03-2 | 口惜しいのは貴方の笑顔





『口惜しいのは貴方の笑顔』





 屋上庭園の隠れた一画。
 俺は一向に集中できないまま、読みかけの本を閉じた。
 膝元にはトーカが猫のように転がっている。
 別に、そのことが気になってるわけじゃない。
 気になってるのは、数時間前のこと。
 偶然見てしまった笑顔。
「トキ、どうしたの?」
 ひんやりとした手が額に触れる。
「暗い顔してさ」
「な、んでもない」
 振り払うように、日向を見遣る。
 眩しさに少し泣きそう。
「なんでもないことないよ」
 トーカは起き上がると、両手で俺の頬を包み込んだ。
「言って。トキが不安だと、俺も怖い」
 真っ直ぐな曇りない瞳。
 でもこぼしたらキライになるかもしれない。
 でも、俺もトーカの不安が怖い。
「……さっき、給湯室で、トーカ、楽しそうだったね?」
 思いの外、嫌な口調になった。
「あぁ、うん」
「何、話してた?」
「何って……これ、どうしたのって訊かれたから」
 言って左手を目の前に示した。
 そこには、
「恋人からの愛ですって」
 シルバーの指輪。
「それ、」
 誕生日に贈ったもの。
「うん。見せびらかしてきちゃった」
 嬉しそうな笑顔。
 なんて、とんだ勘違いだ。
 恥ずかしさに俯くと、ふわりと瞼にキスが落ちてきた。
「トキ、足りないなら言って」
 場所を変えてはついばむように。
「不安なんて出てこないぐらい、頑張って満たすから」
「トーカ……」
 頼りない腕で捕まえるように抱きしめる。
 力余って、うめき声が聞こえた。
「と、トキに殺されるなら本望さ……っ」
「お望みなら」
 ぐっと。
「ぎゃあっすみません!」
「……冗談だよ」
 時計を確かめて、立ち上がる。
「そろそろ戻ろうか」
「そだね」
 トーカは不意に右手を取ると、そこにある指輪に口付けた。
 手を繋ぐ。
「トキ、笑って」
 カチリと金属の触れ合う音。
「……ばぁーか」
 くすぐったく笑って、俺たちは建物の中へと戻っていった。


 それでも口惜しいのは、
 貴方自身。