僕は勢いよく開け放たれた扉から、思い切り視線を逸らした。
「だ、だってリーちゃんがまた執事追い出したから」
「リチャードです! 踏み潰しますよ!?」
「ひっ」
視界の外からも伝わってくる剣幕に、喉の奥から短い悲鳴がこぼれる。
いくら慣れたとはいえ、怖いのはいつまで経っても怖い。
しかし、執務机をバリケードにしながら、僕は果敢に反論を試みた。
「ていうか、その『お父様』ってのやめようよ。僕の方が年下なんだし」
というのも、僕は彼の母親の再婚相手なのだ。
ゆえに親子と言えど彼の方が年上となり、五年も先に産まれた人間から『お父様』と呼ばれるという、奇妙な構図ができたわけだ。
まぁ、間柄としては僕の方が、確かに目上の存在なのだけれど……
「君と僕との仲じゃないか。さぁ、気さくにアシェリーって」
ぴしっと青筋ひとつ。
「……お父様が年上の者に対する礼儀をわきまえられたら、いかようにもお呼びしましょう」
「じゃあ、」
リチャード様っていうのは親子っぼくないし。
義理だけど、父親と息子―――
「あぁ!」
「何ですか」
「息子サマ!」
「踏み潰すぞ!」
「なんで!」
息子であることを忘れず、なおかつ敬意を払ってみせたのに。
はぁあと長いため息。
「もういいです仕事してください喋らないでください」
「リーちゃんひどいよ愛情がないよ」
「きちんと働いたら、ケーキぐらい作って差し上げないこともないですけど」
「っしゃあ頑張ろう!」
僕は張り切って腕まくりして、インク壺に突っ込んでいたペンを取った。
執務は面倒くさいだけで、できないわけではないのだ。
息子サマはその様子をしばらく監視していたが、その内ため息だけ残して部屋を出て行った。
開け放した窓からは春風。
妻が旅立った日も暖かい日だった。
「最愛の人には逝かれたけれど、素敵な息子ができて、僕は幸せだなぁ」
たまにはケンカみたいなこともするけれど。
いや、あれはケンカというか、なんだろう、漫才? みたいなものかもだけど。
あと怖いけど。
「本当に、いい子を残してくれてありがとう、リーナ」
空は青く、日差しは柔らかい。
うたた寝の夢に、どういたしましてと聞いた気がした。
「踏み潰しますよ!」
「寝てないよ!」
うちには執事がいない。
しかし、うちには執事以上の息子サマがいるのだ。