『ということで、ボンゴレ十代目の右腕に相応しいのは誰だ?ボスの愛争奪戦を開催しまっす!』
「なにごと!?」
す巻きにされているといっても、ちゃんと豪華な台の上に転がされている。
争奪戦という響きからも、嫌な予感。
イモ虫状態で周りを見回すと、遠くに数人、校庭に引かれた白い線の上に並んでいた。
それぞれがそれぞれに、普通ではない空気をまとっている。
『優勝賞品はこちら、ボンゴレ十代目沢田綱吉!』
「やっぱり!」
台のすぐそばに設置された解説席(?)には、フゥ太とバジルがマイクを持って座っていた。
「なんで俺が賞品なんだよ!?」
「その方が士気があがると、親方様が」
「あのバカ親父!!」
息子がどうなってもいいって言うのか、言ったのか!
「ていうか、バジル君はこういう時、ツッコミっていうかストッパー役じゃないの!?」
「存分に楽しんでこいと仰せつかって参りました」
笑顔で。
そうか、この人天然キャラだったんだ!
ていうかどうしてフゥ太までノリノリだし!
『じゃあ、選手の紹介を!』
まず手前から、
『マフィア界のサラブレッド、獄寺選手!』
「十代目には俺がふさわしいってのを証明してやるっスよ!」
たぶん一番やる気出してるのは彼だろう。
その隣に、
『実は優勝候補予想ランキング一位、山本選手!』
「よくわかんねぇけど、勝負とあっちゃ負けられねぇな」
いつも通りの笑顔だが、剣呑さが光っている。
次に、
『意外にも大穴なるか紅一点、ハル選手!』
「はひっツナさんの愛を勝ち取るのはハルなのであります!」
今日ばかりは、なんていうか、目つきが本気だ。
最後に、
『真正の変態、骸選手!』
「クフフ、ボンゴレは僕がいただきますよ」
「一番厄介なの来たー!!」
誰が勝っても、まぁ大変なことにはならないだろうという予想どか外れだ!
つか、一部紹介の内容がおかしくなかったか。
『そして実況はボク、フゥ太と、解説はゲストのバジルさんとでお送りします』
「よろしくお願いします」
恐怖におののくツナを横に、フゥ太の司会は進んでゆく。
『ルールは簡単、校庭を逃げ回るリボーンを最初に捕まえた人が勝ち!』
「リボーン殿、準備はできましたか?」
校庭の真ん中、車に変身したレオンに乗ったリボーンが軽く手を挙げた。
「いつでもいいぜ」
『あ、それと、他の選手への妨害も可能だよ!』
エンジンがかかる。
『それじゃあ――』
フゥ太の目がきらりと光り、
『スタート!!』
「つか、俺の意見とかもう完全無視かよ!?」
かくしてツナ争奪戦は始まった。
『まずは足の速さで、山本選手がリード!』
小さいとはいえ車のリボーンからあまり離れることなくついていっている。
「すげぇオモチャだな、それ」
「レオンはオモチャじゃねぇぞ」
キキキ、とブレーキ音を響かせて、180度のドリフトターン。
そのまま山本の足元を抜ける。
「あっ、待て!」
「待つのはテメェだ山本!」
自分へと向かってくるリボーンをあえて無視して、獄寺は両腕を交差した。
『ここで獄寺選手、ボムを取り出した!』
「くらえ!」
『投げたぁ!』
何本もの細長い筒が宙を舞い、
『さすがの山本選手もよけきれないか!?』
「ちょ、山本ぉ―――!!」
一瞬にして巻き上がる砂煙に、山本の姿が見えなくなる。
まさかの展開に鼓動が早くなるのを感じながらも、どこか違和感がわきあがる。
爆発音が――
『これは……』
砂煙が風に飛ばされ現れたのは、
『時雨金時です! ボムをすべて切り落としました!』
「ちっ!」
獄寺は本気で悔しがるように舌打ちしつつも、それ以上は何もせずにその場を離れた。
「さすが山本殿です」
『しかし、リボーンはかなり遠くまで逃げちゃいました!』
「あちゃー」
軽く頭をかきながらも、山本は再びリボーンを追いかけて走り出した。
『ここでリードは骸選手!』
「クフフ、一度アルコバレーノと闘ってみたかったのですよ」
いつものように余裕の笑みを見せる骸に対し、リボーンも不敵に笑ってみせた。
「ただじゃ捕まんねぇぜ」
「覚悟!」
三叉槍が銀色の光をきらめかせる。
後輪を滑らしながらの、90度直角カーブ。
その、選ばなかった道の先には――
「ポイズン・クッキング!」
もはや材料が何だったのかわからない料理を両手に持ったビアンキが待ち構えていた。
「なっ」
骸は慌てて立ち止まり、リボーンが行った方向とは逆にステップを踏んだ。
『言い忘れてたけど、ただリボーンを捕まえるだけじゃ面白くないから、色々と妨害を用意してます!』
面白くないからって、どんな理由だ。
しかも妨害で『ポイズン・クッキング』というのは危険度高すぎじゃないか。
「ナイスだ、ビアンキ」
「愛のためなら何だってできるわ」
「こらぁあ! ランボさんを呼ばないなんて、ひどいんだぞぅ!?」
『あぁっと、ここでランボが飛び入り参加だぁ!』
突然目の前に立ちはだかった乱入者を、リボーンは特に焦った様子もなく、
「ぴきゃっ!」
ひき逃げた。
「えええぇぇ―――!?」
『ランボ選手、負けじと起き上がる!』
「がっ……ま…………んきゃあああぁ!!」
目から大粒の涙をこぼしつつ、ランボは頭の中に手を突っ込んだ。
『これは、ランボ選手、たまらず十年バズーカを――』
銃口を自分に向けて、
『撃ちましたぁ!』
途端、辺り一面に煙が立ち込める。
「……あれ、この流れって」
ツナの不安をよそに、煙が晴れて牛柄のシャツを来た青年が現れる。
「おや、これは懐かしい場所でっ」
「死ねロデオぉぉ!!」
「うぎゃああぁぁ!!」
「やっぱりぃぃぃ!!」
きれいに三つの声が重なって、校庭にこだましたのだった。
『おぉっと、いつの間にかトップはハル選手!』
「これでも運動神経は抜群なのですよっ」
軽やかなステップで一旦リボーンを追い越し、行く先に立ちはだかる。
「さあっ来いっ!」
「よっと」
きゅきゅっと右にカーブ。
「逃がしません!」
ハルも俊敏な反応で行く手を塞ぐ。
「甘ぇぞ」
さらにカーブ、カーブ、カーブ。
足元をくねくねと走られて、なんだか目も回ってくる。
「う、うにゃあぁっ」
そして最後に、
「仕上げだ」
「うひっ」
ハルは自分の左足に右足を引っ掛けて、
『豪快に転んだ――! ハル選手、顔面からコケましたぁ!!』
「い、痛そー……」
『無事でしょうか? イーピン、確認お願いっ』
素早くハルの元へ走っていったイーピンはハルの顔やら体を揺すってから、顔の前で両手を交差して見せた。
すなわち、
『ハル選手リタイアです!』
「早えぇっつか大丈夫かよオイ!?」
これで残るは三人。
『ハル選手が退場してる間に、フィールドは校舎内に移ったようです!』
気付けば、リボーンと共に選手の姿が見えない。
「ちょ、見えないじゃん、どうするんだよ」
『聞こえるかコラ!』
フゥ太の手元にある小型テレビから、鳥の羽音と聞いたことのある声が飛び出してきた。
『聞こえるよ。ここからは中継のコロネロに実況をしてもらいます!』
「こ、コロネロまで……」
どこからどこまでが本気なのかもう検討がつかないぐらいの手の込みよう。
『そちら、状況はどうなってますか?』
映像は見慣れた廊下。
やや視点が高いのは、いつものように鳥につかまっているからだろう。
『今は山本が一番だぜ。すぐ後ろには骸もいるんだぜ』
言葉どおり、画面には山本の後姿と、ずっと先にレオンに乗って走るリボーンの姿も確認できた。
「さすがだな」
「追いかけっこは得意なんだ」
笑いながらも、速度は緩まらない。
それ以上に、徐々に距離を詰め始めている。
「山本すげぇ!」
もうすぐ捕まりそうだと思った時、
「大なく〜小なく〜並みがぁいい〜」
「……え?」
いつの間に、ぐるぐる巻きの縄の上に器用に鳴く小鳥が止まって――
『乱入だぜコラ!』
金属音。
「まさかぁ!?」
一瞬大きく揺れた画面の中には、
「何、群れてるの」
『ヒバリさんが現れましたぁ!』
金属音は雲雀のトンファーと、それを受け止める山本の刀との間で生まれていた。
『これは脅威の反射神経! 山本選手、即座にヒバリさんの攻撃を受け止めていましたぁ!!』
「どんだけぇ!?」
雲雀は後ろに飛んで、一度トンファーを構えなおした。
さすがの山本の表情も曇り始める。
「まいったなぁ……」
ある程度の広さはあるものの、廊下という空間で刀を振り回すには多少の無理がある。
じり、と距離が縮まる。
そして次の瞬間、
『予想外なんだぜコラ!』
雲雀は山本の脇を通り抜けて、その後ろの骸に襲い掛かった。
「え?」
「おやおや」
クフフ、と笑いながら、激しい攻撃を槍で受け流す。
「彼の相手をするんじゃなかったんですか?」
「弱い方には興味ない。それよりも、借りを返させてもらうよ」
くるりと槍を回して、骸は口元を歪めた。
『因縁の対決です! ヒバリさんには骸選手以外は眼中にないようです!』
「一番危険な組み合わせだぁ――!!」
『その間に、山本は行っちまったぜコラ』
『あ、えっと、じゃあ、ひとまずリボーンを追いかけて!』
『わかったぜコラ!』
画面が廊下を移動する中、遠くの窓ガラスがけたたましい音を響かせて落ちていった。
「戦争だ……あそこだけ絶対戦争が起きてるよ……」
『見つけたぜコラ!』
二人はちょうど廊下を突き当たりへと走っていた。
その時、
「すみませんが、そのアシ止めさせてもらいます! ついでに吹っ飛べ山本ぉ!」
階段側の影から獄寺と、無数のボムが飛び出してきた。
ブレーキ音と共に激しくスピンする音。
連続する爆発音。
『なんと、獄寺選手が待ち伏せていました! リボーンは無事でしょうか!?』
「ていうか、今ついでに本音出てたよねぇ!?」
リボーンのことも心配だけど、それ以上に山本の安否を確認しなければ。
「一応、火薬の量は少なめにしときましたんで」
「……そういう甘さは命取りになるぞ」
「えっ」
硝煙の晴れた廊下の、開け放った窓枠にリボーンが余裕の表情で立っていた。
その手には、いつのも形に戻ったレオンが乗っている。
「言っとくが、相手はオレなんだぞ」
にっと笑うと、リボーンはパラグライダーに変化したレオンに捕まって、そのまま窓の外へと飛んでいってしまった。
「あっ!」
慌てて窓に駆け寄って着地点を確認する。
「相変わらず、すげぇ赤ん坊だよなー」
右斜め上から降ってきた声に、獄寺はあからさまに嫌そうな顔をした。
山本は服のすそを多少焦がしつつも、ほとんど無傷で笑っていた。
「果てればいいものを……」
「こっからなら飛び降れるかな」
「階段使ってるヒマなんかねぇ!」
二人同時に窓枠に足をかけて、
『飛び降りたぜコラ!』
校舎の窓から飛び出す二つの小さな人影。
「ちょ、そこ二階だよね!?」
『さすが獄寺選手と山本選手、余裕で着地しました!』
「マジでぇぇぇ!?」
しかも着地と同時に、まだ空中を飛ぶリボーンを追いかけて走り出した。
舞台は再び校庭へ―――
「なんか、忘れてるような……」
そんな気がして見遣った校舎の窓ガラスが、突然外へ向かって砕け散った。
あそこは、確か―――
「あああぁぁぁ!!」
『ヒバリさんと骸選手、いまだ戦闘中のようです!』
ガラスの破片と、コンクリートの欠片と、ふたつの息遣い。
「クフフ、多少は強くなったようですね」
「うるさいな。かみ殺すよ」
雲雀の連続した攻撃を、骸は槍で受け流しながらも、隙を突くように反撃を繰り返す。
『こっちはまだ激しい戦いが続いてるぜコラ!』
コロネロも巻き添えをくわないようにするので精一杯なのか、画像は二人から少し遠い。
それでも、戦闘の激しさは十分すぎるほど伝わってくる。
「何を焦ってるのかは知りませんが、もっと穏やかにしてはどうです?」
「焦ってるのは貴方の方でしょう」
激しい衝突音。
同時に後ろに飛びさする。
「動きが鈍くなってきてるよ」
言って、雲雀は初めて笑みを見せた。
それに対し、骸もやはり口元を歪めたまま、
「気のせいですよ」
槍を構えて深く踏み込んだ。
「なんかここだけ空気違うし!」
『どっちも一歩も引いてないぜコラ!』
攻撃。反撃。防御。攻撃。攻撃。
それをトンファーで受け止めながら、もう片方の手で反撃しようとした瞬間。
骸の姿が、蜃気楼のように揺らめいた。
「おや、どうやら時間切れのようだ」
くるくると槍を回して、最後に一度だけ床を突く。
すると、骸の姿は消え、代わりにクロームの姿が現れた。
「あ、え?」
状況が飲み込めない様子で、きょときょとと辺りを見回す。
『あぁーっと、ここで骸選手、クロームの姿に戻ってしまいましたぁ!』
「つか、あいつ本当にいっつも中途半端に帰ってくな!」
『これはどうしましょうか、リタイアでしょうか?』
「草食動物に興味はないよ」
雲雀はトンファーを持つ腕を降ろした。
ちら、と窓の外を見遣る。
校庭にはリボーンを追いかけて走る山本と獄寺、そして――
小さく、笑う。
「あっちのほうが楽しそうだね」
ガラスのなくなった窓から、雲雀は軽々と飛び降りた。
「だからそこ二階―――!!!」
『ヒバリさん移動! コロネロ、クロームお姉ちゃんに参加するか聞いて!』
『どうするんだコラ!』
クロームは視線を左右に振りながら、えっとえっとと考えている途中で、
「お前、いないと思ったらこんな所で何してるピョン」
至極面倒くさそうな感じで、犬と千種が現れた。
雲雀がいなくなってから出てくるあたり、空気読めてるというか。
「帰るぞ……」
それだけ告げて、引っ張るわけでもなく、二人はきびすを返した。
今度はコロネロと二人を交互に見て、
「あ……じゃあ、えっと、帰ります」
クロームはリタイア宣言(?)した。
「ボスー、さよならー」
やっぱりガラスのない窓から手を振って、クロームは二人を追いかけて消えていった。
『骸選手強制リタイア! 残りは、とうとう山本選手と獄寺選手のみとなりましたぁ!!』
リボーンは再び車になったレオンに乗って駆け回っていた。
けん制と防御を繰り返しながらも、体力的にも山本が少しずつリードしていく。
「くっそ、こンの!」
獄寺は手に持つボムの量を増やすと、ためらいなく空中へ放り投げた。
『あぁっと、ここで獄寺選手、二倍ボムです!』
「うわ、危ねぇな」
さすがに全部はよけきれないと判断したのか、山本は立ち止まって刀を構えた。
そのまま倒れてくれれば幸い。
獄寺はさらにボムを増やしつつ、山本のわきを通り過ぎようとして――
「待ちなさい隼人」
いつの間に戻ってきたのか、ビアンキが獄寺の前に立ちはだかった。
「ああ姉貴っ!? うぐっ」
グルルと反射的に唸る腹部と、こみ上げてくる吐き気。
力をなくした足が、膝から地面にぶつかった。
「すみませ、十代、目……」
「獄寺くんー!?」
ツナの叫びむなしく、獄寺はその場に倒れ伏してしまった。
『天敵ビアンキ姉ぇを前にして、獄寺選手リタイアぁ!』
「これで、残るは山本殿だけでござるな」
「つかそういや、山本は無事なの!?」
校庭の真ん中に砂煙。
「あーっぶねー」
山本は服についた砂を片手で払い落とした。
まだ晴れない煙の隙間にリボーンの姿を見つけ、走り出そうとして――
「っ誰だ」
急に現れた気配のする方向に切っ先を向けた。
強い風。
それよりも速く、一筋の。
「なっ」
黒い筋はまるで蛇のように身をくねらせると、刀身に絡みついた。
「なかなかいい反応じゃねぇか」
晴れた煙の中に立っていたのは、
『ここでリボーンの第二の防壁、ディーノさんが現れましたぁ!』
「ディーノさんまで何やってんですかぁ!?」
「いや、なんつーか、まぁ家庭教師の頼みは断れなくってな」
頼みと言うか、あれはほとんど脅迫に近かったのだけれど。
ディーノは鞭を刀身から離し、一度大きく地面を打った。
「さて、得物の相性は最悪みたいだが、続けるか?」
「……一回、手合わせしてみたかったんスよ」
山本は両手で刀を持ち直すと、しっかりと構えた。
確かに、刀と鞭では剛と柔の関係も同じ。
強く出れば絡みつかれるだろうし、引けばそれこそ相手の思う壺だ。
しかし、おもしろそうなのも事実。
『うぅ、実況担当じゃなかったら今すぐランキングとるのに!』
「これは、興味深い一戦が見れそうでござるな」
「つか止めるっていう選択肢はないわけ!?」
先に山本が動いた。
下段の構えから、斜め上へ一閃。
「速いな。だが、素直すぎる」
緩く張った鞭に遮られ、さらに絡めとられる。
その一瞬前に刀を引き、もう一度違う角度から一閃。
しかし、それも鞭によって受け止められてしまった。
「切れない、もんスね」
「レオン特製だしな」
「しかたねぇな」
山本は強く地面を蹴って距離を取ると、静かに、構えた。
『この構えは……時雨流! 山本選手、本気です!』
「時雨流攻式――」
「邪魔だよ」
「はっ?」
突然肩を踏み台にされたかと思うと、黒い影が宙を舞っていた。
「勝手にヒトの庭で暴れないでくれる?」
雲雀は空中でうまく体勢を整えながら、ディーノの鞭を避けるようにトンファーを振り下ろした。
「ちょ、まっ!?」
ディーノも慌てて攻撃を受け止める。
「不完全燃焼で不機嫌なんだよね。相手してあげるよ」
「それなら山本でもいいだろっ」
「個人的に、貴方のほうが気に入らないから」
「本当に私的な理由だなオイ!」
再び、山本そっちのけで雲雀の暴走が始まった。
その隙を山本が見逃すはずがなく。
山本はすぐさにリボーンの姿を見つけると、一直線に走り出す――
「あ」
――ことなく、校舎の壁に付けられた時計を見て、立ち止まった。
『あれ? どうしたんでしょうか? 山本選手?』
よく見ると、竹刀の形にもどった刀を袋に入れて、帰宅準備を始めている。
そして、
「ごめんなツナー、家の手伝いがあったんだー」
「え」
「途中で悪いけど、帰るわー。また明日なー」
「ええぇ!?」
大きく腕を振って、校庭から出て行ってしまった。
『……………えーっと、これは、山本選手リタイアでいいの、かな』
「家の手伝いとは、立派でござる」
「いや、バジルさん、そこ感心するとこじゃないですからっ」
『じゃあ――』
フゥ太はマイクを持ったまま立ち上がると、宣言した。
『第一回ボスの愛争奪戦はみーんなリタイアということで!』
「そんなんでいいのかよ!?」
いや、よく考えると、優勝者なしということは、自分が景品である必要もなくなるということで、歓迎すべきことかもしれない、ていうか喜ぶべきだろう。
やっと安堵の息を吐いたときに、リボーンもこちらに戻ってきた。
「リボーンもお疲れー」
「おう」
フゥ太はリボーンをひょいと抱き上げ、ふふ、と意味ありげに微笑んだ。
ぞくりと嫌な予感。
「フゥ太……?」
「今回のルールさ、リボーンを最初に捕まえた人が勝ちなんだよね」
いつもとは違う、声の感じ。
どちらかというと、ランキング状態に入っているときみたいな。
「ボクもさ、参加してもいいよね?」
「……ちょ、まさか」
「見て、リボーンを捕まえたよ」
にぃっこりと、無邪気な笑顔。
「だから、ツナ兄ぃはボクのものね」
硬直。
まさかのダークホースというやつか。
ていうか、フゥ太までまさかそんな。
わずかに震えながら、確かめるようにフゥ太を見ると。
はにかむように、至極満足そうに笑っていた。
「まじでぇ―――!!?」
春のうららかな日差しの下、ツナの絶叫はよく響き渡った。