僕の名前は珍しい。
だけれど、この世界に同姓同名の人間が一人だけ存在している。
彼女と面識があるわけではない。むしろ一度も接触したことがない。
ただ間接的に知っている、それだけだ。
彼女の名は知院 刹那。
そしてそれは、僕の名前でもある。
僕は昔から傷が多かった。
自分でつけてしまったものと、身に覚えのないもの。
二人分の傷だと気付いたのは小学生の頃。
双子の神秘とか、そんな番組を見た時だ。
しかし、僕には双子の兄弟姉妹なんかなく、両親を問い詰めても、そんな事実は欠片もなかった。
そうよ実はあなたには双子の―――
とか言われるのを多少は期待していたのに。
実際は普通の一般家庭で、僕は普通の両親に普通に育てられた普通の一人っ子だった。
そんな両親もすでに他界し、親族もいないので、今は天涯孤独というやつだ。
その色形から「ハロウィン」と呼んでいる帽子を被ると、僕は一晩限りの宿に別れを告げた。
腰には細いワイヤーとサバイバルナイフ。
足元には宿の主だった肉塊。
さて、今日はどこへ行こう。
# # #
私には不愉快なことがある。
己以外の非で経歴に傷がつきかねない事態が起こりつつある。
幼い頃から二人分の傷を負ってきたが、まさか私の人生にまで傷がつきそうとは。
その原因たる彼の名は知院 刹那。
そしてそれは、私の名前でもある。
近年、通り魔殺人事件が続いている。
凶器がワイヤーと大型のナイフであることや、犯行手口の類似性から同一犯と特定して捜査中。
ざっと見積もって十余人は殺しているだろう凶悪犯は未だ逃亡中。
それが彼だ。
同姓同名の犯罪者など不愉快極まりないが、複雑な事情から私は捜査に加われないため、彼に文句を言う機会はないだろう。
一度だけ血縁関係を問われたが、私に兄弟姉妹がいた事実はない。
とはいえ、両親はすでに他界し、親族もいないため、確認のしようがないが。
ともかく不愉快の原因は早めに捕まることを願う。
相棒の装填数を確かめ、ホルダーのボタンを留めると、私は部屋をあとにした。
ポケットには手帳と手錠。
足元には散らかしたままの捜査資料。
さぁ、今日も犯罪に粛清を。
♭ ♭ ♭
僕はどちらかというと街を歩くのが好きだ。
様々な人間を観察できるし、たまに何か買ってくれる人もいる。
そういう人は見返りを要求してきたりもするけど、その辺はいつも腰に下げてる物でどうにかなるからいい。
僕はバーガーをかじりながら、おつりを眺めた。
「お金、ないなぁ」
くすりと、笑い声が聞こえた。
茶色に染めた髪を緩く巻いた、少し化粧の濃い女性。たぶん美人。
「家出?」
「……まぁ、それっぽいかな」
女性は僕の隣に腰掛けた。
最近わかったことだが、僕は年上の女性によくモテるらしい。
「高校生?」
「そう見えるなら、それでいいよ」
「変な子。名前は?」
「刹那」
構わずバーガーを食べ進む。
「セツナ君か。暇そうだね」
「することはないね」
明らかに漢字変換のできていない発音に、適当に相手して別れるかどうか考える。
平日の昼間にOLの逆ナンというのはないか。
おそらくは女子大生。
ポテトの塩辛さに耐え切れず、コーラを一気にすする。
「そんな物ばっかり食べてたら大きくなれないよぉ?」
「好きで小さいわけじゃないよ」
一般女子より背が低いことも童顔であることも自覚しているが。
それを他人に指摘されて喜ぶ趣味はない。
「ね、あたしン家来る? 家庭料理でもごちそうするよ」
「家庭料理って……和食?」
「純和食もお手の物」
なかなかに好ましい提案ではある。
お金もないし、そろそろジャンクには飽きた。
それでもすぐには食いつかない。
「……おいしいの?」
「彼氏に逃げられないぐらいには」
「彼氏いるの?」
「まぁね」
「……修羅場はやだよ」
「イトコって言えば平気よ」
これはまたよくあるいい訳だ。
僕はポテトを食べきるまで考えて、それから彼女に笑顔を見せた。
「じゃあ、行く」
運良くいけば、今夜の宿も確保できそうだし。
# # #
私は街を歩くのがあまり好きではない。
人間観察はプロファイル作成のためになるとはいえ、自分より明らかに知能レベルの低い人間を見ていると吐き気がする。
一時避難に入った喫茶店で、私は遅めの昼食を頼んだ。
「パートナーまで無能だしな」
見遣った窓の外には、私を探してウロウロしている不審者が一人。
人ひとり見つけられないとは、それでも警察か。
並べられたナイフを弄びつつ料理を待っていると、ホットケーキの甘い香りと共に男も現れた。
借りてきたようなスーツにぼろぼろの靴を履いた青年。たぶん馬鹿。
「刹那さん!」
「馴れ馴れしい。果てるか戸馬」
「ぎゃあスミマセン!」
私は戸馬に向けたナイフをテーブルに置き、代わりにメープルの瓶を手に取った。
たっぷりとホットケーキの上に落とす。
戸馬は馴れ馴れしくも私の向かいに腰を降ろした。
「……多すぎじゃ」
再びナイフを持つ。
「ひっ、スミマセン!」
「……頭の回転に糖分は不可欠だ」
ホットケーキを切り分け、口に運ぶ。美味。
「何か進展は」
「……え?」
「聞き込みに、何か、新しい、情報は?」
「はい! えっと、あ、ありません!」
本当にナイフを刺してやろうか。
ただでさえこいつがパートナーであることに不平不満が溜まっているのだ。
足手まといにしかならない人間と、なぜこの私が組まされているのか。
こいつさえ闇に葬ることができれば――
いや、私は犯罪を取り締まる側の人間だ。
「……戸馬も何か食べておけ。午後も歩き回る」
「あ、はい。じゃあ―――」
紅茶に砂糖三つとミルクを混ぜる。
早く事件を解決して、まともな食生活に戻りたいものだ。
「あそこのフレンチもご無沙汰か」
単なるぼやきだったのだが、
「え、追加注文ですか? やっぱ甘いモノばっかより、たまには違う物を」
戸馬は私の食事を眺めながら、余計な提案を出してきた。
「戸馬」
「はい」
私は優雅に紅茶を飲み、笑顔を見せた。
「潔く果てるか」
すぐにでも事件を解決して、パートナーも解消してやる。
♭ ♭ ♭
目の前に用意された料理と、目の前で繰り広げられている痴話喧嘩。
どうやら彼女は、浮気した彼氏へのあてつけに僕を誘ったらしく、そして彼氏は謝罪しに来たら僕がいて逆に怒り出したという、そんな状態。
修羅場はやだって言ったのに。
言い合いはまだまだ続きそうなので、僕は先にいただきますと箸を取った。
思ってたよりあっさり味でおいしい。
ていうか、早く和解しないかなぁ。
独り溜め息をついた時、
「ぎゃっ」
鈍い音と短い悲鳴が響いた。
「あーあ」
僕は倒れて動かない彼女に近付いて、生死を確認すると、上目遣いに彼氏を見た。
「やっちゃったね。どうするの?」
「ど、どうするって、どう、」
すっかり動揺しちゃって。
まぁ、こういう状況だし仕方ないだろう。
視線も思考もブレている彼氏に、丁寧に指を折って提案してあげる。
「いち、自首。にぃ、遺棄。さん、自殺」
どれを選ぶか楽しみに、彼女の髪を撫でながら待つ。
普通なら自首。
面白いのは遺棄。
ロマンチックなのが自殺。
しばらくすると、彼氏は手を伸ばし、台所の包丁を手に取った。
「どうせ、どうせもう、一人殺ってんだ」
震えながらも、刃先は真っ直ぐ僕に向かって。
「それに、お前、お前さえ、いなけりゃ!」
「責任転嫁はNG。ゲームオーバー」
「ふざけんな!」
刃が光る。
僕は腰のナイフを握ると、ただ真横に一閃した。
血しぶきが床を濡らさない内に駆けて、彼氏の口をクッションで塞ぐ。
くぐもった悲鳴。
「自首なら一瞬、遺棄なら一緒に、自殺なら一思いに葬ってあげたのに」
ナイフの先で腸を引き出す。
「見える? 中身ってこんなのなんだよ」
どんどんと消化器官が姿を現す。
クッションをどけると、恐怖に歪んだ顔があった。
怖がらせるつもりは欠片もないので、優しく微笑んで、教えてあげる。
「太い血管は切ってないから、まだ大丈夫だよ。あと数時間は、ね」
クッションを押し当てると、また悲鳴が聞こえた。
# # #
署に戻ってみると、やけに慌ただしく人が動き回っていた。
波に押し出されないように、軽いステップで脇によける。
「刹那さぁぁん」
逃げ遅れた戸馬を視線で見送り、私は受け持ち事件の本部の、隣の部屋に顔を出した。
資料に埋もれた机に顔見知りを見付けて、声をかける。
「何か進展が?」
「たぶん新しい被害者。知院刹那の……と、あぁ、すまない」
「いや、気にしない」
拡大コピーされた地図には何箇所も赤い印と日付が書き入れられている。
「お前がこっちにいてくれりゃいいんだけどなぁ」
「ホシが同じ名前なんだ。士気が下がってもいけないし、何よりマスコミが知れば」
「あーはいはい。正論正論。あれ、戸馬はどうした」
彼は背もたれに仰け反るようにして、私の後ろを探した。
数分前の戸馬を思い出して、答える。
「流れていった」
「流れてって……大事にしてやれよ?」
「なぜ」
予想外にも盛大な溜め息が返される。
「あれだってこっちに欲しい人材なんだぜ? 確かに使えなさそうだが、いや、お前なら上手く使いこなせると思って任せてんだ」
「あれが……?」
どこに使える要素があるというのか、甚だ疑問だ。
「そのうちわかるさ。コーヒー飲むかい?」
「遠慮する」
「頭ん中シャッキリするぜぇ?」
私は扉の前で振り返ると、不敵に微笑んで、告げた。
「今から逮捕状の申請だ」
開けた扉の先で、戸馬のつぶれた声が聞こえた。
@ @ @
殺人事件発生。
被害者は二十代男性。腹部を鋭利な刃物で裂かれ、殺害された模様。
現場は被害者の恋人の自宅。隣人の話によると、事件当夜、二人は言い争いをしていたらしい。
通報者はアパート管理人。女性の悲鳴を聞いて駆けつけ、遺体を発見し、ただちに通報したとのこと。
第一発見者である女性は、極度の錯乱状態にあり、事情聴取は未だ不可能。
「目を開けてすぐ、恋人の臓腑を見させられれば、錯乱もするだろうな」
新たに加えられた写真資料には、内臓をすべて引きずり出された男の死体。
「余計なことを―――」
机に拳を落として、知院刹那は奥歯を軋ませた。
強盗殺人事件の容疑者、遺体で発見。
昨夜未明に発生した殺人事件について、警察は別の事件の重要参考人として捜査していた人物が殺害されたことを発表。別の事件とは、××日に発生した、帰宅途中の女性が襲われ、所持していた現金約五万円を奪われ殺害されたもので、男性はその重要参考人として、すでに逮捕状まで申請されていたとのこと。
警察は強盗殺人事件と今回の殺人事件との関連性も視野に入れて捜査を進めると―――
「あのお兄さん、そんな悪いコトしてたんだ」
手元にはうっすらと血の付いた紙幣と、画面には見たことのあるマンションの映像。
「因果応報ってね―――」
足元に視線を落として、知院刹那は笑った。