今日も子山羊たちの会議は続く。
議題は常にひとつ。
――いかにして綱吉を家に入れるか。
まず骸が提案した。
「先日話題になった白雪姫、彼女はおいしそうな匂いにつられて小人の家に不法侵入したそうです」
なるほど、と隼人が賛同する。
「ごちそうをよういするってことか」
ならば、と武がさらに具体案を提示した。
「スシならにぎれるぜ」
「では早速準備を」
ミッション1、匂いで釣れ!
「こんにちはー」
チャイムと共に聞こえた声に、子山羊たちの小さな耳が跳ねる。
誰が出る?
早く出ないと。
一番に動いたのは妹の子山羊。
「……こんにちは」
クロームが顔を出すと、綱吉は笑って、目線の高さを合わせるように少しだけ屈んだ。
「お母さんはいるかな?」
「おかいもの……」
「そっか。お留守番、えらいね」
「えらい……」
嬉しそうにうつむくクロームに、綱吉は回覧板を差し出した。
「これ、お母さんに渡しといてもらえるかな?」
「うん」
「じゃあね、お留守番がんばってね」
「あっ」
くるりと向けられたしっぽに、クロームは慌てて掴まった。
「ひぁっ!?」
予想外のこともあり、変な声が出てしまう。
見ると、小さな両手がしっかりとしっぽを握りしめていた。
「おうち、はいらないの?」
「え、な、なんで?」
「しらゆきひめ」
「え?」
おいしそうな匂いにつられるはずなのに。
……おいしそうな、匂い?
そういえば、匂い、しない。
「しまった!」
台所で骸が声を上げた。
着々と出来上がる寿司を前に、やっと作戦の欠点に気がついたのだ。
「お寿司は無臭です!」
「そういやそうだなー」
「君たち、バカ?」
それまで傍観していた恭弥がオモチャのトンファーを手に、次の作戦を提案した。
「普通に恐喝しなよ」
ミッション2、力わざでいけ!
クロームがしっぽを離してくれないので、どうしたものかと考えていると、耳元で風を切る音が聞こえた。
はらり、と髪が舞い散る。
「――ひぃっ!?」
見事な着地を決めた恭弥が、トンファーの先を向けて言い放った。
「綱吉、帰ってもどうせ何もないんでしょ? お茶ぐらい付き合いなよ」
「いや確かに何もないけどっ」
「断るなら咬み殺すよ」
「いや君たち草食だし、立場が逆だから!」
「うるさいな、口答えするっていうなら――」
「怖がらせてどうするんですか!」
トンファーを手に威嚇を続ける恭弥の前に、慌てて出てきた骸が立ちはだかった。
身長差のせいで足しか庇えないが、それでも退くことはできない。
「文句あるの?」
「あるに決まってるでしょう!」
「ふぅん」
武器を構えなおし、恭弥は地面を蹴った――が、しかし。
「ケンカはダメ!」
綱吉に捕まり、抱き上げられてしまった。
ちょこんと腕の中に収められてしまう。
「……僕をだっこするなんて、生意気」
しかし暴れる気配はない。
むしろ足元のほうで、
「ず、ずるいですよ! 僕も!」
「わたしも……」
白い耳をせわしなく動かして、骸とクロームが要求し始めた。
「ええーっと」
同時に三匹もだっこするのは無理だ。
両手で二匹が精一杯だし。
どうしたものかと考えていると、腹部に衝撃が走った。
「ランボさんも!」
「重っ」
勢いよく飛びつかれたせいで、バランスが少しばかり危うい。
早めに恭弥を降ろして順番にだっこするのを提案しなければ、先日ニュースになったガリバーさんのようになりかねない。
「あ、あのさ」
「てめぇら! 十代目になにしてんだ!!」
綱吉の言葉を遮って、家の中から隼人が飛び出してきた。
「十代目がおこまりじゃねぇか! いますぐはなれやがれ!!」
両手でランボを引きずり降ろし、それから骸とクロームを追い払う。
その間に綱吉も恭弥を地面に降ろした。
「だいじょうぶスか?」
「う、うん。ありがとう」
「そんな、もったいないおことばです!」
嬉しそうに短いしっぽをピコピコと動かす。
「ていうか、いつも気になってたんだけど」
「なんですか!?」
「その、十代目って何?」
隼人は胸を張って答えた。
「じきちょうちょうであられるかたにけいいをひょうしているんス!」
全部ひらがなで意味がわからない。
おそらく綱吉の親戚がこの町の町長を務めていることを言っているのだろう。
別に次の町長になると決まってるわけじゃないんだけど。
「そうだ、ピアノであたらしいきょくをおぼえたんです!」
「わぁ、すごいねぇ」
「ぜひきいてってくれませんか!?」
ミッション3、音楽を聴かせろ!
勝手な作戦だが、骸もなるほどと協力することにした。
「そうですね。ピアノを聴きながらお茶というのも、またいいでしょう」
「えーっと、でも、おばさんいないのに、勝手にあがるのも」
「それぐらいへいきへいき」
台所の片付けも済ませた武も、玄関を開けたまま手招いている。
前から彼らに懐かれているとは思っていたが、なんか違わないか?
「でもね、その、えと」
「イチイチうるさいよ。ほら、入りなよ」
なんていうか、予感でしかないのだが、入れば二度と出られないような、そんな気がしてならない。
保護者がいないのも、なんか怖い。
「ちょ、ちょっとま、」
前から後ろから、ぐいぐいと引かれ押され、とうとう玄関に入って――
「極限!」
それまで聞こえなかった声が奥から響いてきた。
「む、昼寝から覚めて誰もいないと思ったら、綱吉か!」
「うわぁぁぁ」
喉から悲鳴ともつかない声がもれ出る。
子山羊たちが勢ぞろいしたら、もう収拾がつかない。
そんな懸念すら察してもらえず、綱吉を引く手に了平も加わった。
「やっと俺と勝負する気になったのか!? ならば早々に上がってこい!!」
「しょうぶじゃなくておれのえんそうをおきかせすんだよ!」
「お茶が先ですよ。いい茶葉を手に入れたんです」
「いっしょにおちゃのむ……」
「もっかいだっこ! だっこしろツナ!」
「なんかひっぱりあいっこみたいだなー」
ミッション4、とにかく綱吉を家に入れてしまえ!!
「イライラしてきた……」
ぼそりと足元の恭弥が不穏なことを呟いた。
そういえば、彼は人が密集している状態が嫌いで、暴れる癖があったような。
しかしここで彼だけ抱き上げれば、お菓子に集まるアリのように、大変なことになる。
この状況を収拾できる人物なんて――
「これは沢田殿」
「バジルくん!!」
振り向くと、エコバッグを両手にさげた母親山羊が立っていた。
まさに天の助け。
「玄関で何をしておられるのですか?」
「えと、その、」
「おや、そんなに引っ張っては服が伸びてしまうでござるよ」
エコバッグを腕に引っ掛けたまま、両手に二匹の子山羊を軽々と持ち上げた。
「沢田殿に遊んでもらったのでござるか?」
「ピアノをきいていただくんだ!」
「スシもあるぜー」
「だからお茶が先ですと!」
「おちゃ……」
「俺と極限勝負するのだぁ!」
「今すぐ降ろさないと咬み殺すよ……」
「おやつ! おやつ!」
「そうそう今日はケーキの特売があったでござる」
子山羊たちを家の中へ押しやりながら、バジルが振り向いて言った。
「よかったら食べていかれませんか?」
再びたくさんの白い耳がせわしなく動き始める。
期待を込めて見つめてくるいくつもの瞳。
綱吉は、大きく息を吐き出した。
これを断るのは無理だろう。
「じゃあ、お邪魔、します」
誰があげたかわからない歓喜の悲鳴と共に、飛び出してきた子山羊たちがしがみついてきた。
「わ、うわ、わぁぁっ」
あっちこっちを掴まれ、強引に家の中へと引きずられていく。
たぶんアリの巣へ運ばれるのってこんな感じなんだ。
ていうか、なんでこの子達はこんなに必死なんだ。
まさか食べられたりなんて。
いやまさか、ていうか、狼と山羊で、それはないはず。
立場が逆転するなんて。
だって、相手は『子ども』の『山羊』なんだから。
「そんなこと、ないよね……?」
綱吉の小さな呟きに子山羊たちは――
みっしょん・こんぷりーと!!