呆れた顔をしていた。
胸元の黒が色白の肌を際立たせていて、対照的に唇の赤がやけに色っぽく見える。
エロいよなぁ。
緩む口元を手で隠しながら。
「んー? いや、カワイイなぁと」
言ったら握りこぶしで殴られた。
ひらひらと前を行く。
行き先はいつも通り、ツナの家――ではなく。
そう、今日はツナも赤ん坊も、他のメンバーは誰もいない。
今日は一日中、ふたりきりの約束。
だって今日は――
「あ、」
「何だよ」
「もしかしてそのリボン、」
俺は思いついたままに、言葉を音に変えた。
「プレゼントのつもり、だったり?」
何もない代わりに自分をプレゼント、とかそんな感じの。
マンガとかゲームでよくある展開。
でも、それはマンガとかゲームの中の話であって。
「なんてな。まさかそんなわけ――」
さっさと話題を変えようとして、振り向いた表情が違っていることに気づく。
呆れ顔じゃなく、真っ赤に、動揺した顔。
「……え、え?」
まさか。
「あたり……?」
「ばっ、違ぇよ! たまたまだ!」
飛んできた握りこぶしを受け止める。
「やべ、すっげ嬉しい」
「だから違ぇっつの! 偶然だ偶然!」
「じゃあ、その偶然が嬉しい」
「――っ」
獄寺は口をへの字に結ぶと、顔を隠すように俯いた。
うわ、カワイイ。
カワイイけど、これは、言わない方がよかったかな。
照れてる姿は好きだけど、こうなると目を見て話してくれなくなるし。
でもなぁ。
後悔はあっても、反省はないわけで。
俺は受け止めたままだったこぶしに指を絡ませ、いわゆる恋人繋ぎにすると、引き寄せるようにして歩き出した。
「ちょ、何すっ」
「そろそろ急がねぇと映画混んじゃうのな」
「ば、手、離せっ」
「はぐれたら大変じゃん」
「こんな場所ではぐれるかっ」
「万が一ってことが」
「ねぇよ!」
うっかり口元が緩んでしまうが、今度は隠す余裕もなく。
ていうか、声が怒ってる割に手を引き剥がそうとはしないから。
本気で怒ってないのは丸わかりで。
だから、止められない。
俺は振り向いて、言った。
「今日は一日、楽しもうな?」
キレイな緑色の瞳が驚いて、揺れて、少しだけ伏せて。
獄寺は言った。
「……当たり前だ」
それから、繋いでない方の手で軽く殴ってきた。
ひらひらと隣を歩く。
遠くない距離感で、同じ歩調で。
「獄寺、ありがとな」
「何だよ」
「付き合ってくれて」
「……今日だけだからな」
「うん」
「にやけんな」
「あはは」
しっかりと手と手を結んで。
一緒に喜ぶ。
今日という日の、幸せを。