ボンゴレマフィア。
その名が広がり始めた頃の話。
他のマフィアとの繋がりを構築し始めていた頃。
この時期がおそらく、一番多忙であったと記憶する。
「おなか減った」
突然しゃがみ込んだ塊に、後ろを歩いていた霧はつまずきかけながらも、なんとか立ち止まることに成功した。
「あの、ボス?」
「おなか減ってもう歩けなーい」
「歩けないって」
子どもか。
いや確かに見た目も言動も幼いけれど。
それは今だけのことで――
「だっこかおんぶ」
「ボス……」
それにしたって幼すぎやしないか。
玄関まであと五メートルもないというのに。
霧は扉を開けて待機している嵐に、視線で助けを求めた。
しかし、反応は冷たいもので、
「ボスのご命令だ」
「霧ぃーはやくぅー」
足元からは力のない声が届いた。
ちからの、ない?
「わかりました」
霧は素早くジョットの体をマントで包むように、軽々と抱き上げた。
その軽さに驚きつつも、屋敷の中へと歩き出す。
危うく、見逃すところだった。
巧妙に隠された真実。
執務室の椅子にそっと降ろして、まず脈と熱を確かめる。
少し、体温が下がっているか。
次に問診。
「最後の食事はいつですか」
「霧と食べたマルガリータ?」
「三日前じゃないですか!」
連日の交渉と会議で忙しく、その時間を作るために彼は睡眠よりも食事を削る傾向があった。
突然座り込んだのはつまり、貧血だ。
栄養失調もあるかもしれない。
「パスタ食べたい」
「今、作らせています」
「マント脱がせて」
「はいはい」
金具を外してマントを取ると、細い体が現れた。
痛々しいほど。
いつか心とともに折れてしまうのではないかと、不安になる。
「……時間がなくとも、少しでも、ちゃんと食べてください」
「ボンゴレの地盤を固めるほうが」
「僕には、ジョットの方が大事なんです!」
抱き上げた時の軽さを思い出して、腕が震えた。
「……じゃあ、今度から、霧と一緒に食べることにする」
「は?」
「霧が一緒なら、忘れないし、安心できるし」
ふと、計算して言っているのだろうかと考える。
こんな嬉しいことを。
けれど、素直にうなずくことはできない。
「……僕がいなくなったら、どうするつもりですか」
いつ死ぬかわからない世界に住んでいるのだ。
もしもを考えないわけにはいかない。
「離さないよ」
幼さを残した顔。
しかし、向けられる瞳は捕食獣のそれと同じ。
鋭さを残したまま、柔らかく微笑む、矛盾。
「私だけの守護者なのだから、私が死ぬまで一生、離さないよ」
ノックの音。
「食事をお持ちしました」
「わーい! おなかぺこぺこー!」
彼は早くと要求するように、両手で机を叩いた。
つい数秒前に見せた鋭さはどこへいったのか。
すでに欠片もない。
ワゴンを運んできた者は、次々に料理を並べていった。
「おいしそー。いただきまーす!」
「……ちゃんとナプキンを首にかけてください」
「やーん、汚したりしないもん」
「そう言って何枚のシャツを雑巾にしましたか」
「覚えてないし数えてない」
けらけらと笑う首もとに、広げたナプキンを巻きつける。
どうせいつものことだ。
幼稚に振舞うことも、過保護にすることも。
誰も間に入れないように。
ねぎらいの言葉とともに部下を部屋から出し、扉を閉めて振り返ると、
「霧も一緒に食べるんでしょ?」
幼さなどどこにもない、大人びた笑みがあった。
誰にも見せない本当の姿。
二人きりのときにだけ現れる、ジョットという名の。
優越感から浮かびそうになる笑みを抑えて、ハンカチで汚れた口元を拭ってやる。
「一緒にと言われても、食器は一人分しかありませんよ?」
「うん、だから」
器用にバスタを巻き取り、目の前に差し出された。
「あーん?」
食べろということか。
仕方なくフォークの先を口に含む。
餌付けという言葉が一瞬、脳裏をよぎったが、あえて無視しておく。
「あ、」
「どうしました?」
「間接キッスだ」
そう言って笑いながら、彼はフォークにキスをした。
思わず顔が熱くなる。
「そ、そういう、冗談はっ」
「霧はウブだね。そこが可愛らしいんだけど」
「ジョット!」
「ほら、おかわりは?」
くるくるとフォークを回して。
「……いただきます」
やっぱり餌付けかもしれない。
まぁ、それでもいいと思うのは、甘いのだろうか。
後日談。
食事をともにするようになって気がついたこと。
「ちゃんと野菜も食べてください!」
「苦いのいや」
「魚を残さない!」
「骨がめんどくさい」
「肉ならいいんですか!?」
「脂っこいのは苦手」
「どうしたら食べるんですか!?」
「霧が食べさせてー」
食事に関して、とてつもなく世話のかかるということ。
他の守護者に助けを求めようとも、助けてもらえることはなく。
哀れむような目で、言われた。
「お気の毒様」
まったくその通りだと自分でも思うよ。