屋上庭園の隠れた一画。
俺は一向に集中できないまま、読みかけの本を閉じた。
膝元にはトーカが猫のように転がっている。
別に、そのことが気になってるわけじゃない。
気になってるのは、数時間前のこと。
偶然見てしまった笑顔。
「トキ、どうしたの?」
ひんやりとした手が額に触れる。
「暗い顔してさ」
「な、んでもない」
振り払うように、日向を見遣る。
眩しさに少し泣きそう。
「なんでもないことないよ」
トーカは起き上がると、両手で俺の頬を包み込んだ。
「言って。トキが不安だと、俺も怖い」
真っ直ぐな曇りない瞳。
でもこぼしたらキライになるかもしれない。
でも、俺もトーカの不安が怖い。
「……さっき、給湯室で、トーカ、楽しそうだったね?」
思いの外、嫌な口調になった。
「あぁ、うん」
「何、話してた?」
「何って……これ、どうしたのって訊かれたから」
言って左手を目の前に示した。
そこには、
「恋人からの愛ですって」
シルバーの指輪。
「それ、」
誕生日に贈ったもの。
「うん。見せびらかしてきちゃった」
嬉しそうな笑顔。
なんて、とんだ勘違いだ。
恥ずかしさに俯くと、ふわりと瞼にキスが落ちてきた。
「トキ、足りないなら言って」
場所を変えてはついばむように。
「不安なんて出てこないぐらい、頑張って満たすから」
「トーカ……」
頼りない腕で捕まえるように抱きしめる。
力余って、うめき声が聞こえた。
「と、トキに殺されるなら本望さ……っ」
「お望みなら」
ぐっと。
「ぎゃあっすみません!」
「……冗談だよ」
時計を確かめて、立ち上がる。
「そろそろ戻ろうか」
「そだね」
トーカは不意に右手を取ると、そこにある指輪に口付けた。
手を繋ぐ。
「トキ、笑って」
カチリと金属の触れ合う音。
「……ばぁーか」
くすぐったく笑って、俺たちは建物の中へと戻っていった。
それでも口惜しいのは、
貴方自身。