「よく飽きないよね毎晩毎晩」
持っていた紙を放り投げて、父は机に伏せった。
ひらひらと舞い降りて足下。
拾い上げてさっと目を通せば、なんてことはない、ただの招待状だ。
「ラッツェ男爵からですか。親切な方ですし、行ってきたらいかがですか?」
「いや、男爵は確かにいい人なんだけど、あそこ、娘ばっか多いでしょ」
そういえばと思い出す。
この父は若い女性がとことん苦手なのだ。苦手というか、慣れないのか。
「しかも男爵と同じでいい子ばっかりだから、なんていうか、僕も心苦しくなるし」
伏せったまま唸り声が響く。
確かに、若い女性を前にした時の挙動不審ぶりは、はたから見ていても目に余るほどだ。
「お年を召された方は平気でらっしゃるのに」
単なる呟きのつもりだったのだが、父はがばっと起き上がるなり、
「だって、ねぇ」
恥ずかしい言葉をずらずらと並べ始めた。
「まだ咲いていない蕾に触れるのは、やっぱり怖いじゃないか。それに引き換え、艶やかに咲き誇る花は、己にとまる虫のあしらい方をよく心得てらっしゃる。そして、あの毒のように甘い香りに、虫はついつい寄っていってしまうものなんだよ」
わずかに目を伏せて、幼い顔に似合わないセリフを吐く。そのギャップが婦人に囲まれてしまう原因だというのに。
「でも、咲きかけで繊細な蕾に、まさか傷をつけてしまうわけにはいかないし。僕はその辺りの加減をまったく知らないんだよ」
しかも自覚がないから、なお悪い。
「お父様、」
「アシェリーって呼んで」
「踏み潰しますよ。たまには社交の場にも顔を出してきてください」
「リーちゃんが一緒なら」
「踏み潰しますよ。今から準備させますので」
ベルの音で表れた使用人に事の次第を伝え、執務机に向き直ると、心底嫌そうな顔が乗っていた。
「最近、すごくひどくないかい?」
「気のせいです。それより、この件ですが」
机の端に積んでいた書類を手に取り――
訂正、『次期当主』は『現当主』の教育も怠らない。
「最近、すごく楽しんでない?」
「気のせいです」