歌声が響き渡る。
聖なるかな。
聖なるかな。
反響して、誰の声。
「隼人」
讃美歌を邪魔しない程度に抑えられた声に顔を上げる。
ロウソクだけの心許ない光源でも誰かわかる。
武は表情を緩めると、隼人の隣に腰を降ろした。
「こんなトコいるなんて、珍しいのな」
「なんとなく、な」
天使のような少年少女がきれいに並んで、歌を紡ぐ。
何度も練習したのだろうか。
それとも、練習しなくてもいいぐらい、歌い慣れているのだろうか。
ステンドグラスを震わせて。
「こういうトコ来ると、外国だなーって思う」
「日本にもあるだろ」
「学校とか、そういうトコにしかないイメージがあってさ、行事とかじゃないと入れない感じで」
「そういうもんか」
「うん」
少女の声がひと際高く響く。
透き通った音。
「何の歌?」
「今は、キリエだな」
「キリエ?」
「そういうジャンルってことだよ」
「ふーん」
椅子に背を預けて、隣に座る横顔を眺める。
最初の一瞥以来、隼人はずっと聖歌隊に目を向けている。
本当に音楽っていうのが好きなんだな。
そう思いつつ、武は淡く照らされる姿を見つめた。
場所が場所だからかもしれないが、本当にキレイだと思う。
まるで神に捧げる供物みたいな。
「……なんだよ」
知らず、その手を掴んでいたらしい。
隼人は視線だけ武に向け、怪訝そうに眉をひそめた。
「あのさ、神サマってどんな感じなのな?」
「はぁ?」
「いや、日本の神サマと違うってのはわかるんだけど、どんな感覚なのかな、と」
「どんなって……」
若葉色の瞳が、少ない明かりを吸い込んで。
ステンドグラスよりキレイに揺らめく。
曲調が変わる。
テンポの速い、何重にも重なるメロディライン。
荘厳に空気を震わせて。
奥の壁に張り付けられた十字架や、赤子を抱いたマリア像。
それらを順に目で追いつつ。
「……いつも近くにいる、というか」
隼人はゆっくりと言葉を紡いだ。
「感覚的に上のほうにいて、こう、啓示を与える? ような……」
「意外と曖昧なんだな」
「言葉にすんのが難しいだけだ」
わずかに唇を尖らせる。
その表情さえ、胸をときめかせるには充分で。
掴んでいた手に握り直そうとすると、
「大体、そんな意識することねぇんだよ」
逆に、引き寄せるように指を絡められる。
同じくらいの体温で。
繋がる。
「当たり前すぎて、もう、気づけない感じなんだよ」
わずかに朱の差した頬。
それは、光のせいだけでなく。
胸がしめつけられる。
神様がどんなものかは知れない。
けれど、天使がいるなら、きっとこんな感じなんだと思う。
感情が綻んで、気持ちがあたたかくなる。
愛おしいと、喜ぶ。
武はそっと耳打ちをするように、その耳朶を甘く食んだ。
「なっ」
声をあげかけた口元に指先を押し当て、しぃ、と短く制する。
隼人は繋いだままの手で、一気に赤くなった耳を押さえ、武を睨みつけた。
「……なに、すんだよ」
「んー、なんとなく?」
「果てさすぞ」
「なぁ、もっと触りたい」
「ばっ」
華奢な指先や、指輪、手の甲に唇を押しつけて。
今度はちゃんと、耳元に囁き。
「もっと、隼人と触れ合いたい」
「……場所わきまえろ、アホが」
「あはは、そうだなー」
「わかってんなら行くぞ」
「うん」
聖なるかな。
歌わない天使を繋ぎ止めるために。
歌声の届かない場所へ。
「あ、そうだ」
教会の扉を閉めたところで、武は急に立ち止まった。
手を繋いでるせいで、必然的に隼人も足を止めて、振り返る。
「なん――」
その唇に。
「Buon Natale」
白い吐息。
短く笑う。
「そこだけイタリア語かよ」
「え、がんばって覚えたのに」
「バーカ」
ぐい、とコートの襟を引き寄せて。
聖夜に響く。
永遠の中の刹那を。
共に過ごしたいと願うのは他の誰でもなく。
あなた。