○ 注意書き ○
この『 黒い心、望む空 』は初代の捏造話です。
マフィアボンゴレが組織された最初の頃を舞台にした、起源譚を捏造といった感じです。
復活本編とは一切関係なく妄想しております。
ので、
何か不穏な気配を察知された方は
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初代捏造バッチコイという方はこのまま下へスクロールしてお進みください。
今回は本気でシリアスモードです。
● さらに注意書き ●
話の中で、ジョットと一般女性との間に子どもが産まれてます。
霧以外との間で子持ちのジョットが認められないという方
ここで引き返すことをオススメします。
子どもがいても、霧が一番であることには変わりないので
それならいいよという寛大な方はもう少し下へスクロールプリーズ。
マフィア界にボンゴレ初代ジョットの名が恐れと共に知れ渡った頃。
いまだ暗殺の手が止むことはないが、希望を思わせる吉報があった。
ボンゴレの未来を作る、小さな命の知らせ。
たった一人で楽しむ、午後のお茶会。
彼はずっと赤子の世話に暮れているらしい。
ボンゴレボスと、遠い東の国出身の女性との間に産まれた、小さな赤子。
祝福されないわけがないのに、なぜか彼は赤子を他人に見せようとしないらしい。
暗殺を恐れているのかと思ったが、そうでもないらしい。
「静かなものですね……」
赤子に関する情報はすべてが伝聞だ。
彼にも、彼の赤子にも会うことが叶わない。
――いや、
「避けてるのは、僕の方ですか」
御懐妊の知らせを聞いたとき、目の前が闇色に染まった。
嬉しそうな彼の顔も、声も聞こえなくなった。
わかっていたはずだ。
ボンゴレのボスである以上、子を成すのは当然であると。
それなのに、あのとき、自分は失望してしまった。
何に対して、なぜ失望したか理解できないまま、時間は過ぎて。
「ここはイタリアだよ? コーヒー飲みなよ」
「……雲」
椅子でなくテーブルに腰掛けて、勝手に菓子を食べ始める。
相変わらず自由奔放な守護者だ。
「苦いのは、苦手なんです」
「君、甘党だものね」
「わかってるなら、放っておいてくれませんか」
「ボスの子ども、可愛かったよ」
「……そうですか」
カップの中に視線を落とす。
ゆらゆらと色違いの瞳が見えるだけで、何もない。
「面白くない」
手に持てるだけの菓子を取って、雲はテーブルから降り立った。
「そんなんじゃ、ボスに嫌われておしまいだね」
「なっ――」
「霧?」
足音もなく現れた姿に、いや、その腕の中で眠る者の姿に、驚いて言葉を失った。
真っ白なレースにくるまれた、小さな赤子。
見たくない、認めたくない、違う、困らせたくない、どうすればいい。
――落ち、着け。
「これは、ボス、どうしたんですか?」
声は意外にもすんなりと出た。
笑えているかはわからない。
ちゃんと笑えていたとしても、彼には通用しないだろうけれど。
現に彼の表情は固い。
「……雲、ちょっとはずしてもらえる? ごめんね?」
「別にもう行く所だったし、気にしないでいいよ」
ひらりと手を振り、雲はすぐに姿を消した。
静寂を破ったのは、赤子の小さな声。
彼のマントの飾りに手を伸ばし、鳴らせては笑う。
髪の色は黒に近い茶だが、瞳は彼と同じ淡いオレンジ色。
同じものを受け継ぐ、赤子。
「……その子が、貴方の……」
「うん。可愛いものだよね、赤ちゃんって」
腕の中を見つめて、嬉しそうに、穏やかに微笑む。
幸せな光景のはずなのに、なぜか胸の奥が痛んだ。
せっかく彼が幸せそうにしているのに。
赤子に笑いかけたまま、彼は静かに問うた。
「単刀直入に聞くが、私のことを避けてるな?」
「それは……」
どうせ悟られる嘘ならば、素直に認めるしかない。
「……えぇ、そうですけど、何か?」
皮肉な口調になったが、気にしない。
「何かあるとすれば、そうだな、」
わずかに考える素振り。
そうかと思うと、彼は表情を一変させ、怒鳴り声を上げた。
「お前、それでも私の守護者か!」
「役目は全うしているつもりですが」
「常にそばにいないクセに何を言う!」
「それは……家族の時間を、邪魔しないようにと」
「言い訳などいらない!」
ひぃ、と短く赤子の泣く声がした。
しかし、彼はそれを無視して言葉を続けた。
「何から目を逸らしている。何を、そんなに、恐れているんだ」
「恐れてなど……」
否定の言葉は喉で萎えて消えた。
恐れている。
本当は、恐怖で身を強張らせていた。
胸の奥で生まれ、とめどなく溢れる、真っ黒な感情に。
初めて知る、正体不明の感情に。
心にふと浮かんだ最悪の言葉に、自分を疑った。
「……何も、何もありません」
「私の目を見て話せ!」
炎をともしたときのように、わずかに発光する橙の瞳。
怒りの色。
真っ直ぐに、射る。
ぱた、とテーブルが濡れた。
「き、霧!?」
彼の慌てた声。
頬に手を当てると、指先がわずかに濡れた。
「な、なぜ泣く、わ、私が、怒鳴ったからか!?」
泣いていると自覚すると、さらに涙があふれてきた。
ここまで怒鳴る彼を初めて見たからではない。
話しても、話さなくても、彼に嫌われてしまうことが、わかったから。
軽蔑され、見放され、捨てられる。
「霧、お願いだから、泣かないで」
顔を覗かれる前にそむける。
「……僕は、汚いんです……もう、貴方に顔向けなんて、できない」
「霧のどこが汚いっていうの?」
優しい。
その優しさを裏切る感情。
あのとき、小さな赤子に対して芽生えた感情は、人として最低。
「……貴方を奪われた気がして、そんな子ども、いなくなればいいとさえ、考え――」
とうとう涙で言葉が詰まってしまった。
痙攣するように、短く息を吸い込む。
「嫉妬した、ということ?」
そうか、これが嫉妬という感情なのか。
真っ黒で、息が詰まる、どろどろとした劣悪な感情。
霧は納得すると共に、小さく頷いてみせた。
「この子が、霧を泣かせているってこと?」
頷く。
「じゃあ、いらないね」
え、と顔を上げると、彼は薄く笑んだまま赤子をテーブルの上に置いた。
温もりを失って、さらに赤子の泣き声が激しくなる。
「霧を悲しませるなら、子どもなどいらない」
自由になった拳が炎をまとい、振り上げられる。
「ジョット!?」
掴み止めた手は火傷しそうなほど熱いのに、肌が感じているのは氷のような冷気。
「な、何をっ」
「この子は霧を悲しませた。私はそれを排除しなければいけない」
「ば、馬鹿なことは止めてください!」
「馬鹿なこと?」
「この子どもは、貴方の子どもであり、ボンゴレの未来を担う者です!」
確かに嫉妬した。
けれど、赤子に罪はない。
愛する彼の血を受け継いだ、愛すべき子だ。
「僕には彼を守護する義務がある!!」
突き飛ばすように彼の腕を離し、同時に赤子を抱きあげる。
「……霧を悲しませるような子どもが、大事だと?」
「そうです」
「私よりも?」
「貴方がこの子を殺すというのなら、僕はこの子を優先します」
「……そうか」
風に吹かれた灯火のように、ふわりと炎が消えた。
オレンジの瞳から感情は読み取れないが、きっと軽蔑されたに違いない。
勝手に嫉妬して、感情を押し付けて、最後に裏切ったのだから。
ゆっくりと彼の口が動き、吐き出された言葉は――
「その子、可愛いでしょ」
「――は?」
腕の中の赤子ごと、優しく抱きしめられる。
「ったく、どこが汚れてるっていうの?」
「あ、あの」
「私よりその子を選ぶなんて、嫉妬しちゃうなぁ」
耳元に笑う声。
「ジョット?」
「気づいてた? この子、霧に抱っこされた途端、泣き止んだんだよ」
「……え?」
そういえば、いつの間に、泣いていない。
オレンジの瞳は不思議そうに、霧の顔をじっと見つめていた。
色違いの瞳が気になっているのだろうか。
無意識に笑ってしまうと、赤子もつられるように顔を綻ばせた。
「赤ちゃんって他人の感情に敏感らしいよ」
「そう聞きますね」
「笑ってるね」
「……笑って、ますね」
ただ無邪気に。
生まれて初めて腕に抱いた赤子は、壊れそうなほど柔らかく、日向のように暖かかった。
新たに産まれた、守らなければいけないもの。
彼が守るボンゴレのために必要な、命。
「……すみませんでした」
「何が?」
「自分勝手な感情で、ジョットを困らせてしまいました」
「別に気にしてないよ」
あっけらかんと。
簡単に返されてしまった。
「でも、」
「霧は今まで一つもわがまま言ってくれなかったから、逆にすごく嬉しい」
ジョットは赤子にするように、霧の頭を優しく撫でた。
小さな子どもにするように、優しく、何度も。
「だからもっと言っていいんだよ。私にしてほしいこと、何でも言っていいんだよ」
少し寂しそうな笑み。
今まで嫌われたくなくて、なるべく彼を困らせないようにしてきたが、それが逆に寂しい思いをさせていたのだろうか。
「ほら、何かない? 私にしてほしいこと」
ならば、少しぐらい、いいだろうか。
霧は視線をさまよわせながら考えた末、意を決して口を開いた。
「……笑いませんか」
「笑わないよ」
「…………もう少しこのまま、頭、撫でていてください」
「ふっ――」
こぼれかけた声を片手で押さえて、彼は小刻みに肩を震わせた。
途端に顔が熱くなる。
「わ、笑わないと!」
「ごめ、ふふ、だって、ふふ、ふふふふ」
「ジョット!!」
いい歳して頭を撫でられたいとか、絶対に幼いと思われた。
けれど、悪くはなかったのだ。
彼に触れられるのは、好きだから。
本当はもっと触れ合いたいけれど、それは叶わない望みだと知っている。
しばらく笑い続けてから、ジョットは霧の頭をぽんぽんと叩いた。
「本当に、いい子だね、霧は」
「いい子って……」
やはり子どもに見られているような。
「よし、今日はずっと一緒にいよう」
「え?」
「ちょっと待ってて、この子を預けてくるから」
さっと霧から赤子を奪い取り、彼はきびすを返した。
「あの、ジョット!?」
「寂しかったなら、寂しいと言う。一緒にいてほしいなら、一緒にいてと言う」
「さ、寂しいとか、別に」
「それぐらいのわがまま、言えるようになりなさい!」
母親のような言葉と笑顔を残して、彼は足音も早く姿を消してしまった。
力が抜けたように、椅子に座り込む。
じわじわと湧いてくるのは、心を焦がす感情。
「一緒にいてほしい、か」
言えるようになれということは、言ってもいいということ。
望んでもいいということ。
それが、独占してもいいということだったら、いいのに。
すっかり冷めた紅茶を喉に流し込みながら、霧は口元を歪ませた。
「僕だけのもので、いてください」
届かない望みを呟いて。