『 八 × 四 = 恩返し 』
なんということか。
黒い毛玉に道を塞がれてしまったではないか。
我輩としたことが。
いや、しかしこのような状況こそが神の与えた試練ではなかろうか。
「にゃあ」
毛玉が鼻先を近づけてきよった。
ここはひとつ、力の違いを見せつけねば。
カプリ。
「みぎゃっ」
真っ黒な鼻に噛み付いてやると、黒い毛玉は遠くに飛びさすった。
む、道が開かれた。
我輩は試練を無事に乗り越えた……わけではないようだ。
「にゃっ」
黒い毛玉が前足で攻撃をしかけてきた。
しかし、この八本足が速さで負けると思うなかれ。
「みゅっ」
む、毛玉め、なかなかの俊敏さだ。
いや、悠長に考えている暇はない。
これでは潰されてしまう。
神よ、もう我輩を天に召されるというのか。
「あ、こら!」
それでも覚悟を決めた瞬間、毛玉が何者かに持ち上げられてしまった。
なんと、これが奇跡と呼ぶものか。
「クモは叩いちゃダメでしょ?」
「みぃ」
「クモは悪い虫をやっつけてくれるんだから」
む、どうやらこの家に住む人間のようだ。
「ほら、遊ぶなら鈴鹿がいるでしょ?」
毛玉を抱えて、人間は向こうの方へ行ってしまった。
危機は去ったということか。
歩き慣れた道とて気を抜いてはいかんな。
さて、そろそろ網に餌がかかっているだろうか。
む、そういえば、命の恩人が悪い虫がどうとか言っていたな。
それを食べれば恩返しのひとつにもなろうか。
む、我ながら良い考えだ。
我輩は毛玉が戻っていないのを確かめて、早足に巣へと向かった。
しかし、悪い虫とはどんな虫なのやら。