飛行機はすごい。
あんなナリで空が飛べる。
いや、飛ぶような設計だけど。
そうじゃない。
あんな鉄と木の塊のくせに。
空を
飛べる。
だから飛行機はすごい。
▽都内・第二居住区
斑模様の空に銀の十字。
エンジン音がやたら響いて過ぎる。
「ありゃまだまだだね」
窓枠に腰掛けて見上げながら、紗鴇(すずとき)は煙をふかした。
「風の抵抗をまるで考えてない」
文字通り四角四面の胴体に両翼。
「作った奴も真面目堅物なんだろうなぁ」
不恰好な姿の飛行機が北へと消えて見えなくなる頃合いでようやく、
「少年もそう思うだろう?」
紗鴇は窓の下に立っていた少年に視線を落とした。
飛行機から紗鴇へと向けられた顔にはまだまだ幼さが残っていた。
おそらくは学生か。
予想を証明するように、少年は学生服と思しきスラックスに白シャツを着ていたが、それ以外がおかしかった。
「なんとも、珍妙な格好だな」
厚手の羽織を引っ掛けていることも不似合いなのだが、何よりも裸足であることが気になった。
「流行りって感じには見えないが、そうだ、ちょっと待ってろ」
返事も聞かずに頭を引っ込めて、しばらく窓の外に埃臭さを逃がしていたかと思うと、再び身を乗り出し、
「やるよ!」
黒い一対の何かを放り投げた。
「!?」
慌てて伸ばした指先にうまく紐の部分が引っ掛かり、そのまま少年の腕の中へと納まる。
「革長靴(ブーツ)ってんだ。珍しくて買ったんだが小さくってな。よかったら使ってくれ」
珍妙な格好がさらに奇妙になることを期待してるとかそんなことは一切口にしない。
もしかしたら表情で読まれるかもしれないが。
紗鴇は楽しそうに待っていたが、少年は戸惑った視線を返すだけで、履こうとはしなかった。
こんな、見知らぬ男から突然ものを渡されても、困るのは当然か。
「まぁ、いらないならその辺に置いとけばいいし、気に入ったならあげるし。好きなようにしな」
ひらり手を振った向こうで、少年の驚いた顔を見た気がした。
少年はしばらく革長靴を眺めていたが、やがて意を決したように、その中に裸の足を突っ込んだ。
難儀して紐を結ぼうとする姿が面白くて、そのまま観察してみる。
服の仕立てもいいし、どこぞのお坊ちゃんが家でも飛び出してきたか。
ふと、紗鴇は飛行機が消えていった先、第一居住区の方を見遣った。
首都東都は身分の差で居住区が分けられる。
富豪の第一、特殊職人の第二、平民の第三・第四、職人の第五。
第二と第五の違いは、職人の作り出す物の違い。
つまり富豪が好む道楽品か平民が求める日用品かということ。
そして、ここ第二に住む紗鴇の仕事は――
「そうだ、少年、名前は?」
単純に興味からの質問だった。
少年は、紐を結ぶよりは簡単に、あるいは素直に答えた。
「綾鷹(あやたか)」
しかし、それが姓か名なのかは言わない。
知らず、小さな笑いがこぼれる。
「俺は紗鴇だ」
空にはまた違うエンジン音。
雲の模様は変わろうと、相も変わらず斑のままに。
その中を真っ直ぐに進む――
「飛行機は、好きかい?」